第38話 番外編 メアリーとジョンの顛末(メアリー視点)

 今まで、男とは、あたしに寄ってくるものだった。しかし、その当たり前はいつからか虚無と化し、『村一番の美女』として持て囃されたあの輝かしい日々は今や遠い昔のように思えてくる。

 ただただ虚無感に苛まれ、更にそこへ、エミリアがギルバード侯爵様と結婚した事実を思うと、死にたくなる程の嫉妬心と敗北感があたしを苦しめる。


 かつて、あれだけあたしに群がっていた男達は今や誰ひとりとしてあたしに近寄ろうとする者はおらず、

 逆にあたしから声を掛けても男達は迷惑そうに表情を歪めるだけ。


 なぜ!? 何故あたしがこんな目に遭うの!?


 ――今、あたしは村で完全に孤立している。




 エミリアのかつての夫、ジョンもあたしと同じく村で孤立していた。


 エミリアに対し、あたしの優位性を知らしめる為だけに奪い取った産物。

 怪我をした云々抜きにして、あたしはジョンを捨てるつもりだった。『エミリアの夫』という事以外にあたしがジョンに対して抱く興味などそもそも無かったからだ。


 しかし、今や、あたしとて孤独の身であって、こう見えて実は寂しがりな方だ。

 こらからまだまだ長い人生をひとり孤独に歩むのは本当に、嫌だ。


 あたしにとって結婚なんてものはいとも容易く、いつでも出来るものだと思っていた。

 厳選して、誰もが羨むような男と結婚すると、そう決めていた。

 しかし、今やもう、そんな事も言ってられなくなってしまった。


 あたしとて、せめて『女』としての幸せだけは掴んでおきたい。

 

 そう考えた時に頭に浮かぶのはジョンの事だ。

 あたしが付き合ってきた男の中でも、特にあたしに夢中だったジョンの事だ。

 あたしから言い寄ればきっと今のあたしでもジョンは受け入れてくれるだろう。


 ジョンが怪我を負ったあの時は……見限り、捨てたけれど……。


 でも、きっと大丈夫よね!うん。


 ジョンだって今や孤独の身だもの。あたしの事を喜んで受け入れるはずだ!! 

 ね?そうよね? そうでしょ!? うん。間違い無い!


 『孤独』から免れる為の最後の希望をジョンとの復縁に込めて、あたしはジョンにその想いの丈をぶつける事を決意した。




(あれ?なんだろうこの感じ……)


 元の立って動ける体に戻ったジョンを目の前にしたあたしは何故か緊張していた。

 

(……これってもしかして……)


 あたしの中に芽生えた衝動――それは、美しいと、散々称賛を浴びてた頃には一度も感じた事の無かった初めて知る感覚だった。


 ――そう。皮肉な事に、「美しい」どころか、「醜い」とまで言われるようになってしまった今になって、あたしは『恋心』というものを初めて知ったのだ。

 おそらく、今のあたしを孤独から救ってくれるであろうジョンだからこそ、あたしはジョンに恋心を芽生えさせたのだろう。

 まるでジョンの事を、地獄で苦しむあたしを救い出そうとする英雄のように見立てる。


(ジョン……あたしを助けて……お願い……)


 あたしは震える口を開き、一生懸命に言葉を紡いでいく。


「……ジョン。あの時は、その……本当にごめんなさい。 あたしね、あれから考え直したの。やっぱり、あたしにはジョンしか居ないんじゃないかって、だからジョン……あの、もし良かったら……あたしとよりを戻さないかしら?」


 ふわふわとした感覚を得ながら、彼からの返事を待つ。


(お願い! あたしを受け入れて!もう一度あたしの事を抱き締めて!お願いだから!!)

 

「――嫌だ。 僕はお前みたいな心も見た目も悪魔のように醜い女とは一緒になれない。とにかく僕の前から消えてくれ。そして、二度と僕の前に現れないで欲しい」


 まるで頭を金槌で殴られたような衝撃があたしを襲い、表情をは固まり、ただただあたしは呆然と立ち尽くすしか出来ずにいる。

 そんなあたしへジョンは更に追い打ちを掛ける。


「僕の心にはエミリアのみだ。もう僕の手の届かないところまで行ってしまった彼女の事を想い続けながら、彼女と暮らしたあの頃の思い出と共に僕は孤独に生きて行く。 メアリー、君は昔からエミリアと張り合おうとするところがあるようだけれど、君が彼女に勝てる要素などひとつもない。いい加減身の程を知った方がいい」


 あたしの心全てが跡形もなく砕け散った瞬間だった。


 そして、この日からあたしは喜怒哀楽の全てを失い、ただただ孤独に生きて行く事となる。


 あまりの生き地獄に自ら命を断つ事も考えたが、それを叶える勇気はあたしには無く、侯爵夫人となったエミリアの存在を雲の上に感じながら、あたしはひとりで生きて行くしかなかった。



 あたしが、死ぬ時――


 誰に知られる事も無く、見届けられる事も無く、ただ孤独にあたしのその生涯は幕を閉じたのだった。

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