第39話

 『ホムンクルス』達が旅に出て一カ月がたった。

その間、特に何かがあったわけではなく、ただ普通の生活が続いていた。

 何度かアレクサンダー君と戦い、魔力も少し増え、称号は取得も成長もしなかったが、剣での戦い方はかなり学べたと思う。


 そんなある日、マリナ教師から不思議なお知らせがあった。


「はい、来月は行事がいっぱいあります。近衛騎士団の方が特別講習に来てくださるし、闘技大会が行われたり、魔技大会が開催されたりします。闘技大会に関しては任意参加ですが、怪我をする危険があるし、あまり先生は勧めません。」

「参加したいぞ!」

「俺は今度こそノアとの決着を付ける。」

「望む所だ。」

「私は、参加したいけど、ここ三人と当たるのは嫌だなぁ。」


 ここまでで四人の参加が明言されたが、他にも出たいという目をしている者は何人かいた。


「予想はしていましたから、はい、このプリントに名前、属性、流派や所属のクラス、部活などを書いてください。」

「マリナ教師、流派と部活については任意でしょうか?」

「はい、他にも、赤い字で書いている所以外は任意です。」


 説明を終えたマリナ教師は、俺達がプリントを書き終えるまで見守り、10分が経過した。


「はい、では、アレクサンダー君、ノア君、ハクさん、レオナさん、ラルフ君、ヴィル君、ソニアさんが参加するということで、いいですね?」


 途中でやめたのか、参加する人数は意外にも少なく、皆が苦笑しながら見合っていた。

その理由は俺やアレクサンダー君であるらしく、俺達が出てしまうと、どうせ痛い目を見るだけだという風に思っているらしい。


 少し不服ではあるが、このクラスだけでなく、他のクラスや、上の学年の生徒達ともマッチが組まれるらしいので、楽しみにしている。


「では、楽しみにしていてください。張り切り過ぎて怪我をしない様に気をつけてくださいね。」


 マリナ教師はプリントを懐へ仕舞うと、そのまま授業を始めた。


◇◆◇


 午前中の授業が終わり、昼休みに入った頃、俺はマリナ教師に呼ばれ、空き教室に来ていた。


 少し埃っぽいものの、他の教室からは離れているため、物静かさが別世界のような雰囲気を醸し出している。


 こんな所に呼び出されて、身がまえないわけもなく、いつでも魔法を撃てる準備をしてマリナ教師の話を待った。


「この教室に呼び出したのはお願いがあったからなんだけど、聞いてくれる?」

「内容によりますね。」

「じゃあ、単刀直入に言うけど、今度の二つの大会で優勝してほしいの。」


 普通であれば一年生の俺に頼む様な事ではない。

しかし、そんな無茶な要求をするマリナ教師の目は、明らかに真剣そのものだった。


「アナタの実力は十分に理解しているつもり。それでも上手く進めないのが世の中なの。」


......


「アナタは【無】属性というだけでこれからずっと辛い思いをするかもしれない。そんな事がない様に、【無】属性でも他属性の人に負けないってところを見せたいの。」

「......マリナ教師は入学する前からやけに俺の肩を持ちますが、一体何故なんですか?」

「それは......私の友達が、【無】属性だってことを理由に、ずっと除け者にされてたから。」


 今、マリナ教師は嘘を吐いた。

それがどの部分なのかまでは分からないが、ハッキリと、その言葉に嘘が混ざっていたのを俺は見逃さない。


「だから、教師になったのも【無】属性の子供が一人でも、普通の人生を歩めるようにと思って......。ごめんね、自分勝手なことばかり言って。」

「全くもってその通りですね。」

「え......?」

「自分勝手極まる話ですねと言ったんですよ。」


 動揺しうろたえるマリナ教師に、それでも構わず棘まみれの言葉を当てつける。


「友人が悲しい思いをした。【無】属性への偏見を無くしたい。 大層立派な目標でしょう。 しかしながら、それを俺が代行したところで、一体何の意味がありますか。 俺は少し特殊な理由で人より魔力が多く、それを利用する手段を持っているに過ぎません。 そんな俺が例え大会で優勝したとしても、『あいつが天才だったから』の一言で済まされて終わりです。 俺に対する態度が変わるだけで、【無】属性への迫害が無くなるわけではありません。 それらを踏まえて質問します。『本当に【無】属性の待遇を改善したいと思いますか?』」


 捲し立て、反論の余地を与えない。

相手に自分の考えを押し付けるという点では、こんなに有効な手段は無く、冷静で弱腰の人間には非常に効果的な話し方だ。


「わ、わた、わたしは、私は、それでも、【無】属性を、ニアちゃんを、助けたいの......!」

「OK、そこまで言うなら手を貸しましょう。これから一年間、属性魔法を使わずに、【無】属性魔法を使い続けてください。」

「え?あの、どういうこと?」


 その『どういうこと』には、幾つもの意味が込められているのが分かった。

どうして了承したのか。どうして属性魔法を使わないようにすれば良いのか。どうして【無】属性魔法を使えば良いのか。

 それらの疑問がない交ぜになって、言葉にする事ができない。

そんな経験は良くしたことがある。


「一つは、立場のある人間が【無】属性魔法を伝導する必要があり、それはその先を求めるマリナ教師でないといけないからです。 そして、【無】属性魔法というのは誰しもが使える属性なのに、更に使いやすい他属性のせいで目立たないという事実を魔法の教師であるマリナ教師に証明してもらう必要があるからですね。」

「それでも、使い方なんて分からないわ。」

「それについては俺が教えます。マリナ教師はその【無】属性魔法を他人に教えればいいのです。」

「そ、そんな事したら、ノア君が不利益を被るんじゃ。」

「人の心配よりも自分の心配をしてください。最初の一週間は手伝いますが、今この時から属性魔法は禁止ですよ。」


 そう言って、俺は空き教室から出て行った。

魔力量では俺と大した差の無いマリナ教師だが、その魔力は属性魔法に染まった不純物。

 その濁りを取り除くのは容易いことではないだろう。


 明日からが楽しみだ。


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