第8話 賑わえ。夏祭り 前編

 夏休み、8月に突入してから我が家でもエアコンをつけることは多くなった。

 中村君と本を探しに学校へ行った日から数日。

「ふぅ……一段落ついたから休憩しよう」

 私は冷房の効いた涼しい部屋で夕食前にすぐに終わるような課題を終わらせようと取り組んでいた。

 そして小一時間程、課題に取り組み休憩がてらSNSを覗いていた。

「あっ……いいなぁこういうの」

 タイムラインを眺めているとカップルや複数の男子の自撮り写真が流れてくる。

 こういう投稿をしている人はきっと充実した生活を送ってるんだろうなぁ……

「私もこういうことやってみたいな……あっ!」

 かく言う私もそんな予定があるんだった。

 スマホにメモした予定表では三日後には隼人と夏祭りに行くというのを書いていた。

「そういえば……絵里香に言われてた浴衣のことでお母さんに聞いとかなくちゃ」

 課題を中断して一階のリビングへ向う。自室と違い廊下は蒸し暑い空気で包まれていた。

「お母さん〜ちょっといい?」

「どうしたの? 今手が離せないからこっちに来て話して」

 お母さんはキッチンで夕食前に溜まっていた食器を洗っている。

「今度友達と一緒に夏祭りに行くんだけど浴衣とかってある?」

「浴衣? あぁ……去年まではあったけど捨てちゃったわ。ごめんね」

「ううん。大丈夫」

「なら……ちょっと待ってね」

 するとお母さんは洗い物を中断。リビングに置かれていたバッグの財布から一万円を取り出す。

「これで浴衣とか買ってきなさい。浴衣って結構な額するし」

「え、いいの……?」

「ええ。美結がそういうのに興味があるみたいだから母親としては手伝って上げたいの!」

「お母さん……ありがとう!」

「けどお店とかはあまり知らないから近くのデパートとかに行ってみたら? 絵理香ちゃんを連れて」

「うん。そうする!」

 そう言って私は手渡された二人の諭吉を大事に手のひらに収め自室へ戻った。


「っていうことで浴衣。探すの手伝って!」

 早速絵里香に浴衣探しを手伝ってもらおうと呼び出すとすぐに出てくれた。

『いいよ〜けどせっかくだから美結の浴衣を見繕うだけじゃなく私の浴衣も見繕ってもらいたいけどいい?』

「いいけど……絵里香なら自分でいい感じの見つけられんじゃない?」

『いやいや美結さんや。それは無粋ですよ。こういうのは友達に選んでもらうのがいいってもんですよ』

「そういうもの……なの?」

『そういうものなの!早速だけど明日にでも見に行こう?』

「そうだね……祭りまでもう日がないし」

『決まり〜!じゃあ明日いつもの公園で12時に集合〜!それじゃ!』

「あ、ちょ!……切れちゃった」

 絵里香との話はそのままの勢いであっという間に終わり、流れで予定が決まって私は呆然としていた。


翌日。私は家から徒歩十分歩けば着く公園を目指していた。

 歩いている中も額から滴る汗やセミの猛烈な鳴き声なども相まってますます夏が近づいているのを実感する。

「どこか…涼める場所はないかな。絵里香、待ち合わせ時間なのに…三十分も経ってる。」

 おまけにこの公園には座るところあってもそこに屋根は無く、私はこんがり日差しに焼かれていた。

『ごめ〜ん! おまたせ〜!』

 どこかの店に避難しようとしたところで信号の手前でこちらに向かってくる絵里香が見えた。

「遅かったけど何かあったの?」 

「あぁ〜いや、普通に寝坊しちゃったの」

「……」

「分かったって! 三十分とはいえ、暑い中待たせたんだからジュースでも奢るから許して〜」

「別に。怒ってはないよ」

「嘘だ〜! だって見るからに不機嫌そうな顔してるもん」

「ただ呆れてるだけ。遅刻なんてこれまで何度もあったし」

 中学の頃からは絵里香と遊ぶとき、三回に一回遅刻してくるので私はそんな絵里香に諦めしか思っていなかった。

「思ったより酷い!?」

「いいから行くよ。絵里香」

 絵里香を咎めるのが終えて私たちはデパートへ足を運んだ。


「あぁ……涼しい〜一生ここに居たい……」

 中の冷房に涼みつつ、私は浴衣を販売する店を探す。ここは一階なので案内板があるはず……。

「あ、あった。二回のエスカレータ付近みたい」

「それじゃあ早速行こう!」

「ちょ、ちょっと待って。絵里香!」

 絵理香は早歩きでエスカレータで二階へ向かう。私も後を追うようにエスカレータに乗り込む。

「はぁ……。昔から落ち着きがないんだから」

 お店までの間、周囲を見渡すと子連れの親子が多く見えた。夏祭りだからか普段より中は賑やかだった。

 そして目的の店舗に到着すると絵里香も着いていた。絵理香はあるマネキンの前で呆然と立っていた。

「見て美結。この浴衣すっごく綺麗……」

 彼女が見るマネキンの浴衣は鮮やかな白をベースに所々、桜の花びらの柄がプリントされている。

「確かに……本当に綺麗…」

「何かお探しですか? お客様」

 浴衣をまじまじと見つめていると隣から和風な女給さんのような服装の店員が話しかけてきた。

 店に合わせて店員もそれに合わせてるのかな、こういうお店好きかも…

「はい。夏休みに行くので浴衣を探そうと思ってて」

「なるほど…そちらの方も同じ感じですか?」

「そうです! けど具体的なイメージが無くて…」

「よろしければ私が見繕う致しましょうか?」

「え…!いいんですか? 是非!」

「じゃ、じゃあ…私もお願いします」

「はい! ここで10年は働いているベテラン店員。鶴見にお任せを!」

 ひょんな流れで私達は店員さんからのコーディネート会が開かれた。


「まずはお二人に似合いそうな浴衣を見繕いますのでしばしお待ち下さい」

 そう言いながらそそくさと鶴見さんは奥の方へ消えていった。

「浴衣なんて幼稚園の頃に着たのが最後だから楽しみ〜!」

「そうなの? 絵理香、中学の頃いろんな人に囲まれてたからてっきり夏休み行ってたと思ってたけど……」

「あぁ、うん。まぁそれはね…なんとなく行ってないんだ」

 絵理香は歯切れが悪そうに言う。

「そう……なら絶対行こうね。夏祭り」

「おまたせしました! お客様!」

 それからも話を続けていると鶴見さんはニ着の浴衣を両手で抱えながらこちらに戻ってきた。

「ひとまず、私が思うお二人に似合いそうな浴衣を見繕いさせていただきました。」

 そう言いながら鶴見さんは一着ずつ紹介に入った。


「まずはそちらの黒髪のお客様! お客様にはこちらの浴衣が似合うかと思い用意しました!」

 そして鶴見さんは一着の浴衣を広げた。

「綺麗な色…あっ、向日葵も書かれてるんだ……」

 鶴見さんが持ってきた浴衣は白をベースに随所に青い向日葵が描かれていた。

「私の意見としましてはお客様には明るい色で清楚系のイメージを出したほうが魅力的になると思いますよ!」

「そうなんですね……」

 正直、ここまで細かにコーディネートをされるとは思いもしなかった。あまりの情報量に少し頭が混乱してきた。

「ちなみに…ご試着されます?」

「あ、はい。とりあえず着てみます」


「ど、どうですか……?」

 早速言われたとおり私は試着室で浴衣を着てみることにした。ちなみに、着付けについては店員さんに手伝ってもらいました。

「うんうん! 似合ってるよ美結!それでさ。美結が着付けしてる間、可愛い髪飾り見つけたから、これ、つけてみて!」

 そう言いながら細く綺麗な装飾がついている簪を受け取る。けっこう高そう……。

「でしたら髪の方もお団子にして……失礼します」

 そして息のあった連携のように今度は鶴見さんがすかさず後ろへ回る。

 髪を手早くまとめてお団子ヘアーにしてくれた。


「わぁ……すっごい綺麗だよ! ねぇ。鶴見さん!」

「えぇ。そしてここに多少のお化粧も加えれば大抵の男の子は落ちるわね。それに――」

 二人は楽しそうに話していて私は完全に空気になっていた。そんな二人は置いといて。

「浴衣っていいなぁ……」

 そんな二人を横目に美結は鏡に映る自分を再視認する。  

 長い黒髪は後ろのお団子に纏められそこに簪を加えられておしゃれな喫茶店のパフェみたいだ。

「それじゃあ……今度は私の番だね! 鶴見さんお願いします!」

「はい! 喜んで!」


「どう? 鶴見さん!美結!」

 黒い浴衣に身を包んだ絵理香が試着室から姿を表す。その浴衣はカラフルな紫陽花の模様が浮き彫りになっている。けど……

「似合ってる…と思うよ」

 流石に女子に黒の浴衣はあまり似合わないと思っていたが絵理香のよう活発的な女子にはイメージにぴったりだった。

 さらに前髪には小さな緑色のヘアピンもつけられて普段の印象からガラリと変わっていた。

「えへへ〜そうでしょ! 私も似合うかなって思ってたんだ!」

 絵理香は嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべる。

「私はこの浴衣が気に入ったから買うけど、美結はどうするの?」

「私は……」

 特にこれといったこだわりは私の中には無い。

 今までお洒落な服にも無頓着で親が買ってきた服を着るだけだった。

 けれど今、初めて、私はお洒落な世界へ入り込もうとしていた。

「中村君もこういう浴衣を見たら喜ぶんじゃ……」

 絵理香は寄ってきて耳打ちするように囁く。

「中村君とはそういうんじゃ…けど……」

 せっかくなら中村君に見せる為にこれにしようかな…

「これに…します!」

「お買い上げありがとうございます! そしてツイてますね〜お客さん! 今だとサマーシーズンキャンペーンで10%オフなんです!」

「やった〜! 私達運いいね!」

「そうだね。買ってよかった」

 そんなこんなで私達の浴衣選びのコーディネート会は購入するという形で閉幕となった。


「楽しかった!これで夏祭りは安心!安心!」

「そうだね。おまけに予算の一万円以内に済んで良かった」

 浴衣を買い終わった私たちはそのままモールを出ようとしていたその時――。

「……? ねぇ美結。あれって……」

 肩を軽く叩かれ絵理香が指差す方を見てみると

「中村君……と佐藤君?」

 よく見知った二人が喫茶店でお茶していた。

 イスの横には幾つもの紙袋を置かれていた。二人も買い物してたのかな……

「せっかくだから声掛けに行こうよ!」

「え、けど…二人の邪魔しちゃ悪いよ」

「大丈夫だって! おーいふたりとも〜」

 行ってしまった……私も後を追うように二人のところに歩き出す。


「うん? 北沢と加藤か?」

 呼びかけに先に気づいた佐藤君は気だるそうに振り返る。

「なんか疲れてるみたいだけどダイジョブ?」

「大丈夫なもんか……こいつと服を買いに行くまでは良かったけど…店員がガツガツ話しかけるタイプだったからしんどかった……」

「あ〜確かにそれはしんどいね」

「けどお陰でその店員さんがいい服を選んでくれたんだよね」

「まぁ…そうだな。こういうのとか」

 と言いながら傍においた紙袋から購入した衣服を取り出した。

「お〜中々おしゃれでいいね〜」

「それはそうと私達も同席してもいい? さっきまで浴衣選びしてたから疲れちゃって〜」

「別にいいけど」

「ありがとう。あっ、店員さんすみません。ストロベリーサンデーパフェお願いします!」

「かしこまりした。少々お待ち下さい」

 注文が済んだところで私達はそれぞれ空いていた空席に腰を下ろす。

「浴衣買いに来たって言ってたけど浴衣なんて夏祭りぐらいしか着ないだろ?」

 椅子に座りゆったりとしていると佐藤くんはやや辛口な口調で指摘する。

「そんなことないし〜それに、女の子にとっておしゃれは命と同じぐらい大事だから大切なの!」

 そういうのに無頓着な私としては正直、佐藤くんと同意見だ。けれど…

「そ…それに、着るのは一度きりでも誰かに見せたいとかもあるでしょ……」

「よく言った!美結! わかってるねぇ〜」

「加藤さんは見せたい相手にいるの?」

「へ? えっ、えっと…それは……」

 ふいに中村くんに聞かれるものだからテンパって上手く話せない……

 中村君にだよ。だなんて流石に恥ずかしいし……

 言おうかどうかと口ごもっているなか、絵理香はこっちをにまにまとした目線で見てくる。

「まぁまぁ! それはご想像にお任せしますってことで」

「絵理香……」

 いつものようにからかうと思っていると絵理香はうまく流して話を終わらしてくれた。

「お待たせしました。ストロベリーサンデーパフェです」

「おっ! ありがとうございます! みんなも食べる?」

「じゃあ…少しだけ」

「僕はいいや」

「俺も、甘いの苦手だし」

「はい美結。あーん」

 手元のパフェからスプーンでいちごとバニラをすくいだすとこちらに向けてくる。 

 少しだけ人前だとこういうのは少しだけ恥ずかしい……

 そんな気持ちを無視して近づき口にする。

 バニラはシャーベットのような状態で溶けていて個人的に私はこの溶け具合が一番好きだ。

「どう?」

「美味しい…」

「良かった〜やっぱりパフェといったらいちごだよね〜」

「パフェって喫茶店でたまに見るけどどれもいい値段するよね」

「あ、わかる! 安くても千円前後するのがほとんどだよね。」

 話は中村君から振られたパフェの話題に切り替わる。佐藤くんは退屈そうにスマホを見ていた。

「けどその分喫茶店スイーツの王様みたいなイメージあるよね」

「うんうん! 千円使ってでも食べたい! みたいな」

 主に絵理香と中村君の二人はパフェについての談義に熱中していた。私は完全に空気そのものになっていた。

 絵理香がパフェを完食した辺りで二人の談義は一息ついた。

「さて……と、そろそろ帰ろっか」

そう言いながら絵理香と佐藤くんはレジへ向う。

「僕たちは先にでとこう」

「そうだね」


 二人がレジを会計を済ましている間、隼人と美結は近くの柱にもたれかかっていた。

「ところで……さ」

 沈黙の中、隼人が口を開く。

「浴衣って誰に浴衣を見せたいの……?」

「……知りたい?」

「……うん」

 会話の沈黙の合間では店内アナウンスが響く。

「…………ここじゃ言うの恥ずかしいからちょっと歩こう?」

「うん。佐藤達に話してくるよ」

 事情を話しに絵理香たちの方に中村は向う。

「オッケーオッケーあとはお二人でごゆっくり〜」

 変な冗談交じりで絵理香は見送ってくれてそのまま私は絵理香と佐藤くんとは別れた。


* ♤ *

 二人と別れて帰路につこうと中村は加藤と並んで歩いていた。

 (つい聞いちゃったけど、やっぱりやめようかな……)

 彼女の方に目をやるときさっき買ったであろう浴衣が紙袋からちらりと見えていた。綺麗な白色の浴衣だ。

 きっと加藤さんによく似合うんだろうなぁ……

 そう考えていくとやはり聞きたくなってくる。

「さっきの質問のこと…なんだけど……」

 モールを出たところで彼女が口を開く。

「あっ、うん」

「本当は私服で行こうとしてたの。夏祭り」

「そうなんだ」

「うん…けど夏祭りの話をしたら『浴衣着なきゃ勿体ない!』って強めに言われて……」

 何事にも積極的な北沢さんなら言いそう……

「けど……誰かに見せる為に着てみるっていうのを考えてみると少し…ドキドキした」

 そう柔らかな笑顔を見せる彼女の顔は頬は少し、赤くなってきている。

「そっか……」

「うん…それで、この浴衣を絵理香に見せるとかだとドキドキはしなかったの。けど……」

「中村君に見せるって考えるとさっきのドキドキがまたしたの」

「うん……えっ?」

 今僕に見せるためって言った? 聞き間違いではなく? 本当に?

 気づけば住宅街前の交差点まで歩いていた。

「じゃあ…私こっちだから今度は夏祭りでね!」

 そう言いながらちょうど青になった信号を渡り別れた。

 その時の彼女は顔こそ見えなかったけれど耳まで真っ赤だった。

「え……え…?」

 やばい…頬が自然と緩んで今絶対変な顔してる……

 それから家に着いても頬のニヤケ具合は収まらずその日は寝るまで苦労した……

 









 

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