第36話 番外編 崩壊していメアリーのプライド(メアリー視点)

 女は見た目が全て。だから、若くて可愛い女は全てを手に入れられるの。

 手に入らないものなど無い。

 

 子供の頃からあたしは誰よりも可愛かった。あまりに可愛いあたしは誰よりもモテた。

 どんな男でも、あたしに掛かればイチコロだった。


 村一番の男前のベン。


 領都に本社を構える割と名の知れた大企業に勤めるハウル。


 ギルバード侯爵邸の衛兵から「君のその体格なら、もしかすると男爵邸の衛兵くらいにならなれるかもしらないぞ?」と、武力の面で太鼓判を押されたリード。

 

 まだまだ挙げればキリが無いけれど、あたしはそんな誰もが羨むような男達を次々と落としていった。

 そして、いつしかあたしは『村一番の美女』と呼ばれるようになった。

 そう。村にあたし以上の女は居なかった、そのはずだった――




 成人の儀を迎え、あたしは村近くの企業に就職した。

 そこでは男性社員達から熱い視線を一身に受ける一人の女が居た。

 同じ村に住むエミリアだ。


 エミリアの人気はそれは凄まじいもので、何でも『見た目もさる事ながら心も美しい』との事。


 ――は? 


 心? 『心が美しい』って何?

 そもそも目に見えない『心』をどうやって美しいと感じるの

?馬鹿じゃないの?


 要は、エミリア程度の女が一番になれる程、ここの職場の男達は『美女』に飢えているのだと、入社直後のあたしはそう思った。


 1ヶ月後、予想通り男達はあたしの美貌にくびったけ。


 そりゃそうよね。

 あたしと言う『村一番の美女』、圧倒的且つ絶対的美女が同じ環境下にいる中で、

 あたしより劣るはずのエミリアが、あたしを差し置いてモテ続けるなんて有り得ない事なんだから。


 そんな、あたしに敗北したはずのエミリアが、あたしより劣るはずのエミリアが、あたしに対して上から目線で仕事を教えてくるあたりが、本当、心底腹立たしかった。

 本来なら、


 ――メアリー様のその圧倒的美貌の秘訣、是非私にも教えてくれませんか?お願いします!


 と、頭を下げて懇願してくるのが普通でしょ?

 まぁ、とはいえ、あたしの美貌は生まれ持ったものだから教えられるものでも無いけどね。


 とにかく、負け犬エミリアに身の程を知らしめてやる必要があった。

 あたしとアンタとでは生まれ持ったモノが違うって事を。


 さすがに可哀想だと思ってやってこなかったけど……。


 でも、分かってないなら分からせてやるしかないでしょ?

 アンタよりあたしが上だという事を、しっかりと、骨身に刻み込ませてあげなきゃ。

 

 あたしからエミリアへ、身の程をわきまえろ、というメッセージよ?

 たとえアンタが自分のものだと思っていたとしても、あたしからすれば簡単にそれをあたしのものに出来るんだからね?


 ――ほらね。でしょ? アンタの旦那、ジョンはあたしの美貌にくびったけよ?


 ふふ、ふはははは!!笑っちゃうわ!

 負け犬エミリアがクソガキ連れてあたしの前から逃げるようにして出て行ったあの姿が滑稽過ぎて笑いが止まらない!


 『村一番の美女』――あたしにとっての誇り高き異名。ずっと、そう持て囃されるものだと思っていた。


 ――あの負け犬エミリアの娘、アリアが成長を果たすまでは……。




 ――3年後。


 ある日、あたしは、ふと気付いた。

 男たちの視線があたしに向いていない事に。そして、同時に『領国一の美少女』そう呼ばれる女がこの村に居るという事を知った。


 負け犬エミリアの娘、アリアだ。


 そう、かつてこのあたしに『ブス』と言い放ったあのクソガキが、今や『領国一の美少女』として君臨し、同時にあたしの『村一番の美女』はその圧倒的異名の前に霧散していた。


 あたしは鏡で自分の顔を見ながら、成長した今のアリアの顔を浮かべる。


「――――ッ!」

 

 唇を噛み締めると同時に、みるみる内に嫉妬と憎悪にあたしの顔が歪んでいく。

 

 ――悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい……


 圧倒的敗北感に、加速していく妬み。そして、崩壊していく鏡の中の顔面。


 それから間もなくして、アリアは貴族との結婚を果たしたのだった……。

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