第15話

 一週間が過ぎた。

 ギルバード侯爵家のメイドとしての仕事も順調に覚え、同僚メイド達との関係性も良い感じに構築出来て、私はとても充実した毎日を送っていた。


 美味しい賄い食に、綺麗な部屋、ふかふかベッドに毎晩眠れる幸せ。そして何より、同僚メイド達とのたわいの無い会話は私の心を明るくする大きな要因となっている。


「ねぇ、エミリアさんって何歳なの?」


 ミリと共に客室のベッドメイキングをしている最中に飛んで来た疑問。そう言えば、自らの歳を告げた事が無かった事に今更ながら気付く。

 私は手を動かしながら、さらっと返す。


「34よ」


 ここでは先輩後輩と言った慣習はあまり無いらしく、皆分け隔て無く、仲良く、楽しく、対等の関係性で働く事がこの職場の特色となっているようだ。


 皆が皆対等――とても良い慣習だと、感心する。メイド同士のいがみ合いなどは一切ない。まさに理想を絵に描いたような職場。

 お陰で仕事を苦しいと感じず、むしろ楽しいとさえ思えている。


 最初こそ、ミリの事を『様』付けして敬語だったものの、「ミリでいいわ。それに敬語も要らない。でも、年上には敬称で呼ぶのがここでの慣わしだから私は『エミリアさん』って呼ぶね」と言われ、今の様に気兼ねなく会話出来るようになった。


 ――って、アレ? どうしたの?


 私自身の年齢を告げた直後、ミリは作業の手を止めて私の顔を目を丸くしながら見つめていた。


「……嘘、ですよね?」


「何が?」


「34歳って……」


「そんな嘘をついてどうするの?」


 信じられないと言った様子のミリ。まぁ、確かに私は実年齢より若く見られがちだ。

 私はクスリと笑みを作ってから続けた。


「じゃあ、一体何歳だと思ってたの?」


「私より2歳か3歳くらい年上かなぁ?……くらいにしか」


 ミリは20歳。という事は22歳か23歳くらいに見られていた事になる。


「……さすがにそれは大袈裟ね」


 ミリは私を見つめたまま、のそのそと近づいて来るなり至近距離で私の顔をあらゆる角度から隈なく見始めた。


「――いや、嘘よ!いくら見てもそんな歳には見えない!」


 どう返していいか困った私は、苦笑を浮かべてプシラ流の持論展開する。


「たぶん、今のこの環境が私を若返らせているのかもしれないわ。結婚してた頃は家事育児に追われて心身共に疲れていたし、離婚後も貧困に苦しみながら仕事を幾つも掛け持ちして苦しかったし。でも、娘が結婚してからは肩の荷が降りたっていうか、自分の為に時間を使えるようになった。自分のやりたい事に挑戦して、こうして今のこの仕事に就けたこの環境が私に活力を与えて若返らせてくれてるのかもね」


 多分、本当にそうなのだろうと思う。ジョンに離婚を突き付けられた時の私は確かに女としての魅力を欠いていたと思う。それだけ余裕の無い生活を強いられていた。

 確実に以前よりも私の見目について良く言われる事が増えたし、実際にその自覚もある。

 この歳になって、若かりし頃のかつての自信を取り戻せたような、そんな気すら感じている。


「ミリ。女は内面よ。活力に溢れた美しい心であり続ける事が若さを保つ秘訣よ」


 片目を瞑り、にっこり笑顔でプシラ流の考えをあたかも私流のように偉そうに言ってみる。


「エミリア様。どうか、その手解きをこのわたくしめに」


 ミリは教えを請うように私に深々と頭を下げて言う。わざとらしく『様』付けで。

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