第7話 spring blue「ワンピースorバニーガール」そのどちらか。それが問題だ



「ちょ、ちょっと!? もう結論は出てるんだから、もうこんなの意味がないって。ボクはむしろ断ろうと思って――」

「まぁ、それはそれ。これはこれってことで。今はデートを楽しんでおいでよ」


 あーやはそう言いながら、クスクス笑う。能動的に思考して判断するバックアップサーバー。研究者としては、彼女のようなサンプルを開発できたことはほまれだ。その一方で、なんでこんなサンプルを開発しちゃったんだろうと思うボクは、きっと悪くないと思う。


「ボクで遊ぶんじゃない、あーや」


 今のボクは、きっと憮然とした顔つきになっていると思う。あーやは、そんなボクを見て、さらに楽しそうに弾けるような笑みを溢して――それから、すっと真面目な顔になる。


「それに、茜ちゃんが出たら一人で殲滅させちゃうじゃん。もうちょっと、実験室の研究者という自覚をもって。デートの間は私たちに任せてね?」


「だから、デートじゃない!」

 あーやの物言いに頭痛を憶えた。


「……もうすでに【弁護なき裁判団】も勝手に動いているでしょう? いざという時は遠藤さん達が合流してくれるわけだし、今さらな話だよ。早ければ早い方が良い」


 不完全な実験で、廃材が増えることも。この段階で実験室が露見することも、なんとかして避けたい。この悪魔の研究を、社会がコントロールするには、まだ時期尚早。この点だけは、室長フラスコに同意だった。


「だから、そういう問題じゃないでしょう? 茜ちゃんが、切り込み隊長のように、飛び込んでいっちゃうこのが問題なのよ」

「仕方ないじゃん。みんなは、支援型サンプルなんだから」


 そう言って、あーやを。それから爽君を見やる。戦闘型の能力スキルをあえてボクは開発しなかったのだ。だって、ボクの目的とは相反するから。ただ、暴力的な力を得ても何の意味もない。そんな役割、他のサンプルと……それからボクだけで良い。


 キミ達を、そんなつまらないことのために、開発したつもりはないから。


 ――楽園の扉を開く鍵は、叡智。その知を集積するのは、眠りし緑柱の石板エメラルド・タブレット


 無意識に呟く。


「……でも、爽君とひなたちゃんが――」

「あーや。ひなちゃんは、最終兵器だからね。彼女は、借り物。あくまで爽君とのLINKシステムを作るために、レンタルしたお客様だから。そもそも論点がズレているよ」

「……そうだとしても、茜ちゃん一人に任せて知らんぷりはできないよ?」


 あーやの一言に、爽君までコクリと頷く。私はサンプル達に恵まれている。そう実感する。


「それに、普通の高校生として、青春を満喫して欲しいと思っているのは、本心だよ? だから、こっちは任せて」


 あーやが、ニッと笑って胸を叩いてみせた。

 不覚にも胸が熱くなる。


 今この段階も、がないか思考を巡らしている自分がいる。


 ボクはぐっと拳を固める、ひなたちゃんの手に触れた。

 ヒリヒリと熱さを感じる。


 火の粉が、今この瞬間も舞う。この炎――発火能力パイロキネシスこそ、ひなたちゃんの感情のバロメーターだった。


 私の肌をジリジリと焼くのも一瞬で、その炎はかき消えてしまう。

 ひなたちゃんが、感情を抑えるように、唇を噛みしめているのが見えた。


「……いっしょに行けないのなら、行く準備。おてつだいをする!」


 そう言ったかと思えば、トテトテと奥の部屋に消えて。それから、持ってきたのは――バニーガールの衣装だった。


「はへ?」


 私を目をパチクリさせ、それを見たあーやは、腹を抱えて笑う。見れば、爽君までニヤリと笑っていた。この二人の差し金なのは、絶対に間違いない。


「茜ちゃん、どっちにする?」


 あーやが、その手に持っているのは、ワンピースだった。


 亜麻色といえば良いのか。シックにおさえた色のワンピースが逆に清楚で。襟元のみが白く、リボンタイがあしらわれていた。


 今まで着たこともなかった、あからさまに女の子なコーデにボクは躊躇してしまう。


「……友達同士で遊びに行くだけなんだから、別に高校の制服でも……」

「休日の日に制服とか、部活帰りならまだしも、集合時間10時は違和感しかないでしょ?」


「ぶ、部活帰りって設定ならいいじゃん!」

「むしろ朝帰りだよ」

「な、な、にゃ、何を言ってるのさ?!」


 もう脳内がパニックだ。だって、私の普段の服装は、研究用の白衣。言ってみればこれが、私にとってのユニフォームで、勝負着だ。次点で高校の制服。でも、スカートはスースーして落ち着かない。


「じゃ、ひなたちゃんチョイスで決定ね」


 とあーやが、バニーガールの衣装に手を取ろうとして――。


「あーやチョイスでお願いします!」


 必死に懇願する。バニーガールの衣装で、周囲を歩こうものなら【実験室の痴女】という二つ名が新たに認定されそうだ。


 何より遠藤さん達には絶対、知られたくない。彼らは全力でバカにしてくるのが容易に想像できてしまう。冷静に考えてみたら、なんて失礼なサンプル達だろう。


(さっきの感動、今すぐ返せ)


 第一級情報機密レベルとして、絶対に死守すべき案件だった。


「……」


 あのね……お願いだから、ひなたちゃん。頼むから半泣きにならないで。


「これはあれじゃないかな、茜ちゃん」


 あーやの笑顔が怖すぎる。


「ひなたちゃんのために、着るだけ着てあげたら」

「着ないよ?! 絶対に着ないから――」


 毅然と言い切れない、そんな自分がニクい。ひなたちゃんの純真の目が、痛すぎる。どうして彼女に視線を向けてしまったのか。


「……」

 ボクは、力なく肩を落とした。





■■■





 駅前、時計台の下。

 そこが、日原君と待ち合わせの場所だった。


 風がそよいで、頬をなでる。

 太陽の光が眩しくて、思わず目を細めた。


 視線を向ければ、野良猫を撫でたり、鳩に餌をあげる人で賑わっている。ただ、その猫や鳩の数がやけに多いと思ってしまう。


(……やっぱり、そういうことなんだよね)

 

 こんな日じゃなければ――こんな状況じゃなければ、ベンチに腰かけて論文に読みふけるのに、最高の天気だと思ってしまう。


 昨日も、あーやをフル稼働して、データ分析を行っていたせいか。思わず欠伸が出て――。


 目が、つい彷徨ってしまった。

 日原君がニコニコ笑って、優しい眼差しを向けていたのだ。その視線から、思わず顔を背けてしまう。


「な、な、な……き、来ていたのなら、来たって言えば――」

LINKリンクしたんだけど。水原さんが気付いてくれなかったんだよ?」


 やっぱりニコニコ笑って言う。


「いつもと逆転したみたいだね?」

「な、にが?」


 声が上擦る。日原君の言う意味が分からない。


「ほら、僕は緊張するとドモっちゃうけどさ。水原さんと一緒にいると、リラックスできちゃうんだよね。でも逆に、水原さんは緊張している?」


「……別に、していないし」


「そっか。萎縮されたら、どうしようかと思ったから良かった。実はね、そうは言いながらも、僕も昨日なかなか寝付けなくて。遠足前の小学生か、って自分でも思ったよ」


 クスッと微笑む。

 そういう気持ちがないわけじゃない。


 このニセモノの生活のなかで。

 こんな経験、初めてだったから。


 前例や類似のケースを検索できたら、どれほど楽なんだろう。願わくば傾向と対策含めて、解答が欲しい。そんな風に言ったら、あーやに呆れられたけれど。


 それだけで終われば、本当に楽なのに。

 言わなくちゃ、言わないと。言葉にしないと――。


 それなのに、唇がやっぱり凍りついたように動かない。

 犠牲のもと、研究が行われるのだとしたら。


 トライアンドエラーで、試行錯誤の繰り返すことそのものが、研究なのだとしたら。この事例の結論も、そのうちの一例でしかない。何度も頭の中で割り切って、決意したはずなのに――。


「水原さん、可愛いよ」


 それは小さな声で。でもまっすぐな眼差しで。周囲の喧噪に、かき消されてしまいそうなのに。


 日原君の声が、私の耳に。その奥底へ響いて――やっぱり決意がグラグラと揺らいでいくのを自覚したんだ。

 

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