第17話 航路1

「巡洋艦『金剛』に載せた後、海上都市『シン』に向かう。シンでは宇宙エレベータを利用、宇宙軍港『トール』に帰投せよ」

 自衛官はPCタブレットを机に置く。

「長距離旅行だな」

「そのようで」

「シンまでの航路は安全を確保している。安心して宇宙に帰れそうだな」

 自衛官はお茶を飲む。

「で? 地球はどうだった?」

「え? ああ、はい。綺麗なところですね。少々匂いますが」

「そうかそうか。地球は匂うか」

 自衛官は笑いながら答える。

「コロニーには余計な匂いなどないのだろうな」

 僕は苦笑で答える。

「まあ、以上が命令だ」

「はい!」

 敬礼をし答える。

「……死ぬなよ」

「……はい」

 その言葉にはこの自衛官の本音が見えた気がした。



 巡洋艦、金剛。その甲板に足を乗せる。

 コロニーではこんな船は存在しない。そもそも、海がないのだ。

 だから不安を感じざるおえない。こんなものが海に浮かんでいるのだ。

 海も深いところでは何千メートルもあるという。

 恐ろしい話だ。

 だが、地球に住む者にとっては宇宙の方が怖いらしい。

 その感覚が僕には分からない。

 物心ついた頃には宇宙船で、コロニー間を行き来していたのだ。

 確かに時折、事故があったりするが、それは船でも、飛行機でも、宇宙エレベータでも一緒である。

 危険性はさほど、変わらないという認識だ。

 でも実際には、経験した事のない船舶での移動や宇宙エレベータの利用の方が怖いのだ。

 理屈では分かっていても、身体が受け付けないそんな気分だ。



 金剛に月詠を載せる。整備も補給も終えたAnDは戦闘準備万端といったところだ。

「金剛、出港!」

 ボ――っという汽笛と共に、金剛は港から離れる。

 僕は甲板に出て、海の底を覗く。ここの深さは二千メートルはあるという。

 底が見えない青い海。

 恐怖。畏怖。そういった思いを見せる海。

 この海に多くの魚やプランクトンが生息している。それはコロニーの養殖とは訳が違う。何もしなくても海洋資源がとれる。しかし、それも膨大した人口増加に耐えきれずに漁獲数に規制がかかるほどだ。

 そんな事を考えて海を眺めていると、水面にいくつかの水柱が上がる。

「敵っ!」

「いや、違うぞ」

 隣には髭を生やした中年男性が立っている。その腹はふっくらとしている。

「このしぶきはイルカだ」

「イルカ! あの哺乳類の?」

 噂や図鑑でしか見た事がない。確か水中で生きる哺乳類。

 コロニーには動物園や水族館は殆どない。

「ああ。コロニー暮らしには珍しい光景か」

「はい」

「でも、ここいらじゃ珍しくないんだ」

 髭の男はこちらに向き直り、敬礼する。

池本いけもとだ。この艦の艦長をしている」

内藤ないとうです。この度は――」

 言い始めると同時に髭の男――池本は遮るように手を動かす。

「堅苦しいのは苦手でね」

「は、はぁ……」

 困惑する。それもそうだ。こんなに緊張感のない人が艦長だなんて。

「失礼ですが、職務は?」

「堅苦しいな……。まあ、いい。艦長なんて意味のない職業さ」

「分かりかねます」

「うちの場合は副長が仕切っているからな。自分に指示をあおぐのは余程の時さ」

「そういうものなのですか?」

「ああ」

「で? 宇宙はどうだ?」

「え。あ、はい。もっと整理されているような、機能的といいますか……」

「そりゃ、そうだな。人工物の塊だもんな」

 何がおかしかったのか池本は笑いだす。

「でも、それは自然の驚異がないからだろうな」

「そんな事はありませんよ。隕石や紫外線、宇宙線の影響でコロニー外壁が損傷する事もあります。まあ、それを修復するのも我々の仕事ですが」

「そうか。でも地球も凄いぞ。地震に津波、落雷、水害、噴火。様々な災害がある」

「そうですね」

「コロニーはある意味、理想だ。外壁の補修だけを行えば内部の人間の安全は保たれる。地球以上に安全かもしれん」

「……」

「でも、地球以上にテロ行為が起こる。なぜだと思う?」

 しばらく思案した後。

「それはテロのやりやすい環境だから、ですか?」

「それもあるのだろう。環境的要因が少ないからな。が、それ以上に気持ちの問題があるのだろう」

「気持ち……」

「誰しもが同じ考えではない。宇宙で暮らせば、どうしても必要な事がある」

「循環システム」

「そうだ。水や空気などの循環が必要だ。そういった作業は地球以上の精密さが必要になる。徹底した管理体制もその一環だな。そういった事が住民の精神をぎ、無言の圧力としてのしかかる」

「圧力、ですか?」

「ああ。そういった圧力が住民の不満を貯め込んでいく。そして、そのはけ口は政治に向けられる。『自分たちが報われないのはルールが悪い』ってな」

 ルールが悪い。それはあんに政府が悪いと言っているようなものだ。

「艦長! 本部より伝令です」

「ん?」

 一人の男が池本に耳打ちする。

「分かった。すぐに向かう。内藤君」

「はい」

「宇宙に戻っても頑張れよ!」

「はい」



「見つけた。あれが金剛か」

「噂通りのでかぶつですぜ」

「例のAnDを載せているのならぜひ、手に入れたい」

「そうでなくては包囲網を突破した意味がないですね、隊長」

「そういう事だ。ひとさんまるまる時に攻撃開始!」

「了解!」

「分かりやした!」



 甲板からの眺めを堪能した僕は食堂のある階に降りる。

 おいしそうな匂いが漂ってくる。

 しかし、地球に来てからはろくなものを食べてない。

 生魚や納豆、ごぼうなど、おかしなものばかりが並んでいる。

 生臭かったり、ねばねばしていたり、木の幹のようなものだ。どうして地球の人はこんなものを食べるんだ……。

 コロニーでの成型肉や遺伝子操作のニンジンなどがなつかしい。

 今日はハンバーグ定食らしい。

 きっと、コロニーのとは違う肉を使っているに違いない。

 そう思うとため息がでる。

 普段、食べ慣れてないものを食べると、何気ない食事が恋しくなるものだな。

 僕は食堂のおじさんからハンバーグ定食を受け取り、席に着く。

 ハンバーグをはしで裂くと肉汁がでる。

 ……おや? コロニーのハンバーグと同じなのか?

 僕は一口大に切ったハンバーグを口に運ぶ。

 うまい! コロニーの肉よりもうまい! なんだこれ……。

 戸惑いながらもかきこむように食べる。が、ジリリリリっとサイレンが鳴りだす。

「第一戦闘配備。繰り返す、第一戦闘配備。これは訓練ではない」

 繰り返される放送。

 僕は残りの昼食を捨て、月詠の元に向かう。


「敵は?」

「三機です。水中AnDの模様」

「ええい、厄介な。爆雷投射機、用意。魚雷発射管、用意。ミサイル発射管に魚雷をセット」

「ソナーに感あり! 高速で接近する振動あり。魚雷です! その後方に三機のAnD!」

「ミサイル、撃て――っ!」


 月詠は最下層に収納されている。

 トレーラーに固定された月詠。僕はその固定器具を外し始める。

 ズウンっと振動する。ただの振動ではない。

 爆発。それも近い。

 このまま、心中なんてごめんだ。

 最後の固定器具を外すと月詠に乗り込む。

 生体認証、完了。

 全動力起動。

 クサンドラシステム、起動。

 各部バーニア、正常。

 弾薬、推進剤、冷却剤、異常なし。

 いける!


「艦長!」

「今度はなんだ!」

「倉庫内の月詠が起動! 発進、許可を求めてます!」

「むちゃをする。いいだろう! 後部ハッチ、解放! そこからだせ!」

「了解! 月詠、後部ハッチを開く」

 この状況で月詠をだすのは本意ではないが、仕方ない。

 AnDは専用の装備がなければ、飛ぶことも、泳ぐこともできない。

 さて、月詠とやらの性能、見せてもらうか。

 いや、内藤の腕前を!


「後部ハッチ? あれか!」

 ハッチが開き、外の日差しが徐々に見えてくる。

「月詠、発進する」

 僕はフットペダルを踏み込む。

 後部甲板へ降り立つ、月詠。


「爆雷、投射!」

「ダメです! 装置に異常あり。投射できません!」

「くそっ! 魚雷とミサイルで対応しろ! 機銃はどうなっている?」

「目標が早く、威嚇射撃にしか使えません」

「第一レールガンに弾頭、補充!」

「はい!」


金剛こいつを守りながら戦うのか……」

 月詠のマニピュレータにハンドガンタイプのレールガンを保持させる。

 そして海面に向け、照準を向ける。

 が。

「目標は? 敵はどこだ!」

 通常のレーダーは電磁波の反発を利用しているが、水には電磁波を吸収する特性がある。頭では理解していても、こうも使えないとは思わなかった。

 さらに赤外線レーダも、同様の理由から使えない。

 あるのは重力波レーダのみ。しかし、試験導入されたばかりのレーダだ。

「仕方ない。金剛、ソナーのデータを転送してくれ!」


「どうします? 艦長」

「いいから、送れ! ここでは彼も乗員の一人だ!」

「はい!」


「月詠、データを転送する」

「了解!」

 ソナーと重力波から敵AnDの位置を特定。

 そこに向けレールガンを放つ。

 水柱を上げるが、直前で回避したようだ。

「なんでこいつら、後方に……」

「奴らの狙いはスクリューだ! 月詠、後方の敵を遠ざけろ!」

 スクリュー、それがなくなれば船は動けない。

「了解!」

 そうか。奴らの狙いはこの艦を止める事か!

 レールガンを二・三度、放つ。

 が全てが外れる。

「くそっ!」

 勝手が違い過ぎる。

 空気抵抗や入射角、水圧。様々な要素が加わり、予測できない変数を生み出している。その変数を予測した敵AnD。慣れている。

「落ちろ!」

 機銃による威嚇射撃。

「キャリブレーションはまだか!」

 横目でサブモニターを見やる。そこには予測演算を行っている様子が映し出されている。

 ――――――ちっ!

「クサンドラシステムのフィルターを解除! 一から八の演算機を予測演算に回す!」

 機銃と無反動砲による攻撃は魚雷を撃破。

 敵機も距離をとっている。

 威嚇射撃は成功。だが、このままではこちらの弾薬が尽きる。

 そうなった時が終わりだ。

 横目で残弾数を見る。

 一秒で百の減少。時間にして九百秒。それがタイムリミット。

 それまでに予測演算の終了が必要だ。

 ――くそっ! 近づけない!

 まただ。また声が聞こえる。

 この現象はクサンドラシステムのフィルターを三以下にすると発生する。

「なんなんだ!」

 苛立ちを覚えたところで演算の処理能力があがる訳ではない。しかし、怒鳴らずにはいられない。

 敵との距離をとり、時間を稼ぐ。それが今の僕にできる事。


「月詠、威嚇射撃と魚雷の迎撃しかしてません!」

「やはり、宇宙暮らしには……」

「待て。月詠は何かをしようとしている」

「艦長、そんな曖昧な!」

「甘いですよ! 艦長!」

「それよりも爆雷はどうなっている!?」

「はっ! 左右のは再起動しました。しかし肝心の後部爆雷が未だ……」

「くそっ! 一番欲しいものが! 取舵とりかじいっぱい! 左、爆雷、用意!」

「了解!」


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