第37話 愛する君に口づけを


 カチャン


 コン、コン


 エルシアは、控え目な音でノックする。


(殿下に。殿下に会えるんだわ!)


 喜びと少しの緊張の後。




「お待ちしておりました」


 本当に嬉しそうな顔で、ケインはエルシアを迎え入れたのだった。


「殿下は、先程まで起きていたのですが、またお眠りになられました。お近くで少しお待ち下さい」


 寝室に案内されたエルシアは、クロードの顔を覗き込む。


 彼は穏やかな顔で、規則正しい呼吸をしていた。


「ええ。よかった! 本当に生きていらっしゃるのね」


 安堵するエルシアにケインも大きく頷く。


 そして、彼女に椅子を用意すると隣の部屋で控えていると言って、席を外してくれた。


 二人の時間を作ってくれたのだろう。


「……殿下」


 エルシアは眠っているクロードを起こさないよう、そっと手をそえる。


 そして、誰にも聞こえない様な小声で話しかけた。


 ずっとずっと。貴方にだけ伝えたかった言葉。


「ご存知でした? わたくし、殿下から気持ちを伝えられたあの日から。いえ、本当はもっと前かもしれません」


ーーずっと、殿下の事しか考えられなくなってしまったんですのよ


 エルシアは、イタズラを企む子供のような目で続ける。


「だから、目が覚めたら。わたくしをこんな風にした責任を取って下さいませね」


 その言葉に反応したのだろうか。


 少しして、クロードの指がピクリと動いた。


「殿下?」


 病人相手に大きな声だっただろうか、と焦るエルシア。


 けれど、そんな彼女の手をクロードはしっかりと、力強く握り締めた。


 そして、ゆっくりと目を開ける。


「エルシア? 本当にエルシア?」


 クロードはエルシアに視線を合わせて話しかけた。


 それが嬉しくて堪らない。


 涙が溢れてしまう。


「はい、そうですわ。ご無事で本当によかった」



「そんなに泣かなくても。俺はもう大丈夫だよ、エルシア」


 クロードはそう言いながらも嬉しそうだ。


 けれど、その後に少し悩む様な仕草をする。


「さっき俺に責任取って、って話しかけていたのも。エルシア?」


 ボッ


 エルシアの顔が火照ってしまう。


 だって、聞こえていないと思っていた言葉を指摘されたのだから。


 そんな彼女の変化を見て、エルシアだと確信したクロードは、ちょっとだけ悪い男の顔で笑った。


 ふふふ


「それって、俺の事を意識してくれてるって事でいいのかな?」


「……っ!」


 クロードは起き上がると、エルシアの顔に手を伸ばし、その頬に触れた。


 二人の顔が引っ付きそうな距離まで近づいていく。


(ち、近い!)


 エルシアの心臓は、ドキドキを通り越してバクバクだしクロードの目を避けて視線を逸らせてしまう。


 それでも彼女は、コクンと頷いた。


 そして消え入りそうな声で言う。


「お慕いしております、わ」


「愛してる!」


 エルシアの言葉にかぶるように、クロードはそれだけ伝える。


 揺れる様な、吸い込まれそうな瞳。


 そしてーー。


 そのままクロードの顔は更に近づき、二人の唇が重ねられたのだった。


 時間が止まったかのような感覚。



 突然のキスにどうしていいか、呆然としてしまう。


 けれどそれは、嬉しくて幸せな時間で。


 クロードの腕が背中にまわされ、エルシアは彼の胸に抱きすくめられたまま両目を閉じたのだった。



「いきなりごめん、つい」


 

「いいえ、こちらこそ」


 思いを確かめ合った恋人達だったが、急に恥ずかしくなり互いの体を離す。


 それからクロードは意を決して、過去の過ちについて話し出した。


 これから本当の意味で婚約者になるエルシアの憂いになることは少しでも、取り除いておきたかったからだ。



「……話して置きたいことがある。昔の俺が君を避けていた理由について」


 そこから彼はポツリポツリと語った。


 エルシアに一目惚れだったこと。


 未熟な自分にはそれが恥ずかしかったこと。


 そして、カザルスを思うエルシアを尊重したかったこと。


「だから、俺は決して心変わり等しないと誓う。なんなら今すぐ結婚式を挙げてたいくらいだ」


 クロードは真剣な眼差しを向けてくる。



(……そうだったのね)



ーーいつか彼にも、嫌われてしまうのではないか。


 クロードへの気持ちに気付いてから、ずっとエルシアの心の底にあった不安。


「話してくれてありがとうございます、殿下」


 それが解決したことでエルシアの笑顔は、よりいっそう美しく輝くのであった。


 

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