ホルマリンの中の脳④

私はノーベル賞の中で、文学賞だけは受賞していなかった。

当たり前のことだが、そもそも畑が違う。

発明することはあっても、小説を書くことなんてない。

私は、唯一取れなかったノーベル賞に関係する、小説家という職業を強く尊敬していた。

今見ているのは、そんな小説家の人生であった。


彼は、大衆小説を好んで書き、その結果多くの賞を貰っており、小説家の中でも成功した部類に入るであろう人物であった。

そんな彼が、このデスゲームの参加者に選ばれた。


確かに、このデスゲームは想像力を競う戦いだ。

作家に関係する職業が選ばれるのは必然だと感じる。

彼はこのデスゲームで、どのように戦ってきたのだろうか?


彼は、偶然にも自宅に転送された。

それのせいで、このゲームの現実味が薄れてしまっていたのだろう。

そしてその油断が、彼の命運を分けてしまった。


彼は、自らがこの世界で、『想像で創造する能力』を持つことを、偶然の発現でようやく自覚した。

そこからの彼は、能力の条件を事細かに実験していった。

この小説家は、色々とハッキリさせておかないと気が済まない性格なのだろう。

そして、その考え方はこのゲームにおいて正しい。


その後彼は家を出ていった。

『自我を自分が創造した人間に移したりすることも可能である』というルールがあるのにも関わらずだ。

無論、参加者が外にでる時は動く用の身体を作り、他の参加者に備えるのが得策だ。

いつ狙われるかも分からない状態であるからだ。


彼はこのゲームを少し甘く見ていたのかもしれない。

それか、どうしても生身の自分でこそ本気の恋愛がしたいという、強く訴えかける気迫があった。

彼のさっきの実験を見ていると、そのように感じられた。


街に出た彼は、自分と同じ能力を持つ人物を見つけ、戦った。

彼の戦いぶりは見事であった。

素晴らしい知識の引き出しと論理力、彼より多くの知識を持つ私でも、彼と同じような戦いはできなかっただろう。

それどころか、私だとこの戦いの時点で敗北していたのかもしれない。


『参加者が一人死亡しました。残り参加者は七人です』


これは、私がこのゲームで死んだときに流れたアナウンスだ。

ということは、この死んだ相手は生成された人間だったのだろう。

このアナウンスの真実は、私以外の参加者に知るよしがないのだろうが。


そんな偶然が重なり、彼は自分が参加者を倒せたと勘違いしてしまった。

それにより、彼のこれからの命運が決まってしまったのだろう。

私を除いて、一番最初に死んでしまったのだから。


そんな彼が次に起こした行動は、助けた女の元に向かい、そのままデートをすることであった。

彼は、自分の欲望のままに動いてしまったのだ。

だが、私にはこんな能天気な彼を責めることが出来ない。

私も彼と同じく、このゲームで欲に生きた人間の一人なのだから。


そんな彼は、デート中でも最低限の警戒はしていた。

だが、このデスゲームはそんなに甘くなかった。

警戒むなしく、彼はそのままデート中の女に殺されてしまった。


作家には、現実とフィクションを強く分けて考える人間が時々おり、彼もそのタイプであった。

彼は、自身が考える現実性に固執こしつするあまり、非日常に対応することが出来なかった。

それが彼の一番の敗因であろう。


もしこの非日常に彼が適応していたのなら、結果は大きく変わっていたのだろうか?

そんな空想は、私には何とも言えない。


少なくとも彼は、私以上の論理性と発想力を持っていた。

そんな至高の思考力を持つ彼に対し、私は最大の賛美を送ろう。

彼は、私より素晴らしい存在だ。


さて、次はどのような人物なのだろうか?


『参加者が一人死亡しました。残り参加者は五人です』


次なる参加者の情報が流れ込んでくる。

誰が来ようと、このゲームに参加している以上、素晴らしい発想力と想像力の持ち主なのは確定しているようなものだ。

今度はどんな天才的才能を持つ人物なのかと、私は心を踊らせる。


しかし期待とは裏腹に、次に流れ込んできた参加者の情報は、何の変哲もない平凡な中学生であった。








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