第3話

「ではこちらの席にお座りください」


 ようやく僕たちの出番がやってきた。店の人の案内で席へと腰をかける。


「色々あって、美味しそうですね! 最上さんは何にしますか?」


 綾先輩は目を光らせながら僕の方をのぞき込む。かなり楽しみにしていたみたいだ。


「そうですね。あまり食べ過ぎると夕飯が食べれなくなってしまうのでデザートにしておきます」

「私もそれには賛成です。それにカロリーは女性の敵ですからね」

「あんまり、先輩は太るイメージが湧かないですね」


 きっとカロリーはすべて胸が持って行っているのだろう。


「これでも、おなか周りは結構気にしているんですよ」

「なにかトレーニングとかしていたりするんですか?」

「そうですね……瞑想とかですかね」

「瞑想……あまりおなか周りとは関係なさそうな気もしますが」

「そんなことないですよ。姿勢を保ち、呼吸に意識を集中させる。背筋に力を入れますし、集中することにエネルギーを使いますから」


 実際にその場で背筋を伸ばし、姿勢を整えて見せる。

 それによって、膨らんだ胸がより強調される。見ようと思っているわけではないが、自然と目が行ってしまったのは男の性なのだろう。

 

「とりあえず、注文を決めましょうか?」


 無意識に行われた動作に意識を加えてメニューの方へと視線を移行させる。


「話が脱線してしまいましたね、何にしましょうか」


 綾先輩も同じように俺の持っているメニューを覗くように見る。それにより再び視界に胸が入り込む。

 目に入る乳で目乳(メニュー)なんて意味のわからない思考を振り払いつつも本物のメニューへ意識を手中させる。

 本物とか言ってしまっているあたり、意識してしまっているのが拭えないのだが。


「私、これにします。練乳イチゴパンケーキ」


 練乳の『乳』という言葉につい反応しそうになったが、なんとか食い止める。ここで変に反応しようモノなら今後の部活動に支障を生みかねない。

 部活はまだ良いとしても最悪学校生活にも支障を生みかねないため踏ん張るんだ。


「じゃあ、僕は無難にパフェにします」


 気を持たせつつなんとかメニューを決めることに成功した。

 二人とも決まったところで店員さんを呼び、注文をする。

 これでひとまず安心だ。もう急接近することはないだろう。


「では、決まったところでお題について話し合いましょうか。最上くんはこれまでで何か違いを例えられそうなモノを見つけましたか?」

「いえ、特には。ここに来るまでで色々な事柄が溢れていたんだと思いますが、いまいち自分なりにまとめることはできませんね」

「そうですか。なら、もう少し例を挙げてみましょうか?」 

「先輩はもうできているんですか?」

「ある程度形にはなってきていると思います」

「さすがは綾先輩と言ったところか。僕の方も早く導き出さないとな」

「そんなに焦る必要はありませんよ。まだ料理も来ていないですし、ゆっくり考えましょう。ここで言える例としては、このお店ですね。目的は『経営理念』、このお店でどうしたいか。目標は『売り上げや顧客数』とかですかね。どれだけの利益を生み出せばよいのか。手段は『新規メニューや割引』など利益を生み出す秘策ですね。これは大がかり過ぎてあまり参考にならなさそうですね」

「そんなことないですよ」


 まずはターゲットを絞ることが大事そうだな。

 大学はどこの大学行くかを決めなければならない。

 お店はどの層を狙うのかも決めなければ、その手の経営ができない。

 それぞれに狙いを定める標的がいる。なら、俺もそう言った標的を作るところから始めていかないといけないな。


「ふふっ」

「なんだか、楽しそうですね」

「ええ、だってはじめてこうして誰かと言葉について話すことができましたので」


 確かに、俺が入るまでは綾先輩一人で活動をしていたわけだもんな。


「先輩はどうして『言遊部』を作ろうと思ったんですか?」


「言遊部の創作理由ですか。それはもちろん私自身が言葉が好きだからです。と言っても、それだとあまり根拠が強くありませんね。言葉って、人を励ますこともできれば人を傷つけることだってあります。身体的暴力が禁止されても、言葉の暴力が禁止されるのはきっとないでしょう。なぜなら、言葉は意図していなくても傷つけることがあるんです。だから私は言葉の正しい使い方を知って、人を傷つけず、人を救えるような言葉を使いたいと考えているんです。でも、言葉って二人以上の相手がいないと成り立たないんですよ。だからこうして部活という形で私の知らない多くの人と言葉を共有したいと思ったんです」


真剣な口調で話していた綾先輩だったが、ふと我に帰利、恥ずかしくなったのか頬が赤く染まった。


「ごめんなさい。なんだか、長い話になってしまいましたね」

「いえ、先輩お話が聞けてありがたかったです」


 なんだか、思っていたよりも壮大な答えだったな。幽霊部員としていようと思っていた自分が恥ずかしくなってくる。

 言葉の正しい使い方なんて、日常会話ではあまり身につけられるモノではない。親しい仲の人間であると相手の心情をくみ取って、自分で解釈してしまうことが多いからミスに気づきにくかったりする。

 だからきちんとした言葉を使うために部活か。


「となると、目的は『言葉を正しく使う』、目標は『他人と言葉を共有する』、手段は『部活作り』って感じですね」

「ですね。ふふっ、最上くんも使い方に慣れてきましたね」

「まだちょっと、感覚的なところはありますけどね」

「はじめはそれでいいと思います。これから一緒に考えていきましょう」

「お待たせしました」


 話しているとテーブルの横に店員さんがやってくる。

 手には注文したパフェとパンケーキが。見るからに美味しそうだ。


「ごゆっくりどうぞ」


 それらをテーブルに置くと一言おいて厨房の方へと戻っていった。


「では、いただきましょうか」

「そうですね」


 俺と綾先輩は各々、自分の頼んだモノを食した。


「このパンケーキすごい美味しいですよ。ケーキとイチゴがマッチしているだけでなく、それを二つの味をまとめるように練乳がうまく効いています。文也さんも食べてみてください」


 そう言うと、パンケーキを指したフォークをこちらへと寄せてくる。そのまま食べろと言うことだろうか。


「では、遠慮なく」


 差し出されたそのケーキに口に含む。んんっ、これはまた絶妙なバランスだ。ふわふわの中にイチゴの確かな噛み応えがマッチしている。味だけでなく、食感も最高だな。


「どうかしたんですか?」


 美味しそうに食べている俺を見ながら照れている様子だが、何かあったのだろうか。


「ああ、いえ。ごめんなさい、あまり行儀よくありませんでしたよね」


 ああ、そういうことか。テンション上がって食べさせる形にはなって、自分の行った行為に気づくのを忘れていたのか。

 綾先輩はたまにこうした天然のところを見せて自爆することがある。そこがまた、可愛いところでもあると思うんだけど。


「まあ、こういうところではよくやるんじゃないですか。ほら、あそことか」


 僕は、少し離れた男女ペアの人たちを指さす。


「でも、あれはそういう関係の人たちがやることじゃ」

「僕たちってそういう関係じゃないんでしたっけ?」

「えっ! そういう関係だったんですか?」

「一ヶ月ほど一緒だったのでもう『友達』くらいに離れたと思っていたんですが、違いましたかね」

「友達……ああ、そうですね。友達ではあると思います」


 何やら、急激に冷めて言っている気がするが何かあったのだろうか。でも良かった。あやうく『友達』じゃないのかと思ってしまった。


「ひとまず、食べちゃいましょう」


 綾先輩は勢いよく自分のパンケーキを食べる。お行儀悪いはどこへ行ってしまったんだか。

 そんな先輩も珍しいので、注意することなく俺も自分のパフェを堪能することにした。

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