Crossing Worlds

あまりーあ

Game Start

 煩いくらいに蝉の声が鳴り続ける夏真っ最中の昼前、正確に言えば午前十時四十五分。俺が待ち望むその瞬間の、十五分も前だ。

 冷房が良く利いた自室内で俺は、幼馴染二人と通話しながら、左手に装着しているVirtual and Augmented Link Device略してVALDと呼ばれるものに表示された、その時刻を睨んでいた。

 VALDは、始め、ARと当時より普及しだしたフルダイブ技術を用いた健康管理のために、二〇三十年にホープスカンパニーにより製造、販売された物だったのだが、いつしか機能が拡張され便利なものが追加されたかと思うと、今度はARゲームまで出来るようになり、至るところで売り切れが多発した。

 そして、二〇三二年には今まで別のハードにてプレイ可能だったフルダイブ型のゲームすべてがVALDにて遊べ、それに留まらず、今ではさらに拡張され、従来のPC、スマートフォンに取って代わる存在とされるようになったのだ。

 そうして、二〇三八年現在、VALDを持っていない人はいないと言っても過言でない物とされるような世界になった。

 これらの種類は多様で、腕時計のような物が一般的ではあるが、眼鏡やチョーカー風の物まで出ているため、装着者のこだわりによって選択も可能だ。俺は紺色の腕時計型の物を身に着けている。

 原理としては、脳とVALDを何らかの通信技術を以てして接続し、情報を五感に直接送り込んでいるのだと、何かの記事で読んだことを覚えている。

 が、その当時なんて俺はただの小学生なわけで。それを理解するには至らなかったのだ。今読めば多少は理解できるかもしれないが、それでもまだたった14の中三の知識では到底及ばないことが書かれているのであろう。

 そして今日、二〇三八年七月三十一日の午前十一時、日本国内にて行われたクローズドベータテスト参加者全員が口を揃えて神作と呼んだ完全新作のVRMMORPGがリリースされるのだ。

 名を『Crossing Worlds』。様々な有名ゲームを作り上げた人物が合同で作り上げた期待の一作だ。

 事前に公開されていた情報によると、そのマップは端から端までは二万キロは優に超えるとのことで、また、地下洞窟やインスタンスマップも存在するらしく、どれだけ発達した現在の通信技術でも、ダウンロードは三十分を要した。

 しかし、この規模のゲームが毎月の接続料千五百円、年規模で一括してしまえば少々安く一万六千円で遊べるというのだから恐ろしい。もちろん、俺はこの手のゲームをじっくりやり込む派の人間として、一年分すでに払ってきている。

 件のベータテストに俺が参加していたかというと、受付が行われていると知ったのが悲しいことに、受付終了の僅か一分前で、全速力で内容を入力するも、送信ボタンを押す直前で『受付は終了しました』という残酷な表示が出されてしまったため、完全初見となる。あの時の絶望感といえば、それはもうあまりにも形容のしがたいものであった。

 それが悔しくってベータ勢からの情報は一切受け取っていないため、公式から出ている事前情報だけで俺はしばらく戦い抜くことになるだろう。

 俺が知っているのは、このゲームの舞台となるのは『ネストピア《巣食う都》』という場所で、そこをプレイヤーは多種多様な種族――どうやらその種族ごとに初期地点が異なるらしい――のその特性と、無数に存在するスキルの組み合わせを上手く考えて戦うことが大事になってくるとのことだ。

 完全スキル制を採用しているため、そういった選択一つ一つ、そして自身の持つ技術が自らの命に繋がって来る。というのが実に俺のゲーマー魂をくすぐる。

 ちなみに、レベル制でなくスキル制が採用されている理由としては、とある判定が存在しているから、らしい。

 その判定を利用することで、レベル差なんてものを無視してしまうことが出来るらしく、ならレベル要らなくね? という話があったそうな。



「さって、開始したら即スキル上げだな。初期リスから効率のいい狩場探してあr……」

『つっきー! ねぇ、話聞いてた?』

『月夜、絶対に聞いてませんよね』

「……通話入ってんの忘れてたわ」

 ある程度、スキルの熟練度が上がったら街に戻って装備の調達だ、なんて言おうとした瞬間、俺は幼馴染の時雨 月乃しぐれ つきの夕星 楓せきぼし かえでの二人に名前を呼ばれ、現実に引き戻された。

「ごめん! 六割くらい聞いてなかった」

 かなーり大きめの声で呼ばれた衝撃もあり、先ほど良い具合に固まっていた俺の計画の半分以上が飛んでしまったのは、身のためにも言わないことにして、謝罪タイムに入った俺であった。



 長々としたそれを乗り越えた俺はついに目前に迫ったサービス開始に胸を躍らせる。残り一分、その時間があまりにも長く感じられる。

 先程の謝罪タイムの前に言われていたことを親切にももう一度伝えてくれたため、それを軽くまとめると、どうやら幼馴染二人は俺とゲーム内で合流してパーティを組みたい。そのためにスタート地教えてくれ。とのことだった。

 そういえば、昔は三人でよくゲームしてたっけ、全員が前衛だからよく壊滅して、持ち物や取得スキル、レベル上げとかをちゃんとしている俺だけが生き残るなんて多かったなぁ。その後なんで俺だけーだとか、一人だけレベル高くてずるいーだとか言われるまでがワンセットだったのを覚えている。

 正直な話、ゲームで生存出来る出来ないなんて、キャラの育成や、ちゃんとした装備と物資とかではなく、どれだけ敵モンスターの行動パターンを知っているか、また、そのパターンを考慮した上で二手、三手……と先を読んで動くという思考力、それを実行することが出来る程のプレイヤースキル次第だと俺は思う。

 実際、検索をかければレベル1で〇〇に挑む! みたいな攻略記事や動画などがいくつも出て来る筈だ。

 まぁ、俺はゲームのプロでも何でもないから、実際のプロたちがどのように戦っているのかどうかなんて分からないのだが……。

 ただ、最近では月乃が正直俺でも心配になるほどのゲーマーになっているので、多分その当時のようなことになる筈はないだろう、多分恐らくきっとMaybe。

 俺もそれなりに様々なゲームをやり込んできたのだ。当時から見れば相当強くなっているのだろう。もし、彼女らがピンチになったとしても今ならばどうにか出来るやもしれない。

 当然、そんなことにならないのが最善ではあるが。



 だが、そんな俺にはどうしても拭えない苦い過去があった。

『……ぼく、このゲーム……やめる。……ごめんね』

 人と共にゲームをするとなるとどうしても浮かぶ小学五年の夏ごろのこと。

 ゲームで出会った大事な友人をPK集団から守れずに、泣かせてしまったこと。結果、その子がゲームをやめてしまったこと。

 それをきっかけに、俺は月乃達ともあまりゲームをしなくなったし、それまで大好きであったMMOを避けすらしてしまった。

 ただひたすら完全ソロプレイのゲームに打ち込んで、己を磨き続けるような、そんな人間へと化していたのだ。

 この、Crossing Worldsだって、俺は最初、MMOだからといって最初の方は避けてすらいた。

――結局、どうしても、最高峰を謳う仮想世界が見てみたいと思ったため、ベータだって参加しようとしたわけだが。

『あ、そうだつっきー、可哀想だったから黙ってたけど、あたし実はベータテスターだったんだよね』

「はぁ!? おまっ……それ先に!!」

 突然告げられた内容への、俺の絶叫を最後に通話は切られてしまった。そんな話は一度も聞いていないし、それっぽい動きなんて一度も見せていなかった筈だ。何故こんなにも身近にいたのに気付けなかったのか……。

「くっそ……ベータ知識あるなら結構マウント取られそうだな……って時間だ!? 『コネクト・スタート』……!」

 設定した開始ワードを叫び、仮装の世界へと接続する。



『ようこそ、《Crossing Worlds》へ。まずは、貴方の分身となるキャラクターを作成して下さい』

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