第51話 注目

九月一日

今日から二学期が始まる。



昨日の宿題合宿で疲労困憊だった三人とは対照的で、僕と遊馬は夜通しゲーム三昧だった。翌日から二学期が始まる高校生とは思えない間抜けな二人は、日が昇って各々の日常に戻ったのだが、彼女足取りは八十近くのおばあちゃんだった。


その影響で、登校しても机に突っ伏したまま動けない。

いつもなら何ら問題も起きないが、今日に限ってはそうも行かなかった。



「見たよ! 来栖君めっちゃカッコよかった!」



ギリギリまでしずくのお守りをしていたせいで、ギリギリの登校だった。

しかし、時間関係なく僕の机を数人のクラスメイトが囲む。



「何の話か分からないんだけど……」



困惑した様子の僕とは対照的に興奮気味のクラスメイト達。



「やっぱりね、一人で中枢に忍び込んだシーンは痺れたなー!」



「結構シナリオしっかりしててびっくりしたよ!」



「パンツのサブクエ考えたやつマジ終わってる……」



などなど各々が勝手に感想を述べていた。



確かに奏真からYouTubeで配信されているとは聞いていた。

でも、立ち上げたばかりだし、何より僕らに数字の力はない。

集客力も面白いコンテンツを届ける実力だって皆無だ。

そんな僕らの映像を、結構な人数が知っていた。



「あ、ありがとな……」



「それでよ、実際どうだったんだよ————」



そのまま、様々質問が飛んでくる。

とめどないエキサイトに僕の僅かな体力が瞬間的に持って行かれた。



既に奏真は登校しており別のグループで談笑している。

僕は幾度となく彼に視線を送るが、僕の救難信号に気づいてくれない。

もしかすると、彼が僕の面倒な状況を見てわざと目を逸らしている可能性だってある。



「作ったの奏真だから、あいつに聞けば正解分かるんじゃない?」



「えっ!? そうだったの?」



僕の思惑通り、周囲の注目は奏真へと注がれる展開となった。

僕の周囲から人が消えようやく平穏が訪れる。

自業自得と言わんばかりに、口角を上げながら奏真を見る。

案の定、彼は僕を睨みつけていた。



彼とは長い付き合いだ。何が言いたいか、なんとなく理解できる。



「—―面倒なの押しつけやがって」



「—―お前が見て見ぬ振りしたからだろ」



「—―仕方ないだろ、面倒くさいもん」



「—―なら、ブーメランって事で」



「—―でも、俺ら友達だろ?」



「—―裏切った奴が友達語んな」



僕らは一切言葉を交わさず一瞬のうちに数ターンの意思疎通を図った。

結局、奏真を放置し教室を後にした。

逃げたというよりかは、少々気がかりな事があった。



隣のクラス。

初めて足を踏み入れると、予測しているよりも事態は深刻化していた。



「あれ? 隣の来栖君じゃん! もしかしてしずくに会いに来たの?」



「え、あ、う、うん……」



僕の返事を待たずクラスメイトが周囲を囲む。

そして有無を言わさず、しずくの隣へ追いやられてしまった。



「ハルくん、自分から地獄に来たんだね……」



「相当、疲れてんな」



「お互い様だね。ハルくんのクラスも凄かったでしょ」



「まあな。今は奏真を盾にして脱出してきたけど」



「新しい罠に引っかかったんだね」



「そんなとこだな」



僕らは深いため息をつきながら、周囲の注目の的になっていた。

結局、午前のみの学校にも関わらず、三人とも揃って日暮れまでクラスメイトに拘束された。



解放後、三人は揃って昇降口前の階段に腰かけていた。



「お前を呪うよ……」



「俺だって、こうなるって予想してなかったよ……」



「嬉しかったけど、これはやばかったよ……」



疲労困憊の三人はその場に座り込んだまま、深いため息と共に肩に残る重しを感じていた。



今日一日で分かった事がある。

僕は、今の今まで自分が出演した動画を見ていなかった。自分が参加していた訳だしだし、見たとしてもハマらなかったドラマの再放送を見ている気分に陥るような感覚を予想していた。

何せ、やっている僕らは楽しかったし真剣だったが、見ている側は大した面白みも感じなかったのではと思っていた。



「編集って、魔法か何かか?」



「ちゃんとした文明の利器だが」



「素人がゲームで遊ぶ素材を、地上波で流れる番組レベルの面白さまで引き上げてるのえぐいって」



「お褒めに預かり光栄です」



三十本に渡った脱獄動画は、人気ユーチューバのあげる動画の編集と何ら遜色ないクオリティを誇る。コミカルな効果音、興味をそそるサムネイル、展開に沿った雰囲気づくり、などなど視聴して嫌悪感を抱かなかった。

しかも、僕ら四人の行動がカッコよく脚色され、あたかも俳優が演技する映画のような出来上がりだった。



動画の新鮮味も相まって再生数がとんでもない数字になっていた。



「初回五百万再生って、芸能人でしか見ない数字ね?」



「私も見たけど、一気に知名度上がった感じだよね~」



「結構マズくないか? 顔バレしてるし、実名公表してるし、どうすんだ」



「いや、実名は伏せてるはず。編集で番号呼びに変えてるから」



「とはいえさ――――」



僕は不満を漏らした。

平穏な生活は一生戻ってこない。その不安感が一瞬にして心を支配する。



「ハルくん、いまさら何言っても変わらないよ~」



「お前、妙に冷静だな」



「だって、楽しそうじゃないかなってさ~」



しずくは呑気に笑って見せた。

脱獄動画と遜色ない姿を僕の前で見せてくれる。



「好春より、ずっと月待さんの方が大人だな」



「うっせ」



僕は吐き捨てるように言った。



確かに図星だった。すでに顔バレした今、いくら文句を垂れても時間は帰ってこない。しかもあれだけ再生が回った訳で、動画を消しても無駄だ。切り抜きだって回っている。



「それで、そのチャンネルどうしてくんだよ」



「これからも動画上げてくぞ? お前らも出てもらうし」



「えっ? 確定事項?」



「もちろんだろ。みんなお前ら見たさに登録してくれてるんだから」



「オッケ~。また呼んでね~」



相変わらずしずくの根明が顔を覗かせている。こうなると僕はどうしようもない。



「だってよ。お前も来るだろ」



「——ああ、行くよ!」



「じゃあ、一か月半後に打合せするから来てくれよ」



「分かったよ……!」



とりあえず肯定的な返事を返す。

多分ごねても、二人に正論をかまされて成す術無く連行される羽目になる。それが分かっているから、白旗を上げて抵抗する意思を無に帰した。



「はぁ……とりあえず帰るか」



「そうだね~」



しずくが同調的な返事をすると、奏真がおもむろに僕の肩へと手を置いた。



「どうしたいきなり」



「あのさ、今日お前んちに泊めてくんねえか?」



奏真は眉尻を下げながら言う。

どうやら相当困っているらしい。



「昨日、お前の家に泊まったの親に言わずによ、今日一日飯抜きなんだよ……!」



「それは、家に泊まりたいというより、飯を食わせろって解釈で合ってるか?」



「ま、まあそうとも言うな……」



奏真は消えそうな声で肯定する。

ただ僕の答えは既に決まっていて。



「駄目だな」



「なんでだよ、良いじゃねえか!」



「自業自得だ。今日家に逃げたことで、明日もって言われるかもしれないぞ?」



僕は表情一つ変えず、淡々と現実を突きつける。



「それはそうだな————分かったよ帰るよ~」



彼は今にも泣きそうな様子で言った。

両親を心配させたツケだ。それくらいは我慢しないとだよな。



「土下座したら、今日のご飯あるかもしれんだろ」



「そうするよ……」



彼は項垂れた様子で帰路を歩く。

帰った後奏真が辿る末路が手に取る様に分かってしまう。彼の幸運を願う事としよう。



僕らはトボトボ歩く奏真を見送り、ようやく帰路についた。

帰宅したころには既に夜の帳が降りていた。



結局、奏真がどうなったのかというと、長時間の土下座と正座の後何とか許しを貰えたそうだ。ご飯にありつけたと先ほど連絡が入っていた。しかも食事中自撮りつきで。



なんやかんや、世の中何とかなるものだなとつくづく思う今日この頃だった。
































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