第2話 最低等級

 声のした方にアッシュが振り返ると、4人組の冒険者パーティが近づいてくるところだった。その先頭を颯爽と歩く彼女は、剣士風の軽装姿である。


「おはようございます。リーナさん」


 アッシュが挨拶を返しながら軽く頭を下げると、彼女は満足そうに頷いて軽く手を振ってくる。


「ん、おはよ」


 明るい色をした長い茶髪と、生意気そうで、それでいて可憐な笑みが印象的な彼女は、アッシュと同じ養護院を出ている。年齢はアッシュよりも1つ上で、冒険者としても先輩である。


 「早いんだね、アッシュも。どっか遠くのダンジョンにでも行くの?」


 小柄なアッシュより身長の高いリーナは、腰に手を当てて、見下ろすような目つきで言う。


 「え、えぇ、僕は――」


 「おい、リーナ。あんまり嫌味を言ってやるなよ」


 「そうだぜ。最低等級の冒険者が、しかもソロで早朝にやることなんて、だいたい決まってるだろ」


 アッシュが答えようとするよりも先に、彼女の仲間である男性冒険者の2人が含みのある言い方をする。彼らの目線は、アッシュが首から下げた冒険者用の認識プレートに向けられている。


 冒険者達は、その活躍と貢献度によって等級がつけられ、上から順に『1等級』から『5等級』のランクで評価されている。


 また、同じ『等級』の中でも、ランクは『金』『銀』『銅』の3つに分けられており、『1等級・金』よりも『1等級・銀』の方がランクは低くなる。


 アッシュの認識プレートは銀色で、最低等級の5等級を表す紋様が刻まれている。


 つまり、アッシュの等級は『5等級・銀』である。


 ギルドに登録されてすぐの冒険者が『5等級・銅』の評価であることから見れば、アッシュの等級は新入りと大差ない。


 「大方、イリンジ森海にでも向かうんだろう」


 短い黒髪を逆立て、アッシュを小馬鹿にするように肩を竦めてみせた彼の名前は、確かロイドだった筈だ。大柄でガッシリとした体型の彼は、リーナ達のパーティの前衛を担っている。


 「この時間からアードベルを発てば、うろついてる魔物も少ないからな」


 ロイドの後に続き、意地悪そうに言葉を繋いだ彼は、レオンという名だったのを覚えている。細身の眼鏡をかけている彼は魔術士で、土と風の魔法を得意とするらしい。ほっそりとした体型で、肩辺りで切り揃えられた髪には薄く藍色が入っている。


 「森の入り口付近で、薬草だの霊草だのをコソコソ集めるには最適な時間なんだよ」


 レオンは冷笑気味な横目でアッシュを見下ろすように眺め、「くっくっくっ」と小さく肩を揺らした。


 ロイドとレオンが首から下げている認識プレートには、『3等級・銅』を表す紋様が刻まれている。剣士としても腕の立つリーナは『3等級・銀』だ。


 3人とも、アッシュよりもずっと高い等級である。


 「……どのような職業でも、修行や見習い期間はあるでしょう。貴方たちも、最初は低級冒険者だった筈ですよ」


 ロイドとレオンを交互に見てから窘めるように言ったのは、豊満な肢体を白の神官服に包んだ女性だった。艶のある長い金髪と優しげに垂れた目、落ち着いた声音の一つ一つが、大人の女性然とした色気を放っている。


 彼女の名はオリビア。

 リーナ達のパーティの回復役を担っている女性神官だ。彼女もまた、アッシュと同じ養護院出身である。


 女神教の神官となった彼女は養護院の子供たちの世話をしながら、神官修行の一環として、冒険者パーティに同行している。そのため、オリビアだけは冒険者としての認識プレートをしていない。


 「まぁ、オリビアの言う通りだけどさ。流石に1年近く同じ最低等級ってのは、雑魚って呼ばれても仕方ないよ」


 やれやれと言った感じで腰に手を当てたリーナは、苦笑のついでに緩く息をついた。


 「人には、向き不向きがあるものです」


 眉間を曇らせるオリビアが、アッシュを庇うように言ってくれる。一方のリーナは芝居がかった仕種で両手を軽く上げ、わざとらしく失望を表現した。


 「だったら、雑魚アッシュには冒険者なんて向いてないってことじゃん」


 リーナがため息交じりに言うと、ロイドとレオンが忍び笑いを漏らした。オリビアが何かを言い返そうとしてくれていたが、それよりも先に、アッシュは曖昧に笑みを作って口を開いた。


「皆さんも、今日はどちらに向かわれるんですか?」


 リーナ達を順に見てから、アッシュは当たり障りのないことを尋ねる。


 アッシュ自身は、自分のことを雑魚だの何だのと言われても特に気にはならない。ただ、ここでオリビアに庇って貰うのも申し訳なく感じたので、この話題に区切りをつけたかった。


 「ん? あぁ。俺達は今日から、キュアニス廃坑に行く」


 アッシュに勢いよく答えたのは、胸を張ったロイドだった。


「途中の街で、他のパーティとも合流する予定でな。だから、この時間からアードベルを発とうというワケだ」


 腕組みをしたロイドは「フン!」と鼻息を漏らし、唇の端を吊り上げていく。滑らかに自分たちの事情を説明するロイドの声には妙な熱が籠っており、随分と気合が入っている様子だった。


 キュアニス廃坑は、アードベルから徒歩で2日ほどの距離にあるダンジョンだ。


 既に鉱脈も涸れて打ち捨てられた大鉱洞には、ゴブリンをはじめ、数多くの魔物が住み着いている危険な場所となっている。こういった場所は冒険者達にとって重要な狩場の1つではあるが、キュアニス廃坑は人気スポットというワケではない。


 時々、コカトリスやバジリスクなどの危険な魔物が潜んでいる場所でもあるためだ。それなりに腕に覚えのある冒険者でなければ、魔物を狩って稼ぐにはリスクが高いことでも知られている。


 他にも、キュアニス廃坑には地竜、またはワームと呼ばれる種類のドラゴンも棲息しており、彼らが縦横無尽に穴を掘り進むせいで、鉱洞内は入り組んだトンネルの迷宮と化している。難関とまではいかないまでも、油断のできないダンジョンだ。


「他のパーティと合流するということは、大掛かりな探索依頼でも受けたんですか?」


 アッシュがさらに尋ねると、よりいっそう胸を反らせたロイドが、得意気に頷いた。


「うむ。探索でもあり、討伐でもある」


 「……おい。余計なことを喋るなよ」


 レオンが横目でロイドを睨んだが、「別にいいじゃん。雑魚アッシュに話したところで、影響なんかないって」と、リーナは気楽そうに笑う。それを確認したロイドはニヤつきながら、またアッシュへと視線を戻してきた。


 「賞金首のネクロマンサーが、あのキュアニス廃鉱山に隠れているという噂は知っているだろう?」


 「い、いえ、すみません。その噂については初耳です」


 見下ろしてくるロイドに、曖昧な笑みを浮かべたアッシュは控えめに謝る。


 「……前から言おうと思ってたんだけどさー。そろそろアッシュも、そういう情報には敏感になった方がいいよ」


 腰に手を当てたままのリーナが、やはり「やれやれ」といった表情を浮かべた。


「っていうか、その様子だと、有名な冒険者の名前とか顔とか、まだ全然知らないでしょ? そういうの、ソロだとあんまり気を遣なくてもいいのかもしんないけどさ。いつかトラブルの原因になるかもよ?」


 リーナの声音は嫌味っぽくなくて、どちらかというとアッシュを気にかけてくれているふうでもあった。同じ養護院を出ているよしみとしての忠告なのかもしれない。


 そのリーナの優しさを大事に受け取るつもりで、「そ、そうですよね。気を付けます……」とアッシュは軽く頭を下げる。


 「ふふ。こうして見ていると、リーナとアッシュは姉と弟のようですね」


 そこでオリビアが、懐かしむような笑みを浮かべて頬に手を当てていた。


「養護院に居た頃は、リーナの方がアッシュに構って貰っていたのに」


 「ちょ、ちょっとオリビア。あんまり昔のことは言わないでよ」


 慌ててオリビアの言葉を遮ったリーナは、軽く鼻を鳴らしてそっぽを向いた。会話を中断されたロイドが、話を再開するタイミングを探るように視線を彷徨わせていることにアッシュは気付く。


 「でも、どうしてネクロマンサーが潜んでいるなんて話が出たんでしょう?」

 

 取りあえずといった感じで、アッシュはロイドに向きなおり、彼の話の続きを促した。


 「うむ。そこから話す必要があるな!」


 そう言って鼻の穴を膨らませたロイドは、噂の内容をアッシュに教えてくれた。


 7日ほど前、キュアニス廃鉱に向かった冒険者パーティ2組が壊滅した。


 唯一生き残った冒険者の1人が「仲間が殺されてゾンビにされた!」と、ギルドに駆け込んで来たが始まりらしい。その冒険者が言うには、鉱洞を探索している最中に、髑髏の杖を持った男に襲われたのだという。


「魔王の墳墓なんかを攻めてる途中で死んだとかなら、まぁ話は分かる。死んだ冒険者をゾンビ兵にして、そのまま“墓守”に加えちまうような呪いは珍しくねぇ。だが、廃鉱山で即席のゾンビが出来上がるってのは妙だからな」


 思案顔になったレオンが頷くと、傍に居たロイドが獣のような笑みを浮かべ、腕組みをしたまま「フン!」と再び鼻を鳴らした。


「冒険者の死体を操ることができる者など、自ずと限られてくるだろう。冒険者を殺してゾンビにしたのが、ネクロマンサーである可能性は十分にある。髑髏の杖を持っていたのが本当ならば、まず間違いないだろう」


 ギラリと光るロイドの瞳の中には、なんとしても賞金首を仕留めてやろうという野望の炎が揺れている。


 「ギルドに駆け込んで来たヤツの仲間は結局、消息不明のままだ。……お前みたいな雑魚は、今のキュアニス廃鉱山には近づかない方がいい。殺されてゾンビ兵にされちまうぞ」


 ニヒルな笑みを浮かべたレオンはそう言いながら、アッシュを横目に見下ろしてくる。


「まぁ、ソロ冒険者のお前にとっては、ネクロマンサーなんて大物よりも、“レイダー”共の方に気を付けるべきなんだろうけどな」


 レイダーとは、冒険者でありながら他の冒険者を標的として襲撃し、金目のものを略奪する者達のことだ。勿論これは重罪で、レイダーの身元が割れれば賞金首となり、その冒険者にはギルドからの追手がかかる。


 「えぇ。レイダーには、僕も気を付けているんです」

 

 レオンに頷いたアッシュは、不意に思い出すものがあった。

 

「……そういえば、そのネクロマンサーの名前は知っているかもしれません。確か……、ギギネリエスでしたか?」


 数日前のギルドの掲示板に、確かそんな名前で張り出されていた手配書があった気がする。


 「そうだ。ソイツだ。情報屋から仕入れた話によれば、最近になって、アードベル付近で何度か目撃されているらしい」


 即座にアッシュに答えて指を向けてきたのは、やはり鼻息を荒くしたロイドだった。


「金で買った情報までベラベラ話すヤツがあるかよ……」と、レオンが呆れたような声でロイドにツッコんだ。だが、興奮気味のロイドは止まらない。


「奴を仕留めれば、たんまりと賞金が出る。冒険者としての貢献度もガツンと上がるし、有名にもなれる。うむ……。いいこと尽くしだな!」


 自信と高揚を漲らせたロイドは、今回の冒険が自身の武勇譚となることを、根拠もなく確信している様子だ。


 だからこそ、これからの冒険の内容を誰かに語りたくて仕方なかっだろう。或いは、もう既にネクロマンサーを撃破したような気分なのかもしれない。


 「功を急いては危険ですよ、ロイド。この件のネクロマンサーの情報は、極端に少ないのですから。とにかく不気味と言うか……。慎重な態度で探索に臨む方がいいでしょう」


 緩く息を吐いたオリビアも、心配そうな目つきでロイドを見ている。


 「つっても、ヤツの賞金額は魅力だ。早い者勝ちの競争だから、多少は急いだ方がいい」


 オリビアに向けてレオンが指摘して、リーナも頷いてアッシュの方に首を曲げた。


 「この噂があんまり広まっちゃうと、賞金稼ぎ専門のクランも黙ってないだろうしさ。だからその前に、ネクロマンサーを私達で仕留めちゃおうって話になったのよ。まだ噂が噂の段階で、動いてるパーティも少ないうちにね」


 不敵な笑みを作ったリーナが腰に手を当て、ピッと人差し指を立てた。


 その彼女の指には、魔法石が埋め込まれた指輪が嵌っている。冒険者の装備品や戦利品などが収められる、特殊な空間を作り出す魔導具。アイテムボックスだ。


 装備品をアイテムボックスに入れておけば、身に着けた状態で即座に取り出せるため、冒険者の間では非常に重宝されている。必須アイテムと言ってもいい。指輪の他にも、耳や首、腕飾り型のアイテムボックスがあり、アッシュも右手に指輪型のものを一つ装備している。


 ただ、アッシュが装備しているアイテムボックスの性能はそこまで高くないため、回復用の魔法薬や懐中灯などを収納するだけで一杯になってしまう。そのため、治癒魔法用の杖は手で持ち歩いている。


 一方のリーナ達は皆、それぞれの指に幾つものアイテムボックスを装備している。必要なものを全て収納できているからだろう。彼女達は軽装で、ほとんど手ぶらだ。そのこと自体が、彼女達の活躍の証でもある。


 「私達は他のパーティと組んで、暫くの間はキュアニス廃鉱山を探索するわ。あそこは野生の魔物も住み着いてるからね。そいつらを狩っておけば、噂がハズレだとしても、とりあえずは骨折り損にはならないだろうって踏んでるんだよ」


 ソロで活動するアッシュに比べ、自分たちのパーティが充実した冒険を繰り広げていることをアピールするように、リーナは「ふふん」と機嫌良さそうに笑みを溢した。


 そんなリーナ達への嫉妬心が湧くことはなかったが、アッシュとしては、彼女達のことが少しだけ心配ではあった。


 「でも、危険じゃないですか? ネクロマンサーが潜んでいるという話が本当だとすると、罠が仕掛けられている可能性もありますし……」


一々いちいちそんなことでビビッてたら、冒険者なんてやってられねぇだろ」


 冷笑気味なレオンが、アッシュの横から言ってくる。腕を組んだままのロイドが、「その通りだ!」と力強く頷いた。「冒険者は稼いでこそだ!」「あぁ、成りあがってナンボだよな」などと2人が盛り上がろうとしたところで、オリビアが大きく嘆息した。


「だからこそ、油断と無理は禁物ですよ」


 表情を引き締めたオリビアが、ゆっくりと視線を動かして、ロイドとレオンを交互に見た。


 2人は少々面白くなさそうに眉間に皺を寄せたが、回復役として欠かすことのできない神官であるオリビアには、彼らも大きな態度はとれないようだ。


 「あぁ、俺は油断などしない」


 真面目な顔を作って、ロイドが頷く。


 「俺も無理なんかしねぇよ。つーか、魔術士は無理したら死んじまうからな」


 眉を下げたレオンもボリボリと頭を掻いて、オリビアから目を逸らした。


 会話が途切れそうになったところで、アッシュは再び全員を順に見た。そろそろ挨拶をして、この場から離れようと思ったからだ。


 だが、その時だった。アッシュの傍に居たリーナが少しだけ膝を折るように屈んで、アッシュの顔を覗き込んできた。


 「……ねぇ。雑魚アッシュ。アンタもさ、私達と一緒に来る?」


 「えっ」


 リーナからの突然の申し出に、アッシュは当惑した。


 聞き間違いかと思ったが、アッシュを見詰めてくるリーナの目は真剣だった。


 目を丸くしたロイドとレオンも、アッシュとリーナを見比べながら「えっ」という声を揃えていた。少し目を見開いたオリビアも「まぁ……」なんて言っている。


 「いや、まぁね、アッシュは雑魚だけど、治癒魔法の腕は確かなんでしょ? そうじゃなきゃソロなんて続けらんないだろうしさ。とりあえず雑魚アッシュが居れば、オリビアの負担も軽くなると思うんだけど……、どう?」


 リーナは何処かぶっきらぼうな口調で言いながら、特に表情も作らず、ロイドとレオン、それにオリビアを見回した。


「おいリーナ、タチの悪い冗談はやめろよ」


 即座に反論したのは、眉間を絞ったレオンだった。


「駆け出しの頃ならともかく、これから俺達は賞金首を探しに行こうってんだぜ? 最低等級の治癒術士なんて、一緒に来られても邪魔でしょうがねぇよ」


 眉間に皺を寄せたレオンは舌打ちをしてからアッシュを一瞥し、「一応、訊いといてやるけどよ」と面倒そうに鼻を鳴らした。


「お前、治癒魔法以外に何か出来んのか? バフなりデバフなりの補助魔法とかよ」


「い、いえ、僕は、そういった魔法が苦手で……」


「頼りねぇな、オイ。なら攻撃魔法は?」


「え、えぇと、今は、ほとんど使えません……」


 視線を彷徨わせつつ、アッシュは曖昧な笑みをつくって答える。レオンは呆れたように溜息を漏らしながら頭を掻いて、「それじゃ、お前の武器は?」と質問を続けたが、明らかにアッシュには何も期待していない口振りだった。


「はい。この杖だけ、……です」


 アッシュが手に持っている杖は、白と黒の金属棒を繋ぎあわせたような色合いで、冒険者が装備する杖――ワンドというには無機質だ。


 上等な魔杖なら、先端に水晶や魔法石などが嵌め込まれていたりするが、アッシュの持つ杖にはそんな装飾は施されていない。ややいびつで無骨な金属棒といた風情である。


「……なんか安物っぽい杖だな。つーか、得物がそれだけって、マジで大丈夫かよ、お前」


 アッシュの杖を不味そうに眺めたレオンは、もはや呆れを通り越して心配そうな口調になった。レオンの持つ杖はアイテムボックスに収納されているのだろうが、『3等級・銅』の等級に相応しいだけの杖を手にしているのだろう。


「体術や剣術が優れている、というふうでもなさそうだしな」


 小柄なアッシュを見下ろしながら、ロイドも渋い声を出した。疲れたような顔になったレオンもリーナに視線を向けつつ、面倒そうに耳を掻く。


 「俺達のパーティにコイツを組み込んでも、お荷物になるのは目に見えてる。治癒魔法の腕が確かでも、前衛のお前とロイドの負担が増えちまったら意味がねぇ」


 「レオンの言う通り、アッシュが足手纏いになっては本末転倒だ。神官であるオリビアの負担まで増えかねん。それは結果的に、俺達全員の危機に繋がる」


 腕を組んで頷くロイドの傍で、オリビアが何かを言いたげな表情で黙っている。2人に賛成するでもなくアッシュを庇うでもない彼女と、アッシュは一瞬だけ目が合う。


 すると、すぐにオリビアは申し訳なさそうに目を伏せてしまった。


 優しい彼女のことであるから、戦力的に足手纏いになるからというだけでなく、賞金首を探しに行くという冒険のなかでは、アッシュ自身にも危険が及ぶ可能性を考慮してくれているのだろう。


 とにかく、アッシュをパーティに加えるというリーナの提案に関しては、ロイドとレオンの2人は完全に反対の態度である。


 ただ、アッシュとしては少しホッとした。仮にパーティに加えてくれるという話になっても、断るつもりだったからだ。


 これで逆にアッシュを歓迎してくれる流れであったなら、その親切な気持ちを断るのも心苦しい。邪険に扱われる方が気分も楽だった。アッシュは先程と同じように曖昧な笑みを作り、リーナに緩く首を振った。


 「皆さんの言う通りですよ。いきなりパーティに入れて貰っても、僕では上手く連携も取れないと思いますし」


 アッシュが言うと、リーナは一瞬だけ何か言いたげに唇を動かした。だが、すぐにそれを誤魔化すように、きゅっと下唇を噛んだあとで鼻を鳴らしてみせる。


 「……ちょっと言ってみただけだって。皆もそんな本気で反対しないでよ」


 つまらなさそうに肩を竦めたリーナは、「じゃあね。ザ~コ」と小馬鹿にするように言って、アッシュの額にデコピンを食らわせた。


 「いたっ」


 アッシュが額を手で抑えたときには、リーナは既に背を向けて歩き出していた。足早なリーナの背中は、どこか拗ねたような気配が漂っている。そんなリーナに続いて、ロイドとレオンがアッシュの脇を通り過ぎていく。


 「悪いことは言わねぇよ。ビビりで雑魚の5等級は、薬草集めでも頑張っとけ」


 すれ違いざま、レオンはアッシュを横目に見ながら、突き放すように言う。やはり見下すような口調でもあったが、薬草を集めておけというのは的確なアドバイスにも思えたし、彼なりの優しさなのかもしれなかった。


 「俺が賞金首を狩って有名になったら、サインぐらいはしてやるぞ!」


 意気揚々とした声で言うロイドは、アッシュの肩を強めに叩きながら「ムハハハハッ!」と豪快に笑っていた。その笑い声は力強く、早朝の街の空気を景気よく震わせるようだった。


「アッシュも、どうかお気をつけて」


 ロイドのあとにアッシュの隣を通り過ぎたオリビアは、穏やかな微笑みを浮かべて軽く会釈してくれた。


「えぇ。ありがとうございます。皆さんも、気を付けてください」


 アッシュもオリビアに頭を下げ、それから、リーナ達の後ろ姿に軽く頭を下げた。先に街道を歩いてきたはずなのに、アッシュは街道に置き去りにされる形になる。彼らの弾んだ話し声が、静かな街道によく響いている。


 「賞金首のウワサが外れだったら、今度はトロールダンプか、地下都市トーキョーにでも潜ってみよっか」


「だから、そういう冗談はやめろっつーんだよ。どっちも難関ダンジョンじぇねぇか」


「うむ。挑むとすれば、あと2人はメンバーが欲しいところだ」


「やってみないと分からないじゃん。何事もチャレンジだって」


「チャレンジとは言うが、入り口の“セーブエリア”からすぐ下の階層をうろつくだけでも、相当な覚悟と装備が必要になるぞ」


 遠慮なく言い合うリーナとロイド、レオン、そしてその3人を少し離れた位置から見守るオリビアが、早朝の街道を颯爽と歩いていく。アッシュは立ち止まったまま、冒険者として順調な成長を続ける彼女達のパーティを見送るように眺めた。


 ふと思い出すものがあり、アッシュはギルドの依頼用紙をローブから取り出した。その依頼の内容は魔物の討伐であり、その討伐対象が“上位トロール”だったのだ。


 つまり、上位トロールを討伐するために向かわねばならないダンジョンこそは、つい今しがたリーナが口にしていた“トロールダンプ”である。


 アッシュは依頼用紙をローブに仕舞ってから、リーナ達が進んだ街道から外れた。彼女達が使うであろう防壁の出口とは、また別の出口へと足を向ける。


 ソロであれば、どのダンジョンに潜るのも自由だ。リーナ達のように話し合いなど要らないし、誰かに必要とされなくてもいい。雑魚でも最低等級でもいい。


 ――自分は何者なのか。


 結局はその答えなど、ソロのままであれば必要ないのではないか。


 この諦念にも似た確信は、今まで何度となくアッシュに纏わりついてきたものだった。零れそうになった溜息を飲み込んで、アッシュは早朝の街道を独りで歩いていく。


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