CASE4.発明家

ホルマリンの中の脳①

私は名のしれた発明家。

自分から天才と名乗ることはおこがましいが、他人から天才と言われるくらいの実績は常に積んできていた。


独創的な発想力と、その発想の実現を可能にする頭脳が評価され、いつの間にかノーベル賞は文学賞以外を全て獲得。

世間からは、世界には彼を超える天才は存在しないとまで言われ続けた。


そんなことはない、私より天才な人間などいくらでもいる。

そんな私なのにも関わらず、私が何か発明するたびにそれは、画期的アイデアつ思いついても現代でも不可能な技術と言われつづけてきた。


「思考はどんな発明よりも至高の宝物」


私が何気なく発した言葉がいつしか、かの天才発明家の名言として扱われるようになっていた。

私の発想力が過大評価を受けてしまっていたのだ。


私以上の発想力を持つ人間なんて簡単に見つかる上に、私の発明品よりも個人個人の思考の方が素晴らしい。

だから君の思考を教えてくれ。


と、そんな意味で発言したのだがこの発言以降、私自身の思考を国宝扱いされるようになってしまった。


発想の実現だって私はそんな素晴らしいことをしていない。

私にはまだ、自分の頭脳でも実現不可能なアイデアがたくさん眠っている。

その大半は、私が一生をかけても実現不可能な代物しろものばかりなのだから。


最近私は自分の研究室にこもりっきりで、そんな考え事ばかりしていた。

そんな私の脳内に、突然無機質な声が響いた。


『そのアイデアは実現することができます』


その声はまさしく機械音声そのものであり、紡がれた言葉は発展途上のAIのようであった。


「今、なんと?」


だが、紡がれていた言葉はそんなイタズラAIだとしても頼りたくなるような、魅惑的な言葉であった。


『あなたがこのゲームに参加することで、そのアイデアは実現することができます』


私はすぐさまその言葉の意味を、これはていの良い人体実験であると理解した。

だが、私に人生の未練など存在しない。

強いて言うなら、今死ぬとなるとまだ頭に残っている発明アイデアの実現だけが心残りであった。


つまり、私にはこの提案を拒否する理由が存在しない。

むしろ、自分より頭の良い存在の実験材料にしてもらえるのなら、喜んで我が身を差し出す勢いだ。


『あなたの参加が決まりました』


AIのその言葉が頭に響くと私は、ビックバン以前の宇宙、つまり無の空間へと飛ばされた。


『このゲームのルールです。熟読することをお勧めします』


私の脳内に説明書が送られてきた。

なるほど、思考の実現化という能力を使った殺し合い。

確かに、いくら現実世界で不可能なものだとしても、これなら私のアイデアを発明品として完成させることが可能だ。


私は今この時まで、もし自分が死ぬことになっても、未練なんて一つも残してなかった。

だが、このゲームのルールを見ているうちに、私に一つが生まれてしまった。


「一つ、このゲームの勝利とは別に私の望みを聞いてもらえないだろうか?これが認められるのならば、私はこのゲームに参加しよう」


『はい、聞きます。ただし、返答はあなたの望み次第となります』


私はこのAIと問答を繰り返し、とても私的な望みを伝えた。


『それならゲームの進行に強い影響を与えないでしょう。しかしそれが実現されるとき、必ずあなたの敗北を招きます。本当によろしいのですね?』


私は、望み一つを除きこの命に未練を残してなく、ゲームの優勝景品にも興味がない。

だからこのような提案が、私にとって重要であった。

それからもまた交渉を続け――


『承知しました。あなたがその行動を起こしたならば、ゲームの状況に関わらず、あなたの望みを叶えましょう。そしてここからは、他の参加者の参加を待つ時間となります』


私は権利を勝ち取り、後は時間を待つだけになった。

ただただ私の欲望を叶える時間、それがもうすぐ始まる。


『参加者が揃いました。それではカウントダウンを始めます。五、四、三、二、一』


そして私は現実世界から離れた。


周囲を見渡すと、そこは廃屋はいおくの中だった。

スタート地点が人がいない屋内というのは幸運だろう。

下手にいきなり参加者に見つかることなくに発明品を作れるからだ。


自ら志願したとはいえ、この世界の空間はまだ謎だらけだ。

もしかしたら、現実世界の私の脳に電極をつないで、この世界を見せているだけなのかもしれない。


だが今の私にとって、そんなことはどうでもいい。

今からは私自体がモルモット、頭の中を全て見せる時間だ。




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