第7話 復帰1

 日本海を中国の中距離弾道ミサイル――攻击コウチンが飛ぶ。

 日本海沖に配備された自衛隊の軍艦。レールガン巡洋艦、金剛。

 金剛がレールガンを撃ち放つ。計算通りの軌道を描き、攻击コウチンが空中で分解、爆発する。

「ミサイル迎撃、成功!」

 金剛の副長、守口もりぐちが叫ぶ。

「本部に打電、急げ!」

 艦長、池本いけもとが通信長、本田ほんだに怒鳴る。

「ミサイル来ます!」

 レーダ班の沖野おきのが大声を上げる。

「迎撃用意!」

 池本の声が艦橋に響き渡る。

 攻击コウチンの軌道をコンピュータが計算し、そのデータに合わせ、レールガンがその砲身を調整する。その調整もコンピュータが自動で計算する。

 ほぼ全自動の迎撃だ。

 後は砲撃手がボタンを押すだけ。

「撃てっー!!」

 池本が声を張り上げる。

 今、中国と日本は戦闘状態にある。原因は中国と日本の中間に存在する島の領土権。領海の境界線。第二次世界大戦から続く反日運動。日本海で発見された油田。DNAによる職業選択に非参加国でもある。

 様々な理由から二つの国を分かつ事になった。が、互いに決定打を出せず戦局はほぼ冷戦状態へと移行しつつあった。

 核兵器を使用すれば、こちらも核を使用する。そのアメリカの宣言がなければ核戦争になっていたかもしれない。

 この時代の主力武装であるAnDは水中戦闘用のMR-120Mハレスや地上用のMR-118Gユリウスなどがある。しかし、AnDは飛べないので空中戦は未だ、戦闘機を使用している。

 AnDは人型という形状から飛ぶには非効率的である。また、水中も同様の理由から運用時間に制限があり、使い勝手が悪い。

 AnDは基本、宇宙での仕様が有効である。

 



 テロからおよそ三ヶ月後。僕は自宅謹慎をようやく解かれた。

 僕はテロの際に無断で軍用の武装を使用した罪が問われていた。

 起訴されず自宅謹慎になったのはいくつか理由がある。

 まず、AnDに搭載されたドライブレコーダやブラックボックスの解析。

 目撃者や僕への事情聴取、現場検証。ちなみにテロの実行犯は自害した。そのため事件の全様が明らかになるのが遅れたのだ。

 僕がテロリストを抑えるところを目撃した一般人がネット上で英雄ヒーローだと騒ぎ拡散した。そのため、世論に後押しされる形で裁判沙汰ざたにならずにいた。

 テレビでは連日、この事件――テロについて報道した。後にこのテロを七・二三と呼ばれるようになった。

 連日報道された理由もいくつかある。一つは実行犯が一人だという事。

 たった一人で軍用AnDを十機以上破壊。死者、百二十一名。重軽傷者、二千六百三十七名。日本の財務省の財務大臣などの要人が死亡。

 僕が助けたシャトルにアメリカの国防長官を始め、要人が乗っていた事。

 そのためこの事件に関してアメリカからの圧力が掛かった事。まあそのおかげで僕が罪に問われない要因ともなった訳だが。

 僕が一人でテロを撃退した事も報道を激化させた理由の一つだ。

 なぜなら僕はテロリストの息子だからだ。

 父親がテロリスト。現在、服役中。マスコミが騒ぐには十分な理由だ。

 テロリストの息子がテロリストを撃退した。

 ネット上では自作自演なんじゃないか。本当は、協力者で仲間を裏切って自分だけ助かろうとしたんじゃないか。

 様々な憶測がネット上、マスコミを騒がせた。

 だが結果的にアメリカの要人を守った事、英雄視する世論の後押し。また、将来的に自衛隊へ入る事。

 それらが僕が起訴されない理由となった。

 余談だが、大会はもちろん中止となった。つまり、第二十三回AnDロボットサバイバルゲーム大会――第二十三回ARSG大会は中止という形で幕引きとなった。今大会の優勝者はいない。

 現在では警備の強化や来年の開催についての協議が行われている。


 十月三十日。僕はようやく高校に登校する事になった。




 高澤はコロニー、シヴァに居た。シヴァは武器の製造業で成り立つコロニーだ。

 高澤はとあるホテルのバーにいた。

 オレンジ色の光がバー全体を仄暗く演出する。カウンター席が十席。そのカウンター席と並列するように二人席のテーブルがいくつか並ぶ。扉から奥には四人席のテーブルが四セットある。カウンター席の奥には様々なお酒が所狭しと並んでいる。

 俺はカウンター席に座り女性を待つ事にした。カクテルのヴェスパーを頼み、口に運ぶ。

 俺は紺色のスーツを着こなし、ふところに拳銃。足元に鈍色のスーツケース。スーツケースの中には大量のお金。

 予定時刻ぴったりにバーの扉が開く。

 女性がバーに入ると辺りをキョロキョロと見渡す。

 女性はおしゃれなドレスに身を包んでいる。金髪のロングヘアー。

 そして俺の姿、カクテル、スーツケースを見ると真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。

 それらが取引相手の特徴と一致したのだろう。

「失礼。隣いいですか? なんだか気になって」

 そう言って俺の隣にその女性が座る。女性は落ち着いた、それでいてどこか警戒したような声だ。

 そしてバーテンダーにキールを注文する。

 その質問とカクテルが取引相手の証拠だ。

「そうですか。いいですよ」

 俺は取引開始の合図を出す。

「口紅が八百、人形が五、おまけにビールを六本つけるわ」

 女性――仲西なかにしは不適な笑みを浮かべ言う。

 口紅は弾丸、人形が軍用AnD、ビールは推進剤の事を示している。

「色を付けてくれるなんて太っ腹だねー」

 俺は嬉しさを隠しつつ気丈に振舞う。

 そしてカクテルをあおる。

「あら。私にとって、お得意様にサービスするのは当然なのだけど」

 仲西はカクテルに口をつける。

「ありがて話だ。これで我が社も安泰だ」

 俺はそう言いながらスーツケースを置いて立ち上がる。

 会計を済ませるとバーを出て行く。

 これで取引終了だ。後はいつも通り待っていれば、ある座標に弾薬やAnD、推進剤が届く。

 そのある座標へ向け、宇宙港に歩き出す。



 二機の軍用AnDが隕石郡に隠れながら目標座標へ向かう。

井本いもと、落ち着け!」

 井本のAnDが先行し過ぎている。そう思い俺は言う。

 そして生唾を飲む。

「すいません」

 井本は緊張した声で答える。

 井本はその場に留まり俺が近づくのを待つ。

 今回の作戦は隠密作戦だ。慎重に行うに越した事はないだろう。

 俺は何度かバーニアを噴射し、井本の近くに行く。

「本当にこんな所に居るんですか?」

 井本は不安そうな声を上げる。

 俺は次の隕石に近づきAnDを隠す。

 この位置ならすぐに応戦する事も、逃げ出す事もできるだろう。

「分からん。しかし、本当だったら困るだろ?」

 俺は少し威圧するように言う。

 本当にテロリストが潜伏していては困る、なんて生易しいものではない。実際この宙域はコロニー間の輸送ルート上から近い。

 もしその輸送ルートを狙うテロリストであれば、テロリストに武器、弾薬それから食料といったものを提供する事になりかねない。

 それだけは避けねば。

「そうですけど」

 井本が状況の割りに明るい声を出す。それもその筈。井本は実戦経験が少ないのだ。

 レールガン一発、ミサイル一発でAnDの装甲は貫ける。つまり先に発見した方が圧倒的に有利になるのだ。

 暗い宇宙うみの中を光学カメラの映像と赤外線モニター、宙図を頼りに進む。

 座標、一・三・一、隕石の裏にテロリストの潜伏ポイントだ。

 今のところ、動きはない。

 しばらくの沈黙の後、井本が口を開く。

「この隕石の裏ですか。隊長どうします?」

 俺がモニターの表示設定を弄ると、様々なデータがモニターに追記されていく。

 そのデータが隕石の表面温度が異常である事を告げる。

 太陽光の当たらない位置では温度がマイナスまで下がる。逆に太陽光が当たる位置では百度を超える事だってある。

 しかし現在、二十度程と人間にとって過ごしやすい温度だ。

 恐らく隕石内部を刳り貫き人が住める、一時的の過ごせるよう改造してあるのだろう。

 民間用のAnDを使えば可能だ。元々AnDは工業用の機械だ。掘削用のマニピュレータも存在する。本来は隕石に含まれる鉱石などの資源採掘に使用されるものだが、今回のように悪用される場合も後を絶たない。

「表面温度が高い。内部に人がいる可能性が高い」

 俺は説明を加えつつ予測を話す。

 内部にテロリストがいるとは限らない。民間人の可能性もある。そもそも人がいない、もう逃げた可能性も考えられる。

 ちなみに民間人の可能性というのは、この地点を秘密の休息ポイントに利用したり、倉庫として扱っている可能性もある。が、どの道、届出を出していない場合は違法ではある。

 俺は機体を隕石の裏側に向けて動かす。

 予想通り。隕石には人が入れるほどの小さなハッチがある。その白銀色のハッチは人が入れるほどの大きさだ。この大きさではAnDで制圧するのは難しいだろう。

「井本! 白兵戦の準備だ!」

 俺はコクピット内部に取り付けられた機銃とスタングレネード、手榴弾、コンバットナイフをパイロットスーツに付け直す。

 小型の推進装置を背中のアタッチメントに取り付ける。この推進装置は宇宙でも手元のレバー、一つで移動が可能になるものだ。

 無線からもカチャカチャという音が漏れる。井本も白兵戦の準備をしているのだろう。

 俺はAnDのサブジェネレータを切る。と、ウウンという音と共にサブジェネレータの出力がみるみると落ちていく。ついにはザブジェネレータの出力がゼロを示す。

 これでこのAnDは俺の網膜スキャンと声紋認証がなければ満足に動かす事さえ難しくなる。

 メインジェネレータを切らないのは、起動までに一時間ほど掛かるからである。これは機械内部が一定温度に達し安定するまでに時間がかかるためである。これでも昔より起動時間は短縮された方だ。これも技術革新のお陰だろう。DNA政策――DNAによる職業分担がなければこれほど早く技術が進歩する事はなかっただろう。

 俺は無線に向かって口を開く。

「行くぞ!」

「はい!」

 井本が返事をする。

 二人はAnDから降り、例のハッチに向かう。ハッチの隣にはパソコンのキーボードとモニターがある。モニターを点けると「暗証番号を入力してください」という文字が表示される。

 モニター下にある端子に特殊なコードを接続する。小型のノートパソコンがウイルスを走らせる。

 真空の宇宙。無音のまま、ハッチがオートで開く。井本は機銃を構え前ハッチ内部を覗く。

「クリア」

 井本は無線で状況を伝える。この場合、クリアは侵入成功の意味だ。

 俺も井本の後に続く。ハッチ内部に入るとまたハッチがある。ハッチも通路も同じ白銀色だ。

 宇宙空間の構造物では珍しくもない。二重のハッチだ。こうする事で空気を出来る限り逃がさないための工夫だ。

 もしハッチが一つなら内部の空気は全て逃げていってしまう。逃げる途中でハッチを閉めようとすれば風圧によりハッチが破損する恐れが高いのだ。

 外部ハッチをパソコン操作で閉じる。

「ここから先は危険だぞ」

 俺は井本に釘を刺す。それに井本は緊張した面持で頷く。

 パソコンを弄り、内部ハッチが開く。

 俺と井本は機銃を構えながら白銀の通路を進む。

 ……探索開始から一時間、誰一人いない。

 どうやら最近まで倉庫として扱われていた形跡はある。白銀の床に残った真新しい傷跡や仮眠室にある遺物からして急いで移動したのだろう。

 こちらの情報が漏れているな。自衛隊内部に内通者がいると考えるのが妥当か。

「誰も居ませんね」

 井本がホッと胸をなでおろす。機銃にセーフティを掛けながら。

 俺は空気がある事と空気の原子構成を確認する。

 ヘルメットのバイザーを上げ、タバコとライターを取り出す。

「逃げられたようだな。それに最近までいたのだろう」

 俺はそう言いながら咥えたタバコに火を灯す。

「でなければ空気がこんなに残っているはずもない」

 俺は付け加えて説明する。その説明に井本は会心したように息を吐く。

 俺はタバコを吸うと白銀の天井を見上げる。

「居たのが民間人かどうか分かれば収穫もあったんですけどね」

 井本がうなだれるように肩を落とす。

 俺はポケットから銃弾を取り出す。

「なんすか? それ?」

 井本が不思議そうに見つめる。無理もない。この銃弾はリボルバータイプのものだ。

 俺達が使っているのは機銃。タイプの違う銃弾を持ち歩く必要などない。

「ここで拾ったものだ」

 俺はそう言うと銃弾をポケットに戻す。そしてタバコを口から離す。

 俺の言葉に井本の顔色がみるみると青ざめていく。察したのだろう。

「ここにテロリストが居た証拠だ」

 俺は井本の思った事をさらりと口にする。すると井本は勘弁してくださいよと愚痴を漏らし、その場にしゃがみこむ。

 ここからが大変だ。テロリストの潜伏していた場所を特定したのだ。

 まず上層部に連絡。さらには専門家を呼んでの入念な調査。銃弾の入手ルートの特定や指紋などの証拠集め。やらなければならない事は山積みだ。




 十一月一日。コロニー、トート。

 僕は高校に普段通りに登校する。

 コロニーでは気温を管理しているので十一月だというのに二十度近い気温だ。

 寒さなんてない。風情も、へったくれもない。

 季節を地球の日本に合わせるより、安心、安全性を考慮しての事だ。


 この二日ほど、学校の話題は僕の事で持ち切りだ。

 僕の事を、英雄ヒーロー視するものとスパイ視するものがいた。

 また、僕がテロリストの息子と知って怖がる者も現れた。

 明らかに周りに態度が変わった。が、昔から酷い扱いだったので慣れてしまっていた。

 今日になりAnDのロボットサバゲ部が再開する。そう思うと少しワクワクする。


 僕は放課後になると真っ直ぐに部室へと向かう。まずはミーティングルームに集合する。

 僕はミーティングルームで待つ。と、火月かげつすみれがぞくぞくと集まってくる。

 顧問の岩沼いわぬまが全員、集まったなと言い、本題を話し始める。

 本題を話し終える。内容はAnDや輸送機などの状態などだ。

内藤ないとう!」

 岩沼は僕に向き合い言う。急に話し掛けられ少し驚いた。

「はい」

 僕は返事をする。

「内藤には報告していなかったな。まず三年は引退になった」

 岩沼の言葉に頷く。それで、熊や船越がいなかったのかと納得した。

「引継ぎはもう済んだ。次期、部長は植木うえき菫だ」

 岩沼は続けて言う。菫は冷静で、皆とも仲が良い。また細かい事に気が利く。

 部長としてはもって来いだろう。

 そう思い僕は再び頷く。

「以上だ。何か質問は?」

 岩沼は僕に尋ねる。

 世代交代や部長には不服はない。が、気になる事がいくつかある。

「まず、男子チームのリーダーは誰になるのですか?」

 僕は岩沼の顔を見て言う。

 これは演習や大会などで重要になってくる。

 統率力のある人物が今の男子チームにいるとも思えない。

 そういった意味では熊は凄かった。火月や僕は扱いが難しい、いわゆる癖の強い部類の人間だ。それをまとめ上げていたのだ。

「それに関しては、井本に行ってもらう」

 岩沼はこうに目だけを向け言う。孝は優れた反射速度や、命中精度というものはない。が、分析力や判断力に優れている、らしい。

 という事で正しい判断だろう。でもだとしたら……

「つまり今回からチームは――」

「そうだ。井本をリーダーに火月、内藤の三人が男子チームだ」

 僕が言い終える前に岩沼が話す。やっぱり。熊の後釜は孝という訳だ。

「ついでに女子チームは植木をリーダーに船越ふなこし姉妹だ」

 岩沼の声には若干の不安が混じっていた。

 菫をリーダーにし、麻耶まやまいをチームに加える。

 菫は問題ない。麻耶も優れた戦闘技術を持つ。が、問題は舞だ。まだ一年で経験も浅い。その事が不安なのだろう。

「それから一年の小沢おざわは入院中だ」

 入院中? 僕は岩沼の言葉に疑問を覚える。貴彦たかひこに何があったんだ?

 その疑問に答えるようにいつの間にか後ろにいた菫が耳打ちする。

「小沢君はテロに巻き込まれたの」

 なるほど。そういう事か。菫の言葉に納得し岩沼に向き直る。

「もう疑問はないか?」

 岩沼は優しげに言う。何故優しげなのだろう?

「はい。ありません」

 僕がそう答えると今日のミーティングは終わった。


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