デビュタント

 いよいよ成人デビュタントの儀当日だ。

 15歳になる貴族令嬢は皆王宮に招待される。

「クリスティーヌ、緊張しているのか?」

 ベランジェに問われ、クリスティーヌは頷く。

「勿論でございます。王宮は初めてでございますし、タルド家や領民の為に人脈を構築しなければならないと思うと、肩の力が抜けませんわ」

 クリスティーヌは少し弱々しい笑みを浮かべている。

「そうか。だがクリスティーヌ、お前なら大丈夫だ。王都こっちに来てからのお前の立ち居振る舞いを見ていたが、何の問題もなかったそ。自信を持って、胸を張って行け。俺もついているから」

 ベランジェは力強さを感じさせる笑みだ。その笑みに、クリスティーヌも勇気づけられる。

「ありがとうございます、ベランジェお兄様」

 クリスティーヌは前を向き、いつもの品のいい笑みになった。エメラルドのような緑色の目にも輝きが戻る。

 この日の為に用意した鮮やかな青のドレスは、クリスティーヌのブロンド髪をより艶やかに魅せている。そして瞳の色と同じエメラルドの髪飾りでふわふわとしたブロンド髪を纏めている。

 ベランジェにエスコートされ、クリスティーヌは王宮に入る。

(さあ、ここから始まりますわ)

 クリスティーヌは気を引き締めた。






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 成人デビュタントの儀が行われる王宮の会場には、既に多くの者達がいた。社交界デビューする令嬢、その令嬢をエスコートする者、そして令嬢の両親などだ。

 令嬢達は色とりどりのドレスで着飾っており、会場内はカラフルだ。

(だけど、流石に紫の物を身に着けている方はいらっしゃらないわね。……あら?)

 王族も出席するので全員紫は身に着けていないと思った。しかし、クリスティーヌの視線の先には、紫のドレスを着た令嬢と、黒の燕尾服に紫のタイを着けた男性がいた。

 彼女達の顔を見てクリスティーヌはハッとする。

(イザベル・ルイーズ・ルナ・シャルロット第2王女殿下と、彼女をエスコートするレミ・ルイ・ルナ・シャルル第2王子殿下だわ! そうよ、第2王女殿下も今年15歳で成人デビュタントなんだわ)

 クリスティーヌは事前に目を通していた成人デビュタントの儀出席者名簿を思い出していた。

 イザベルは月の光のようなプラチナブロンドの長い髪を彼女の目の色と同じアメジストの髪飾りでシニョンに纏めている。そして紫のドレスを身にまとい、ピンと背筋を伸ばすその姿は王族ならではの気品がある。

 そしてそれはレミも同じだ。太陽の光のようなブロンドの髪に青い目のレミは、落ち着いた優雅な笑みを浮かべている。

(王族の方をジロジロ見るのは失礼なことよね)

 クリスティーヌはそう思い、ゆっくりと自然に2人から目を逸らした。

 しかし、イザベルとレミの美貌は誰もが見惚れてしまう程だ。おまけに2人はとても背が高いので目立つ。

 その時、高らかにラッパの音が鳴り、成人デビュタントの儀を取り仕切る。宰相の声が響き渡る。

「ルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌ女王陛下、シャルル・イヴォン・ピエール王配殿下のご入場です!」

 その声と同時に、会場にいる女性はカーテシー、男性はボウ・アンド・スクレープで礼をる。

 成人デビュタントの儀の主催者は女王のルナだ。しかしルナは多忙故に、宰相が取り仕切っている。

「会場の皆さん、どうぞおたいらになさってください」

 ずっと聞いていたくなる程の、滑らかでゆったりとしたソプラノの声が響き渡る。

 ルナの声を聞き、会場にいる者は頭を上げる。

 月の光に染まったかのような、艶やかなプラチナブロンドの長い髪は、サイドでシニョンに纏められていてまるで薔薇のようだ。そして真っ赤なルビーの髪飾りを着けている。透き通るようなアメジストの目と、陶器のように真っ白な肌には目が釘付けになりそうだ。紫色の、膨らみを抑えたシルエットのドレスは品がある。胸元にはサファイアのブローチが輝く。

 一方、シャルルも引けを取らない。太陽の光のような艶のあるブロンド髪に、サファイアのような青い目。黒字に金糸の刺繍が入った燕尾服に赤いタイ。そして胸元にアメジストのブローチを着けている。

 さりげなく互いの目の色や好きな色を取り入れている。

 おまけにこの2人も背がとても高い。

(女王陛下と王配殿下……まるで彫刻のような神々しさ……)

 クリスティーヌの背筋がピンと伸びる。

成人デビュタントの皆さん、王宮へようこそ。歓迎いたしますわ。貴女方は本日をもって社交の場に参加することが許されました。わたくしは、この国の未来を担う貴女方のご活躍を、とても楽しみにしております」

 神秘的で神々しく、王族の気品を感じさせるルナの微笑みに、クリスティーヌは身が引き締まる。

(女王陛下の仰る通りだわ。わたくしはこれからもっとタルド家と領民の為に頑張らないといけないのよ)

 ルナの祝辞が終わると、舞踏会が始まる。

 会場には色とりどりのドレスが舞い、華やいでいる。

 クリスティーヌはベランジェにリードされ、優雅に舞った。

 そしてここからがメインと言っても過言ではない。クリスティーヌはまず両親と共に、今付き合いのある家へ挨拶をする。

(タルド家、そして相手の家に泥を塗るような行為は絶対にしないように気を付けないといけないわね)

 クリスティーヌは気を引き締め、凛とした表情になる。






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「クリスティーヌ、緊張したか?」

 挨拶回りが一通り終わった後、クリスティーヌはベランジェからそう声を掛けられた。

「ええ、とても緊張いたしましたわ」

 クリスティーヌはホッと解放されたように微笑んだ。

「そうは見えなかったぞ。それに、お前の所作は完璧だった。相手もお前こと褒めていただろう」

 ベランジェはフッと笑った。

「お褒めいただいたことはとても光栄でございます」

 クリスティーヌは品のある淑女の笑みを浮かべる。

「さて、俺はこれからこの先護衛として雇ってくれそうな家を数件回ってみる。お前も独自に人脈を築くといい。それと、あまり壁の花にならないようにな。まあその心配は必要ないと思うが」

 ベランジェはそう言うと、クリスティーヌと別行動を始めた。

 家督を継がないベランジェにとっても、将来の働き口を探す為に社交の場は重要なのだ。

 ちなみに壁の花とは、舞踏会でダンスに誘われず壁際に立っている女性のことだ。貴族令嬢にとってはあまり名誉なことではない。

 クリスティーヌは成人デビュタントの儀の出席者名簿を思い出し、誰に声を掛けるか考えていた。

 その時、クリスティーヌは自身の方に向かって来る者がいることに気付く。

 栗毛色の髪にグレーの目で、端正な顔立ちの少年だ。

(あのお方はルテル伯爵家のご長男、セルジュ様ね。ルテル領といえば、タルド領と同じ小麦の産地。しかもナルフェックでの小麦生産量は3位を誇るわ。セルジュ様の悪い噂は聞かないし、繋がりを持っておいて損はないわね)

 クリスティーヌは目の前まで来たセルジュに対し、カーテシーをする。

 ちなみに、タルド領の小麦生産量は国内6位だ。

「初めまして。君は確か、タルド男爵家のお嬢さんだったかな?」

「はい。クリスティーヌ・ジゼル・ド・タルドと申します。タルド男爵家の次女でございます」

 クリスティーヌはゆっくりと優雅に頭を上げる。

「僕はセルジュ・エマニュエル・ド・ルテル。ルテル伯爵家の長男だよ。クリスティーヌ嬢、よかったら僕と1曲いかがかな?」

 セルジュは優しげな笑みで、クリスティーヌにそっと手を差し出す。

「光栄でございます。セルジュ様、是非1曲お願いいたしますわ」

 クリスティーヌは品のある淑女の笑みでセルジュの手を取った。

 すぐに舞踏曲が始まる。

 セルジュのリードに身を委ねるクリスティーヌ。まるでずっと守られているような感覚だった。

「クリスティーヌ嬢、今日は君と会って1曲踊れただけでもこの場に来た価値があったと思っているよ」

 ダンスを終えると、セルジュは優しげに微笑んだ。グレーの目で真っ直ぐクリスティーヌを見つめている。

「まあ、ご冗談でもそう仰っていただけて光栄でございます。セルジュ様とは小麦の栽培に強い領地に生まれた者同士、色々と意見を交換したく存じておりますわ」

 クリスティーヌは口角を上げ、貴族令嬢らしい笑みを浮かべている。

「クリスティーヌ嬢が望むなら、とことん議論や意見交換をしよう。だけど僕としては、君自身に興味がある」

「セルジュ様はご冗談がお上手ですこと」

 クリスティーヌはふふっと面白そうに笑う。

「冗談じゃないさ。本気だよ、クリスティーヌ嬢。社交シーズン中、君を僕の家に招待するよ」

 やはりセルジュは真っ直ぐクリスティーヌを見つめていた。

「ありがとうございます。楽しみにしております」

 クリスティーヌは品のある笑みを浮かべている。

 しかし、その様子を複雑そうに見ている者がいることに、クリスティーヌは全く気付かなかった。

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