第3章葛藤

第26話

 『其方と会って話がしたい。とても大事な話だ。明日朝迎えの馬車をそちらへ向かわせる』


 手紙に記された内容にアリアの事は一切窺えない。まるで私個人に用件があるかのような文脈。

 そして、これの差出人は――


「……リデイン子爵様?」


 子爵様が一体私に何の用件があって、こんな回りくどい事をするのだろうかと疑問に思う。

 頻繁ではないにせよ、愛娘に会いにリデイン邸へは定期的に訪れている。その時に子爵様とも歓談を交わしている事から、用件があるならそういった場で告げてくれてもいいはずだ。


「急ぎの用事って事?私に?」


 全くもって見当がつかない。兎にも角にも相手は貴族。平民が貴族から呼び出されたのならばそれに従うのが世の常。

 しかし、今や私は単なる平民ではない。


 そう。今の私の肩書きは『侯爵』家の使用人。


 ――明日がたまたま休日でした。という事であれば無論、明日の朝リデイン邸行きが決定付く。

 だが、明日もまた私は『侯爵』家の使用人として従事しなければない日。


 『侯爵』家での職務と、『子爵』家からの緊急呼び出し――


「このケース。一体どうすればいいのかしら?」


 どちらを優先すべきか議論が必要と感じた私はクライン様を求め自室を出た。


「――明日は特別休暇という事に致しましょう」


 クライン様はあっさりとそう私に告げた。

 

 良くて通常休暇の前借りだろうと、予見してた私は呆気に取られる。


「え?いいのですか?」


「えぇ。本来ならばリデイン卿のその申し出は当家の意の下で棄却する事ができます。ですが、あくまでそういった権限があるというだけの事。リデイン領は隣領土、友好性を保つ上でもそういった事は致しません。貴女はリデイン卿の仰せのままに従って下さい。ギルバード侯爵家の使用人として、そういう意味では明日も仕事だと思って行かれて下さい」


「はい。かしこまりました」


 私はクライン様へ深々と頭を下げた。

 



 翌朝、自室の窓から一台の馬車が正門を通過するのを確認して私は外へ出た。


「――主、ハワード・リデインの命を受け、やって参りました。……エミリア様、このまま当家の方までお連れしても宜しいでしょうか?」


 御者はメイド服でない事を確認した上で、再度、私へ意思を仰いだ。

 それに私は頷く動作で応え、御者に促されるまま馬車へ乗り込んだ。


 リデイン邸へ到着するや否や、屋敷の前には執事を中心にずらりと使用人達が並び、私に向けて一斉にお辞儀をした。


 真ん中に立つ執事が馬車から降り立った私へ歩み寄る。


「エミリア様、本日は急なお呼びたてにも関わらず応えて頂き誠にありがとうございます」


「い、いえ……」


 これまで幾度となく訪れたリデイン邸だが、ここまで大仰とした出迎えは初めての事。その様子に圧倒された私は緊急が走り、思わずぎこちない返しをしてしまう。


 その後、屋敷の中へと促され、私は先導する執事の後ろを歩き、その私の後ろに数人のメイド達が付いて歩く。

 丁重な扱いというか、まるで仰々しいその絵面に私は緊張感から変な力が入り、挙動不審に視線を辺りに散らす。


「――あれ?お母さん?」


 途中、アリアとすれ違ったが、私が来ている事を知らなかったのだろう。目を丸くしていた。その様子からして、やはりアリアは今回の件とは無関係である事がこれで確定した。


 本当に、一体何事なのだろうか?


 心当たりなどひとつもない。疑問は深まるばかりで、緊張からか鼓動も高鳴る。


「中で旦那様がお待ちです」


「……はい」


 頷き、開けられた扉を潜ると、


 バタン。


 直後、扉が閉まる音に慌てて振り返るが、


「――え?」


 閉じた扉。私ひとりだけが入室した形を確認したその時だった。


「――エミリア」


 背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

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