第30話 黒いローブの女

 げぷーー


 可愛いゲップをした赤子を、クロードはベッドに降ろす。



(……そうか、昼ご飯はエルシアの手料理が食べられるのか)



 エルシアの決意表明が聞こえたクロードは、楽しみで仕方がない。



 ついつい、背におぶる女の子にも言いたくなる。



「ほら、そんなに泣くな。昼ご飯はきっとめちゃくちゃ美味いぞ。楽しみだな!」



「そんなの、全然楽しみじゃないもん」



 女の子の名前はカナと言う。


 ぐすん ぐすん ぐすん


 カナはクロードが何をしても泣き止まない。


 よくよく聞けば、彼女は元々この孤児院の子ではないらしい。


 隣り合う子爵領の孤児院が満員になったため、今朝一人だけこちらに連れて来られたそうだ。



「知らない子ばっかなんだもん! 帰りたいよぉ」



ーーそうだよな、不安だよな。



「じゃあ、俺と友達になるか?」


 ニコッ


 だが、年頃の女の子なら頬を染めるであろう王太子スマイルも幼子には通じなかったようである。



「キライッ!」



 クロードを振り切り、カナは部屋を飛び出して行ってしまったのだった。



「ちょ、ちょっと待て!」


 クロードは追いかけようとするが、他の子供達が彼と遊びたくて群がってくる。



(……まぁ、院内なら大丈夫か)



 そう過信した彼は、小さな背中を見送ってしまったのだった。



 ★



ーーなにが友達よ! 追いかけてもこないじゃない。


 カナは庭先で小石を蹴る。


 そんな風にやさぐれている彼女が、ふと顔を上げると。


 立派な馬車が孤児院の柵近くに止まった。


 中から、黒いローブで口元以外を隠した気味悪い女が出てくる。



「そこの貴女。そんなに、みすぼらしいんだもの。お腹空いてるんじゃない?」


 女は見たこともない、真っ黒で小さなパンを懐から取り出した。



ーーこのひと、こわい



「い、いらない」


 カナは何とか震える声を絞り出す。



 ガッ


 だが、柵の隙間から女はその手をねじこむと、カナの手首を握りしめた。


 そして、小さな手のひらにパンをのせるとニヤリと笑ったのだ。



「要らないなら誰かに、あげればいいでしょ。いいこと? あたしの名前はエルシアよ」


 それだけ言うと、黒いローブの女は再び馬車に乗り込み走り去って行く。



ーーこれ、どうしよう



 テクテクテク


 薄気味悪さに震えたカナは、なんとなく一人ではいたくなくて、クロード達のいる部屋に戻った。



「ああ! カナ、お帰り。心配したんだぞ」


 クロードは優しく笑いかけるが。



(……ウソばっかり)



 カナはフンッと顔を逸らす。


 困ったクロードは、話題を探してカナの持っているパンに目をやった。



「それ、そのパンはどうしたんだ? 厨房で貰ったのか?」



 びくっ


 さっきの女を思い出して震えるカナ。



「……エルシアって人にもらった。いらないから、あげる」



 何とかそれだけ言うと、パンをクロードに押し付け、またその場から逃げたのだった。



(俺はどうやら嫌われてしまったようだな……)


 

 クロードは苦笑してカナから渡された、小さなパンを見る。



 ソレはまるで素人が作ったような形だし、色も焦がしたように真っ黒だ。



(エルシアでも失敗するんだな)



 微笑ましい気持ちで笑うクロード。



 エルシア作のクッキーを食べているクロードからすれば不思議な話だが、カナはエルシアから貰ったと言う。



 それに厨房以外に食べ物は置いていないだろう。



(……ああ、そう言えばクッキーにも野菜を練り込んでいたよな)



ーー何種類かの野菜を混ぜると真っ黒になるのか?



 料理に疎い彼はそう解釈してしまった。



「でんか、でんか! お馬さんしてっ」



 パンを見つめて動きの止まったクロードに、遊び相手をしてほしい子供達が裾を引く。



「ああ、いいぞ! 俊足の馬をしてやろうか」



 そう言って、彼は四つん這いになるのに邪魔な黒パンを口の中に放り込んでしまったのだった。




 ★



「……ぐっ」


 体が焼けるように熱い。


 ハァハァハァ



 呼吸さえ上手く出来なくて、その場に座り込む。


 クロードの異変に気付いた子供達が職員を呼ぶ声が聞こえてきた。



(……俺は馬鹿だ)



ーーケインにあれ程、毒味の重要性を解かれていたと言うのに。



 今まで、毒に当たったことのない彼は、それを心配し過ぎだとすら思っていたのだ。



「殿下! 殿下、大丈夫ですか!?」



 汗と涙に滲んだ目の端に、クロードを心配して駆けつけてきたエルシアの姿が見える。



(……エルシア、心配させてすまない)



 本当は手を伸ばして抱きしめ、彼女を安心させてやりたいのに。


 けれど、体中を巡る激痛がそれを許さず。



 クロードはそのまま意識を失ったのであった。


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