2話 産声

01 

 ヴェノム研究所の摘発から一週間。

 牧野は、部屋の前で一度深呼吸をすると、重たいドアを開けた。


「飽きもせず、なんでこうなるかなぁ……」


 部屋に置かれた四台のベッドは、本来の向きになっているものなど存在せず、この一週間物を減らされ続け、必要最低限にされた部屋であっても、一目で荒れていると分かる散らかりよう。


「あ、マキノさん!」

「飯か」


 横に倒れたベッドの向こうから顔を出したのは、銃を噛み砕いた少年。

 結局、彼らの言った通り、ヴェノム研究所の研究員は誰一人確認できなかった。

 そのため、現在、技術調査班がデータを復旧しているところだ。


「その前に、まず片付けろ。食える場所くらい作れ」

「別のどこでも食えるだろ」

「野宿でもないのに、デコボコな地面で食いたくねーんだよ」


 文句は言うが、意外にも素直なところはあるらしく、床に散らばったシーツや枕などの布が端に追いやられていく。

 片付けと言っていいのかは怪しいが、ひとまずできたスペースに、持たされた食事を下せば、随分と見慣れてしまった四人の驚く姿。


「よくもまぁ、飽きもせず、こんなめんどくさそうなことするよね」


 料理なんてもの見たことが無かったらしい彼らに、それほど見た目が華やかとは言えない自衛隊の料理であっても、目を見張るものらしい。


「今日もすごく喜んでました。って、給養員に言っとくよ」

「は? 言ってないんだけど。頭やられてんの?」


 素直じゃ無さ過ぎる連中にも、だいぶ慣れた。

 なにより、この部屋には彼らの様子を監視するために、カメラが仕込まれており、食事のたびに目を輝かせる彼らの様子はバッチリと見られている。

 ここ数日の給養員のモチベーションは、正直恐ろしいくらいだ。


「んっ……うん! うまい! ちょっと食べにくいけど」


 さっそくハンバーガーを頬張っているが、片手で強く握りしめているらしく、一口で既にパンと中身が分裂しそうになっている。

 それを力で抑え込もうと、また力を入れたのか、中身が床に落ちていく。


「ヘタクソだな」

「じゃあ、テメェが落とさずに食ってみろよ!」


 そう言われて、他の連中もハンバーガーへ手を伸ばし、食べ進めるが、見て学んだのか、随分ときれいに食べる。

 唯一中身を落とした一人の表情が、どんどん苛立ったように歪んでいく様子に、嫌な予感がしていれば、予想通り一番近くにいた相手のハンバーガーを叩き落した。


「食べものを粗末に扱うな」

「別に食うし」

「そういう問題じゃない」


 常に食糧不足に悩まされる中、食べ物を粗末に扱うのは、昔以上にご法度だが、落ちた食べ物を拾って食べるまで貧しくはなっていない。

 だが、ふたりは何も敷いていない床に落ちた食べ物を平然と拾って食べていた。今までは、それが当たり前だったのだろう。

 そう考えれば、同情もする。生まれる前から人体実験の付き合わされ、まともな生活すら知らなかったのだから。



「自分が、彼らを育てる……?」


 彼らを保護し、連れ帰った後のこと。

 久留米少尉に命じられた新たな任務は、随分と頭が痛くなるような内容だった。


「あぁ。詳細な解析結果は出ていないとはいえ、彼らについては大分わかってきた」


 遺伝子を操作した新人類”ヴェノリュシオン”を作り出すため、彼らは作り出された。

 各型番ごとに個体番号を付けられ、毎日のように非合法な実験を行われ続けた。


「上としては、もみ消したい存在だろう。ウイルスに感染した変異種は、皆バケモノである。そうしなければ、我々が今まで行ってきた感染者に対する対応が、ただの人殺しになってしまうからな」


 大都市に作られたいくつかの居住区。それらは、今まで日本に暮らしていた人口を住まわせるには、あまりにも小さすぎた。

 そのため、行われたのは選定において、まず最初に設けられた項目は、ウイルスに感染していないことだった。簡易的な検査キットで”陽性”と判断されるだけで、安全な建物に入ることもできず、命の保証すらされない。

 疑わしきは黒としなければ、自分だけではない、人類そのものが消滅する危険があった。


「だが、彼らは生まれ、この世界に生きている」


 少し力は強いかもしれないが、人と変わらない姿で、言葉も交わすことのできる。

 人の子供と何にも変わらない。


「ならば、未来を守るために、手を尽くさない理由はないだろう」


 全てを管理された居住区の中にいれば、穏やかな生活が待っていただろう。

 だが、それは緩やかな衰退という死だ。だからこそ、この世界で、人が人として生き残る道を見つけるべく、銃を手に取った。


「……しかし、具体的にはどうするつもりですか」


 久留米の言いたいことはわかる。牧野だって、命令だからと言って子供を殺したくはない。しかし、力がない人間がどれだけ叫んだところで、無意味であることを知っている。


「なに、簡単なことだ。利用価値を示せばいい」


 彼らが、今を生きる人間たちに多大な利益をもたらす存在であると、無視できないほどに大きな利益になると示してやればいい。

 そうすれば、彼らも頭ごなしに彼らの存在を抹消しようとはしない。


「彼らには十分その力がある。牧野軍曹、頼まれてくれるな?」


 断れば、彼らは抹殺される。

 断れるはずがなかった。


 そうして、牧野は新人類のヴェノリュシオンの彼らの教育を任されることとなったのだが、独身で、もちろん子育て経験などない。

 たとえあったとしても、通常とは異なる彼らを教育できるかと言えば、怪しいところだ。


「作った人だって、おいしく食べてほしいんだからな」


 ソースで汚れた手を舐める少年は、口顎改良型、通称G型の生き残り”G45”。ヴェノム研究所崩壊の一因であり、この中で最も白兵戦での戦闘能力が高い。

 銃を噛み砕いてきたのもG45であり、直情的ではあるが、逆に言えば、四人の中で最も素直だった。


「お前だって、食べてるの邪魔されたらいやだろ?」

「殴る」

「だろ? だから、人が食べてるものを叩き落さない」


 発想が直接的ではあるが、しっかりと言葉にして伝えれば、聞き入れる素直さは、本当に助かる。


「ひとりだけ、ぐちゃぐちゃにしちまって寂しかったんだろ?」


 人の上げ足を取るのが趣味だったり、嫌味ばかり言う奴ばかりで、素直なのがひとりいるだけで本当に心が洗われる。


「あーもう……煽らない!」


 嫌味たらしくニヒルに笑うのは、ハンバーガーを叩き落された視覚改良型、通称O型の生き残り”O12”。

 実験の影響で片目が潰れている影響か、この中では最も戦闘能力が低いようだが、口はとても達者なようで、喧嘩相手はいつもG45だ。

 本来の子供と違い、本当の喧嘩になってしまうと、牧野も仲裁に入るのが難しいため、ボヤの内に収めようとするのだが、今のところ成功率は五分五分と言ったところだった。


「はいはーい。喧嘩なら端っこでやってよね」


 そう言いながら、G45の口の中にフライドポテトを放り込んでいるのは、嗅覚改良型、通称T型の生き残り”T19”。

 頭は良いらしく、真意が読み取りにくい。殺気もなく、息をするように殺そうとしてくるので、少し苦手だ。

 今回は一応、仲裁に入ってくれているのか、様子を見ていれば、ものすごい音共に頬に飛んできたケチャップ。


「…………」


 目をやれば、聴覚改良型、通称S型の生き残り”S08”が、ケチャップボトルを握りしめたまま、固まっていた。


「なんだこれ……柔らかすぎる」

「この前、ガラス瓶割ったからな」


 人間よりもずっと力のある四人。特にG45とS08だが、力加減を間違えると、ガラス瓶だろうが一斗缶だろうが、素手だけで潰れる。

 以前、缶詰を渡して、素手で開けていたのを見た時には、本気で銃を握りしめて部屋に入りたいと思ったくらいだ。

 ただ、ケチャップの爆発は、G45の意識を逸らすのに役立ったらしく、浮かしかけていた腰を下ろし、こんもりと山になったケチャップの底からフライドポテトを取り出して食べ始めた。

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