第2話

 僕は気付いたら良くわからないどこまでも広く白い空間にいた。キョロキョロと辺りを見渡しながら立ち上がり自分の体に触れてみる。どこにもかすり傷の一つさえもなかった。それに僕は首を傾げる。


「死んだんだよな……?それとも死んでなかったのか?いや、それにしてもまずここは一体どこ……だ?」

「まず、一つ目の質問に対して、正確にはまだあなたは亡くなられてはいないですね。二つ目、ここは“宇宙の狭間”と呼ばれる場所、簡単に言ってしまえば天界の一部です」

「うわぁい、ビックリしたぁ」


 突然、誰もいないと思っていた空間で後ろから声をかけられたのだ。誰であろうと驚きはするだろう。あっ、未来が見える能力を持ってる奴は奴は例外ね。


 僕は振り返り後ろにいる人の顔を見た。初めて見る顔だった。


「ええっと、どちら様でしょうか?」

「どうも、初めまして上野天うえのてんさん。私は一応、女神というのをやらせていただいているフェイトムというものですね」


 普通だったら、いやそんなわけないだろなど軽口が叩けたが今回は違った。実際に、僕の目の前にいる女性?は僕が名乗ってもいないのに名前を当ててきた上に、何か凄いオーラを、言ってしまえば神々しさを感じさせる何かを纏っていた。


「へぇ……、土下座したほうがよろしいでしょうか?それとも跪くべきでしょうか?

女神さま」

「好きにしていただいて構いませんよ。私があなたに頼みたいことがあるので、ここに呼んだので」

「僕に……頼みたいことですか……?残念ですけど、僕みたいな無能ではお役には立てないかと……」

「……それは話を聞いてから判断をしてください。……私が頼みたいのは私の管理する世界の一つにいる魔王の討伐です」


 ???


 無理ゲーでは?僕、さっき無能って言いましたよね?それで魔王倒すなんて……、蟻が巨人を倒すようなものじゃ……。いや、蟻には蟻酸があるけど僕にはそれに当たるものがないからそれ以下か……。


「もちろん適当に放り込んで倒してこいとは言いません。あなたには勇者という職業を授けます。まぁ、いわゆるチート?というものです。それに、私のお願いを聞いてくだされば、私も一つあなたのお願いを叶えましょう。……先ほどのあなたを見ましたよ。奪われる場面も、追放される場面も、そして何もできずに殺されかけていくのも」


 その少し僕を煽るように言われた言葉に俺の中で沸々と怒り、苦しみ、そして悔しさなどの大方負の感情で構成されるものが湧いてくる。僕に……もっと力があったならば……、理不尽なことも、妹の病気も全て解決できていた……。それなら来世では決して負けることのない力が……。


「あなたには欲しいものがあるんじゃないんですか?」

「……力が欲しいです……。これまでの人生はやり直せないにしても、これからの新しい生活では力が手に入るんですね」

「……ええ、それなら決定ということでいいですね」


 じゃあ、それでは行きますよと言い、何やらタブレットのようなものを操作しだした女神さまを僕は止めた。


「僕の妹とか、僕が死んだあとどうなるんでしょうか?」

「……それはあなた次第ですね。それに先ほども言いましたがあなたはまだ亡くなっていません。幽体離脱と言えば、分かりやすいでしょか?」


 ……?幽体離脱?


「……ということはまさか戻れるんですか?元の世界に」

「ええ、そういえば言っていませんでしたね。戻れますよ」


 なんでそんな一番大事なことを最初に言ってくれなかったんだ……。


 そう言われると俄然やる気が湧いてくる。俺がするお願いのところで異世界での能力を持って帰らせてくれと言えば俺は……。


「最後にもう一つだけいいでしょうか?……なんで僕が選ばれたんでしょうか?」

「……偶々ですね。世界から何かを移動させるにはその世界から離れつつある存在、つまり死にかけじゃないといけないんですが、その条件に当てはまったのがあなただけだったというだけです」


 そうなのか……。いや、でも世界では一秒に大体二人は命を何かしらで落としていると聞いた気が……。まぁ、死にかけっていうのはもっと多いのかもしれないし、少ないのかもしれないけど定義とか知らないしな。偶々か。そう僕が自分に言い聞かせた瞬間に、視界が暗転した。



 そして、それから五年が経った。


「これで決める!斬れろ」


 魔王の体から血しぶきが舞い、魔王は膝をついた。


「グッ、グオオオオオオ!我は、我はまた倒されるのかぁ!」

「そうだ。じゃあな。大人しく眠ってくれ」


 僕は剣を魔王の体に突き刺す。魔王が絶命したことを確かめると刺した剣を抜き、鞘にしまう。そうして僕は周囲に広がっていた草原にでも倒れこもうとしたが僕と魔王との戦いですっかり草原は形を変え、あちこちが隆起していたり窪んでいたりして、原形をとどめていなかった。苦笑しながら仕方なく僕は倒れこむことを断念して、二日に及んだ戦いの現場を眺めながら伸びをすることに留めた。


「これでやっと終わりかぁ。疲れたああ!」


 この五年で僕は以前からは考えられないほど強くなった。蟻以下から少なくとも巨人を倒せる蟻にはなれた。


 この五年間、色々なことがあったなぁ、出会い、別れ、悲しかったこと、辛かったことなどと思いを馳せていると僕の周りが輝き始めた。これは……。



 僕は前に一度来たことのあるどこまでも白い空間にいつの間にか立っていた。


「お疲れ様でした、勇者様。いや、上野天さん。あなたのおかげでこの世界には平和が戻りました。ありがとうございます」

「いえ」

「それでは約束です。あなたの願いは『その力を持ったまま地球に戻る』でよろしいですね?」

「……はい。お願いします」


 今更だけど、心の中ナチュラルに読まれてるな……。


 僕はそんなくだらないことを思う傍ら、拳を固く握りしめていた。多分、この彼らへの憎悪、復讐の念とかも読まれてるんだろなと苦笑しながら。


「最後にいいですか?これ、僕って今死にかけじゃないんですけど戻る際って大丈夫なんですかね?」

「……一度リンクしたことのある世界なのでは大丈夫ですよ。それでは行きます」


 女神さまは僕を最初に異世界に飛ばした時と同じ様にタブレットをタップした。僕はまたそうして光に包まれた。


 行くぞ、待ってろよ——美玖、そしてお前ら。


 僕は知らない。そのあと、女神さまが血を吐いていたことも。また、ちょっと無理をしすぎましたねと言いながら「ご武運を」と小さく漏らしていたことも。



「——っ、今日でお前パーティー追放ね」

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