第2話

「というわけで、エリスの手紙は無かったことにしたいの」


 放課後。王都にある公爵家のマナーハウスに戻ったエリシアが自らの父に相談すれば、父であるハミルトン・フローライト宰相は難しい表情になった。


「アリシア……すまないがそれは出来ない」

「なぜ? お父様ならそのくらい──」

「獣人と人間の関係は知っているな? ヴァーミリオン公王家に関しても」

「ええ、もちろん。30年前までは敵国で、講和して同盟国になったのよね。我が国に編入されたような扱いだけれど、ヴァーミリオンは王家を名乗ることを許されている」


 戦争を経験した者も多く、未だに傷も癒えきったとは言えないほどの争いだったと聞く。

 獣に似た特徴を持ち、強い力に高い生命力を兼ね備えた獣人。

 個々の力はそれほど強くないが数が多く、知恵と計略で攻める人間。

どちらかが滅びるまで続くかと思われた戦争はしかし、国王と公王の英断によって終わりを迎え、平和への道を歩み始めた。

 それが今から30年前の話である。


「ああ。だが、講和後も獣人との確執は深く、未だに差別が残る」

「ええ。戦時中に『人の勇者と獣人の魔王』なんて絵本まで出してヘイトを煽った結果よね。お父様も買ってきてたでしょ?」

「うぐっ……は、流行っていたからな。そんなことよりも、この婚姻には獣人との融和を進める意味合いがある」

「それで?」

「馬鹿ゲホンゲホン、国王陛下直々のお達しだ。『竹馬の友である宰相の娘なら我が娘も同じ。それを嫁がせるのは最大の誠意である』と」

「陛下の子供は全員男性だものね」


 ましてや第一王子は次期国王。第二王子はすでに他国の王女と婚姻予定なのだ。

 一応、アリシアと同い年で第三王子のゴードンがフリーではあるが、フリーにしておくしかない問題を抱えていた。


「……馬鹿ゲフンゲフン、国王陛下の遺伝子を一番色濃く引き継いだ第三王子を向こうに送れば、どうなるかは目に見えているからな」

「では、エリスの恋文だけでも否定しましょう。あれが私のだと思われるのは心外です」

「それもできん」


 宰相はきっぱりと言い切った。


「エリスの送った黒歴史になりそうなポエムだらけの偽恋文だが、あれが偽物だとバレてしまえば戦争になりかねん。獣人はプライドが高く、侮られたと思えば怒るからな」

「つまりあのポエムを私が書いたことにしろと? お父様もエリスから内容を聞いたでしょ?」

「……すまん」

「……エリスに対するお仕置き、追加しようかしら」

「あ、あの子にも婚約者を見つけよう。そうすればきっと落ち着くはずだ」

「それは良い考えだわ……追加のお仕置きはしますけど」

「何でお前はこう、温和な母さんに似ずにセメント系というか、そんな苛烈なんだ!?」

「父の教育の賜物よ」

「ずいぶんストレートな嫌味だなっ!?」


 思わず突っ込んだ宰相だが、気を取り直して話を元に戻した。


「とにかく! この婚姻が破綻したら30年前の戦争に逆戻りだ! 血で血を洗い、目を合わせれば諍いが起きるような時代に!」

「……分かりました。精一杯やるわ」

「いや、あの、アリシアなりじゃなくて、普通の令嬢っぽく……」

「私の最大限の努力で、何とかします。しばらくは婚約、よね?」

「……ああ。婚姻は一年後。アリシアの学園卒業と同時になるだろう。それまでは家から通い、手紙でやりとりをしたり日時を決めて逢瀬デートを重ねたりして親睦を深めてもらう」

「では、明日の朝一で馬車を使っても?」

「おおっ!? さっそく会いに行くとはずいぶん情熱的だな……?」

「いえ。薬局に行って、お父様に胃薬を処方してもらおうと。腕のいい薬師を知ってるんです」

「ちょっと待て何をする気だァァァ!?」


 父の悲鳴を無視してアリシアは自室に下がった。

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