四話 不穏な兆し

 

 結論から言うと彼は今、彼女の部屋、寝室に備え付けられているクローゼット内に待機している。


 そこまで広くない収納スペース。

 いくら山田が平均的身長とはいえ、奥行きも横幅も満足に足を伸ばして入れるほどの大きさはない。

 都合、彼は体育座りという手段を用いてコンパクトに収まっていた。


「…………(スンスン)」


 クローゼット内には案の定、彼女の衣類がかけられており又、彼女の濃厚なスメルがこれでもかと充満している。


 となると山田はその匂いを堪能することは必然。


「…………(スンスン、スンスン)」


 鼻で息をするたびに、彼女の香りが彼の鼻腔をくすぐる。

 狭いスペースともあり、その濃縮されたフェロモンは山田の脳内を破壊するほどの攻撃力。

 現役JK恐るべし。


 でもしょうがないのだ。どれもこれも全ては愛すべき人の笑顔のため。

 喜ぶ彼女の為を思えばこんな試練耐えてみせる。だからしょうがないのだ。山田が彼女の匂いを堪能するのは。うんうん。しょうがないしょうがない。


 側から見ればただの犯罪者である。レ◯プ犯と通報されても言い逃れなど到底できない。

 もしこれが一億年の一度のイケメンとかだったら、何か事情があるのではと気遣われるだろう。

 しかしながら扉を開けた先に待ち受けているのは普通顔の男。


 即刻お縄行きだ。


 安いからとデコマス写真だけ見て、怪しい中◯サイトで買ったフィギュアをいざ開封してみたら、粘土みたいな造形のパチモン奇形フィギュアが入っていた感覚だ。


 だが安心して欲しい。彼は何もピッキングを用いた末、不法侵入など犯罪を犯したわけではない。

 ちゃんと合鍵を使ってのご入場だ。もちろん、こちらも型をとって違法に作成したものではなく、正真正銘彼女本人から直接渡されたものである。


 だから大丈夫。きっと。多分。めいびー。


「…………」


 それにしても狭い。

 先ほどもあったように、今の彼の状況は体育座りをした状態で待機中。

 山田から見て右にクローゼットの扉、左と前後には木製の板がといった具合だ。

 少し動いただけでも、そこらかしこに身体をぶつける為、安易に身動きを取ることははばかられた。


 ちなみにケーキやコンビニ袋、通学用鞄は、彼女のベットの下に隠している。

 流石にこの狭いスペースに、それらを置ける余裕は皆無である。

 夏ならばケーキさんがドロドロと液状化案件だが、今は冬真っ盛り。室内気温は一桁である為、心配には及ばないだろう。


 これは余談だが、そのコンビニ袋には色々入り用だと山田が判断し、購入した品々が入っている。

 今夜勝負に出るつもりの山田である。無論、その袋には0.01ミリと大きく記載された赤い箱も鎮座中だ。


 購入する際、男性店員の前に並んでいた山田に、気を利かせた女性店員が「お次の方どうぞ〜」と声をかけてきた時は逃げ出したかった。

 まさか無視するわけにもいかず、結局女性店員へ全てさらけ出す羽目になってしまった山田だ。


 セルフレジなどが普及し、コンビニでもセルフが当たり前の傾向にある昨今、未だあの店は人の手によって会計が済まされているとは思わなんだ。


 次からはネットで購入しよう。もう二度とあんな経験はしたくないと強く願う童貞男だ。

 ア◯ゾン最高。


「…………」


 ポケットから携帯を取り出して時間を確認する。

 ただいまの時刻、午後六時前。


 なんだかんだで一時間ほど経過していた。

 彼女の部活の終了時間は午後六時。電車に乗って帰路についてとなると、家に直行したとして午後七時前だろうか。


 そのため、残り一時間ほど辛抱しなくてはならない。

 この態勢を一時間とは、なかなか辛いものである。


 だがそれよりも辛いのは、この圧倒的寒さ。

 気温にして一桁。

 零度を下回ってはいないが、それでもかなりの冷たさを誇る。思わずぶるりと身悶えてしまうほどに。


 実は、先ほどから足の指の感覚もなくなってきており厳しい状況だ。


「……ふー」


 両手を口元に持っていき、息を吹きかける山田。

 どうせなら彼女に温めて欲しいと思いながらも、己の息で指先にフーフーと。


 狭いクローゼット内に、普通顔産の二酸化炭素を充満させること数分。

 少し仮眠を取るか否かと考えていた時のことである。


 ガチャン……ガチャ……


 何やら玄関あたりの方から物音が。


「っ……」


 山田はすぐに、その音の主を確認するべくクローゼットの扉に耳をつける。


「……いま〜……どう……いって〜」


 終始断片的にしか聴こえなかったが、どうやら彼女で間違いなさそうだ。

 部活が終わるのは午後六時なはずだが、それにしても帰宅にはやや早すぎるのではないだろうか。

 もしかして、楽しみすぎて走ってきちゃったりしたんだろうか。

 それならニヤけてしまうんですけど。


 あまりにも楽観視している山田である。

 そんな妄想している間にも、声は近づいてきた。


「…………ゴクリ」


 彼女の足音が近づくにつれ、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。

 ドキドキ、ドキドキ。

 彼女は喜んでくれるだろうか。それとも嫌われてしまうだろうか。

 期待半分、不安半分といった感じで思わず唾を飲み込む山田。


 やがて不審者が収納されているクローゼットのある部屋、いわば彼女の寝室前に気配を感じる。


 深呼吸一つ、彼女が部屋に来た瞬間飛び出すという脳内シミュレーションはバッチリ。

 いつでもどんと来いだ。


 そんな時ふと彼女以外の声が聞こえてきた。


「ってかさぁ〜、本当にアレ大丈夫なん?鉢合わせとかマジダリィから嫌なんだけど」


 本来、するはずのない彼女以外の音声。

 それを聞いた瞬間、山田は身体が強張るのを感じた。

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