第6話 ウシダ

「入念なる準備」

「そうだ、入念なる準備だ」

 ウシダの言う入念なる準備というのは、大きく分けて三つの段階が有るのだった。

まず一つは、失踪者の失踪直前の生活を書き出すこと。

どんな些細な行動も記録すること。それが失踪者を連れ戻すカギとなりうるのだという。俺はアヅマとの日々を思い出せるかぎり書き出そうとしたが、肝心なことはうまく言葉にできなかった。

 実際に、俺は働きはじめたばかりで、早朝出勤し、夜遅くに帰宅することが多かったし、逆にアヅマは夜頃にどこかへ出かけて朝方帰ってきていたようすで、生活はすれ違っていた。

「アヅマくんも会社勤め? 警備会社とか」

「就職の話は聞いたことがないです。アヅマは、色々あって、高校中退しているので、大学にもいってなかったと思うし」

 

 タケ、なんで大学行かんの。

 タケだったら、行けるとこあるでしょ。

 高校卒業が迫った二月頃だった。高校は、大学受験直前期ということもあって、三年生は学校に行かなくてもいい。自宅学習をしろということだ。アヅマはそのころには高校を辞めていて、夜中に出かけることが多くなっていたが、その日は偶然、家にいた。

 アヅマはどうやら、俺が大学進学のために勉強に明け暮れていると思っていたらしかった。しかし、俺には大学に進学する意思はなく、もう高校に紹介してもらって就職先を見つけていた。受験勉強など、する必要がなかった。

「勉強せんでええの。ジュケンセイ」

 アヅマはぼうっとテレビを見ている俺の肩をゆすった。

「俺、ジュケンセイじゃねえし」

「うっそつけよ。タケは大学行くやろ」

「アヅマも行かないだろ」

「僕は行かないよ。三年の勉強はからっきしだし。でも、タケは違う」

「なに、俺に大学、行ってほしいの」

「……べつに。タケが行きたくないなら。僕が勝手に、タケは大学行くもんやと思ってただけ」

「そんなに金、ないだろ。俺が大学行って勉強するより、一緒に働いて、旅行にでも行こうぜ。その方が、なんかいいじゃん」

 そうだね。その時、アヅマは曖昧に笑っていた。


「アヅマは、なにしてたかよくわからないけど、<消える>前の数日はほとんど家にいなかったです」

「そっか」

 ウシダはさして興味なさそうに、返事をして、俺の推測の域を出ないアヅマの行動記録だけを真剣に見つめていた。

「うーん。これだけじゃ、よくわかんないなあ」


 二つ目は、失踪者の遺品を集め、調べること。

俺はアヅマと同じ部屋に住んでいたので、できる限り集めて、後日ウシダと調べようということになった。アヅマの実家にも立ち寄ることになった。

 


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