海妖対策士エンテの航海記

陣野ケイ

第1話 海妖対策士エンテ、就任早々ピンチです⁈

 現在、人類が認識できている世界は実は全体の三割にも満たないのではと言われている。

 まだ見ぬ大陸、島、そこに住まう民族や生き物、遺跡。様々な道を追い求め、たくさんの人々が大海原へ冒険に漕ぎ出す活気にあふれたこの時代。

 しかし外洋には恐ろしい【海妖かいよう】たちが住み、冒険者の行手を阻んでいた。

 そんな冒険者たちの頼みの綱は、島国ゆえ海妖たちの恐ろしさが身に染みているキクノス王国が設立した王立海妖対策研究所と——そこに所属する知識人。

 海妖たちの生態に関する専門知識と対策法を身に付けた彼らは【海妖対策士】と呼ばれ、冒険者たちの力となる。




 ◆ ◆ ◆




「チェンジだ!」


 ——前略、故郷のお母さん。

 澄んだ青空に心地よい風が吹くこの春の日、エンテは海妖対策士としてこれ以上ない大きなお仕事を受け持つこととなりました。

 小さな頃から慣れ親しんだ海ではありますが、此度は新大陸到達を目標とした長期航海と聞いて緊張しつつも張り切って支度をしてきたんですよ。お気に入りのフード付きローブも念入りに洗濯してブラウスもパリッと糊をきかせて、お仕事用の道具も不足のないよう何度もチェックをして。

 さあ頑張ってお仕事するぞと空に向けて拳を突き上げ、派遣先のお船が待つ港へ到着した途端——コレですよ。はい。

 ……いや、えっ?


「えっ……あの、ちょ」

「研究所の連中の耳は籠耳か? 俺は『一番優秀な海妖対策士を頼む』と言ったはずだが」


 船の前に立つ男の人たちの中でひときわ目立つ綺麗な顔の、長い焦茶の髪を一つに結ったお兄さん。おそらく……ええと、船長さんとお見受けします。ずいぶんとお若いけど。

 その船長さんが私を一目見るなり、思いっきり眉を顰めて最速更迭宣言をなさいました。

 正直言って美人の怒ってる顔めちゃくちゃ怖いしあまりのことに目を白黒させるしかないしでな私を遥かなる高みから見下して、船長さんはさらに一言。


「俺たちに必要なのは使える人材であって、こんな即座に海妖に喰われそうなアヒルの雛じゃないんだがな」

「アヒルの雛ッ⁈」

「なんだ。違うつもりなのか? どう見てもクチバシの黄色い子どもだろう、お前」

「わ、わた、私……もう十七歳ですー!」


 初対面にしてあまりの言われよう。さすがの私ももはや黙っていられません!

 こちらの突然の大声にびっくりした模様な船長さんの空色の目が、宝石みたいにやたら綺麗なのがまた小憎らしい!


「初めまして、冒険船ミグラテール号の皆様! 私、このたび海妖対策研究所より派遣されました……のエンテと申します! 海妖対策お手のもの! 以後ッ! お見知り置きをッ!」


 いささか喉が痛いですが、港全体に響き渡らせてやる勢いで自己紹介させて頂きました。港の人みんな驚いてこちらを見ています。

 ええ、やり返しの嫌がらせですとも。どうですか無駄に注目されて恥ずかしかろう!

 と、胸を張っておりましたが。


「…………?」

「え、マジで?」

「こんな小さい子が……?」

「えー……こんなことあるんだぁ……」


 ……船長さんはじめ、船員の方々は何やらぽかんとしながら各々呟いていらっしゃいます。

 いやあの、お一方。私さっき十七歳と言ったのに小さい子扱いされたの聞き逃しておりませんよ? 確かに同世代と比べてもかなり背は小さいほうですけどね?


「アクイラ。ちゃんと研究所の人たちは話を聞いてくれてたんじゃないか? 一番優秀な、ってさ」


 赤茶色の髪のひょろっとした男の人が、そう言って笑いながら船長さんを肘で突かれました。

 アクイラ、って確か資料で拝見した船長さんのお名前ですね。当の船長さんはなんとも形容しがたいお顔をしてらっしゃいましたが……見上げている私と目が合うと、余計に微妙な表情になってしまわれました。

 そんな船長さんに苦笑いな赤茶髪の人。そして奥に立っていた物凄く背が高い黒髪短髪の強面な方が、けらけらと豪快に笑います。


「チェンジは無しな! 誰も文句ねーだろ!」

「第一級海妖対策士なんて、研究所全体の一割にも満たないらしいしね」


 そう言って頷いたスラリとした男の人も黒髪で、目の色も強面の方と同じ赤ですが……ちょっとお顔立ちも似ていますし、もしかしてご兄弟でしょうか?

 密かに首を傾げていたら、赤茶髪の方が一歩近付いてきてこっそり耳打ちしてくださいました。


「ごめんね、アクイラが失礼なこと言って。アレで心配したつもりなんだよ……君みたいな小さい子を、海妖たちのいる危険な海に連れて行くわけにいかないってさ」

「アヒル扱いは心配に含まれますか?」

「ちょっとアクイラ! 早急に謝ろう! エンテちゃん、かなり根に持ってるよ!」


 船長さん——アクイラさんは嫌味かと思うくらい整った顔を、思いっきり顰めて黙っておられます。

 おっ何ですか睨めっこですか? 視点は低かろうが負けてやりませ……いやすいませんただの強がりです正直ビビっております何か喋ってください!

 でも仕事は絶対、石に齧り付いてでもさせてもらいますけどね!

 誰になんと言われようと舐められようと、私は未知を追い求める冒険者たちを助ける海妖対策士なんですから。


「出航は五分後だ」


 冷や汗ダラダラながら決意を固めていた私の耳に届いたのは、アクイラさんの凜とした声。


「ファルケ。ヴェルガー。シュエット。各自持ち場につけ」

「了解、船長」


 三人分の声が重なって、皆さん船の中へ向けて歩いて行かれて。

 ポカンと大口を開けて取り残された私を見て——アクイラさんは言いました。


「何をグズグズしている。お前も急げ、アヒル」

「アヒルじゃありませんが⁈」


 一瞬の感動を返して頂きたい!

 雛と二度も付けられなかったのが唯一の救いですか? ていうかなんでアヒルなんですか私の髪が白くて毛量多いからですか⁈

 問い詰めたいことはたくさんありますが、アクイラさんはさっさと船に乗り込まれてしまったので私も急いで後を追うしかありません。


 ——到底、憧れの冒険物語みたいな綺麗な出発じゃありませんが。

 冒険船ミグラテール号の海妖対策士としての私の日々は、こうして幕を開けました。

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