他国の令嬢達

 午前中の講義を終えてたクリスティーヌ。昼食を取ろうと考えていたら、2人の令嬢が近付いて来ることに気が付いた。

(あの方々は……確か講義で一緒だったわ。身分は分からないけれど、男爵家のわたくしよりは上のはず)

 クリスティーヌは彼女達にカーテシーをする。令嬢達はふふっと笑った。

「あら、とても美しいカーテシーでございますこと」

「お顔を上げてください」

 声をかけられ、クリスティーヌは頭を上げる。

「お褒めいただき光栄でございます。クリスティーヌ・ジゼル・ド・タルドと申します。タルド男爵家から参りました」

「タルド男爵家……ナルフェックのお方でございますわね?」

 ダークブロンドのウェーブがかった髪に、サファイアのような青い目の少女が問う。まるで艶やかなダリアのような少女だ。

「ええ、左様でございます」

「そう。わたくしはベアトリス・ジリアン・コンプトン。コンプトン家はネンガルド王国の侯爵家でございますのよ」

 ベアトリスは癖のない流暢なナルフェック語を話す。

 今度は真っ直ぐ伸びたストロベリーブロンドの髪に、アンバーの目の少女が話す。そばかすがあり優しげな顔立ちで、可憐な百合のようだ。

わたくしはガーメニー王国から参りました。リーゼロッテ・リヒャルダ・フォン・リートベルクと申します。リートベルク伯爵家の長女でございます」

 リーゼロッテも癖のない流暢なナルフェック語を話している。

「貴女、わたくし達と同じ講義を受けていらしたでしょう? よろしければご一緒にランチなんていかがかしら?」

 ベアトリスはニコリと品よく微笑んだ。

 クリスティーヌも淑女の笑みで頷く。

「是非、ご一緒させていただければと存じます」

 するとリーゼロッテが春の木漏れ日のように笑う。

「嬉しいですわ。この時期の講義には貴族の方々が多く参加しますから、ヌムール城でランチを手配してくださっているのでございます。早速行きましょう」

 こうして3人は昼食を取りにヌムール城へ向かう。

 ヌムール城には既に他の貴族達が昼食を取っていた。クリスティーヌ達も席に案内される。

「それで、タルド男爵令嬢。あ、ナルフェック王国ではクリスティーヌ様とお呼びしてよろしいのですわね。この国のマナーやしきたりにも慣れないといけないですわ」

 ベアトリスは苦笑した。クリスティーヌは疑問に感じたことを素直に聞いてみる。

「ネンガルド王国では、姓でしかお呼びしてはいけないのでございますか?」

「ええ。いきなり初対面の相手を名前で呼ぶのは失礼に当たります。相手から名前で呼ぶことを許可されてようやく名前をお呼び出来るのでございますのよ」

「ガーメニーでもそうでございますのよ。だから私達はナルフェックに来て少し戸惑ってしまいましたわ」

 ベアトリスに同調したリーゼロッテはふわりと微笑む。

 その時、丁度料理が運ばれて来た。

「国が違うと礼儀礼節も変わるのでございますね。わたくしはベアトリス様、リーゼロッテ様とお呼びしない方がよろしいのでしょうか?」

 クリスティーヌがそう聞くと、2人は微笑みながら首を横に振った。

わたくしは今ナルフェックにおります。この国のしきたりに従いますわ。だから、気軽にベアトリスと呼んでちょうだい」

「私わたくしもでございます。どうぞ、リーゼロッテとお呼びください」

「ありがとうございます」

 クリスティーヌは嬉しそうに微笑んだ。

 こうして3人は、料理を食べながら談笑する。

「私わたくし、クリスティーヌ様とお話ししてみたかったのでございますわ。薬学の講義を受けている方で、同年代は男性ばかり。女性もいらっしゃるけれど少し上の世代でございますわ」

 ベアトリスが軽くため息をつく。

 確かに、周囲の昼食を取っている貴族達も男性ばかりだ。女性もいるが、クリスティーヌ達より年上だ。

「医学や薬学は男性の学問と思われていますものね。どうしてでしょうか?」

 リーゼロッテもため息をつく。

「確かに、リーゼロッテ様が仰った通りでございますね。そのうち学問にも男女の差がなくなるといいのですが」

 クリスティーヌは苦笑した。

「ええ。だけど、ナルフェックは進んでいると思いますわ。女性でも家督や爵位を継げますもの。ネンガルドでは王族以外まだ継げませんのよ」

「ガーメニーもでございますよ。リートベルク家は弟が継ぐことになっております」

「コンプトン家もそうでございますわ。わたくしの弟が家督を継ぎますの。だけど、ナルフェックに来て、この国は女性も家督を継げると知り、とても羨ましいと思いましたの。わたくしは完璧ではございませんが、少なくとも弟よりは優秀だと自負しておりますわ。だけど、女性というだけで実力すら評価していただけないなんて」

 ベアトリスはギュッと拳を握り、唇を噛み締めた。

(ベアトリス様は窮屈で悔しい思いをされているのね。……こうして他国の事情を知ると、ナルフェックは恵まれているように感じるわ。今まであまり気が付かなかったわ)

 クリスティーヌはベアトリスやリーゼロッテの話を聞いているうちに、そう考えた。

わたくしはナルフェック以外の国のことをあまり存じておりませんでした。ベアトリス様、リーゼロッテ様、もしよろしければ私にお2人の国の言葉や文化を教えていただけませんか?」

「ええ、もちろんでございます」

わたくしでよろしければお教えいたします」

 ベアトリスもリーゼロッテも快く受け入れてくれた。

 クリスティーヌはエメラルドの目を輝かせながら微笑んだ。

「ありがとうございます。それと、マリアンヌ様はご存じでしょうか? ヌムール公爵家のご令嬢でございますの」

「存じ上げておりますわ。リーゼロッテ様もわたくしも、ヌムール領に来た初日にご挨拶いたしました。もちろん、ユーグ様にも」

 クリスティーヌの問いに、ベアトリスは口角を上げて答える。

「左様でございましたか。実はマリアンヌ様は他国の歴史や文化にご興味があるのでございますよ」

「まあ、それならお茶会でお話ししてみましょう。ランチにお誘いするのもいいかもしれませんね」

 今度はリーゼロッテだ。ウキウキとした様子である。

 それから料理を食べ終えて少し話しているうちに、薬学議論に移っていた。

「あのお薬は強力でございますので、強い副作用も出てしまいますわ」

「リーゼロッテ様、毒を以って毒を制すという言葉がございますわ。難病を治すのにそのお薬は必要ですわよ」

「確かに、ベアトリス様の仰る通りでございます。しかし、強い副作用を和らげることも必要かと存じます。もしかしたら、もう1つのお薬を用いることでそれが可能かと存じておりますが、いかがでございますか?」

 クリスティーヌは本や講義で得た知識を元に、自分の考えを述べた。エメラルドの目は活き活きと輝いている。

 議論は盛り上がっていた。

 その様子を見ている者がいる。ユーグだ。ユーグはヌムール邸食堂前を通りかかった時、クリスティーヌ達3人が目に入った。

 ユーグは議論中のクリスティーヌの表情を見て満足気に微笑む。

(楽しそうでなによりだ。私は君のその表情が1番好きなんだよ)

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