第26話【違う、そうじゃない】

 体育祭翌日の夜。

 明日で休暇が終わり戻ってしまう母さんは、最後の晩餐と言わんばかりに珍しく晩酌をやっていた。


「ほらほら~。璃音りおんちゃんも遠慮なんかしないでどんどん飲みなさ~い」

「そんな、真麻まあささんからいでいただくなんて恐縮ですわ」

「何をいまさら~。あと私のことは『お母さん』って呼んで頂戴。いつか本当に璃音ちゃんのもう一人のお母さんになるかもしれないんだから」


 アルコールの効果により鬱陶うっとうしさ三割増しの母さん。

 璃音よ、最後の最後に酔っ払いの相手をしてもらって本当にスマン。

 本来ならその立場は俺や紅葉もみじのはずなんだが、璃音のことを余程気に入ったらしく、ターゲットが全くぶれないでいる。


「璃音さん気を付けて。お母さん、酔っ払うと隣にいる人の身体をペタペタ触ってくるクセがあるから」


「もしイラっとしたら問答無用でそのドリルで刺して構わない。息子の俺が許可する」

「完全にわたくしのこの自慢の縦巻きロールを武器扱いですわね......」

「私の教育が行き届かなったせいで、こんな目つきの悪い子に育っちゃってごめんなさい。お詫びに思いきりハグしてあげる~♪」


 俺たちとダイニングテーブルを挟んで距離があることをいいことに、さっきから母さんは隣に座る璃音にやりたい放題。

 少しでも嫌がる素振りを見せようものなら助け船を出すところなんだが、璃音は満更でもない雰囲気で酔っ払いを懐柔し、楽しんでいる感すらある。


「あんまり璃音の足に負担かけさせるなよ」

「ご心配には及びませんわ。あの程度の負傷など、一日あれば充分ですの」

肌艶はだつやもだけど、若いと回復力も高くてホント羨ましいわ〜」


 息子の同級生に動物のように顎の下を撫でられ、リラックスムードの母親を俺たち兄妹はジトっとした眼差しで見つめる。パワーバランスがおかしい。


「でも惜しかったよね。ほんのあと一歩のところでだったんでしょ?」

「まぁ、な」


 その場にいなかったのに、一夜明けてもまだ昨日のように悔しさを滲ませ語る紅葉。

 正直、俺や璃音はもうそこまで気にしていない。

 終わってしまったことだからという理由もあるが、それには今朝の出来事によるのが大きい。


 ――朝のホームルーム前。

 みなとから食堂へ呼び出された俺たち二人。

 予想通り勝者への景品についての話ではあったのだが、


「今回の勝負は無効ってことで」


 湊の口から告げられた言葉までは予想できていなかった。


「......何を企んでやがる?」

「そうですわ。わたくしに情けをかけたとでも?」

「二人とも落ち着いて。とりあえず僕の言い分を聞いてくれるかな」


 今日もどんなもので受け流す鋼鉄メタルな笑顔の仮面を被った湊は、こう付け加えた。


「先ず君たちのことをバカにして申し訳なかったと思う。スポーツマンシップに欠けた行為だったと反省してる」


「御託はどうでもよいですわ。そう結論付けた理由を早く仰りなさい」


 璃音は不機嫌そうに湊を促す。


「一言で言うなら『僕が気に入らないから』かな」

「......お前ひょっとして」


 ぼやっと、湊の考えが分かった気がする。


「あのアクシデントが無ければ、僕たちは完全に負けていた」

「そんなのはたらればであって、結果お前たちは勝ったんだ。アレが意図的に作られたものってわけじゃあるまいし、どうして勝利自体を拒否する必要があるんだ?」


「僕の目的は、圧倒的な実力差を持って君たちに勝つこと。一度でも前を走られた時点で僕の中では勝負は負けているんだよ」


「これはまた......随分とナメ腐った理屈ですわね」


 同意。

 璃音の意見に激しく同意。


「今回僕はあくまでコーチとして勝負に挑んだ」 

「それを言ったら俺だって一緒だろ」

「だからだよ。今度は僕たち自身の力だけで勝負を願いたい。虹ヶ咲さんにではなく、長月に対してね。そのうえで虹ヶ咲さんにデートを申し込ませてもらう」


 何やら、さらに面倒な事態に陥った気がするのは俺の気のせいか?


「......そこまで湊さんが仰るのでしたら、いいでしょう。今回の勝負は無効試合ということで了承しましたわ」


 敗北者がさも生殺与奪の権利があるよう、上から目線で話を進めている。


「このタイミングですと、次の勝負は期末テストが丁度良いですわね」

「おい、ふざけんな。学年ベスト3常連の奴に付け焼刃で勝てるわけないだろ」

「わたくしだって頑張ったのですから。長月さんもそのくらいことはしてもらわないと。フェアではありませんわ」


「お前やっぱり俺のやり方に不満あったろ?」

「さぁどうでしょうか」

「ダメだよ虹ヶ咲さん。それはいくらなんでも勝負にならないし、長月があまりに可哀そうだよ」


 学年でもトップを争う二人に散々な言われよう。返す言葉もなく、ただ「ぐぬぬ」と呻くのみ。今日のところは次回の勝負は保留とさせてもらった。

 この様子だと二学期に行われる文化祭辺りが怪しいな......一難去ってまた一難とはこういうことか。というか、そもそも湊と勝負を始めた理由って何だっけ?


「なにはともあれ、勝負には負けても得られるものは有り――二人にとっては、大人の階段を昇るために大事な出来事だったみたいね」


 酔っ払いが何かキメ顔で呟いたが無視。

 でも得られるものがあったのは確か。

 俺にとっても、おそらく璃音にとっても。

 こんな思い出深い体育祭は生まれて初めてだ。

 

「......そうだ。もう一つの大人の階段を昇る用に、私から璃音ちゃんに渡したいものがあるの」


 息子からの無視もなんのその。

 母さんは千鳥足ちどりあしで夫婦の寝室に向かったと思えば、何やら紅茶の缶らしき容器を手に戻ってきた。


「それは――先日飲み終わった紅茶缶ですわね」

「ご明察! 中身は勿論紅茶の茶葉じゃなくて......じゃぁぁぁぁぁぁん! 正解は明るい家族計画用ゴムでした~♪」


 元は璃音の私物だった容器から出て来たを見るや、俺は目を見開いて慌てて立ち上がる。


「ハァッ!? おまッ......何考えてんだ!?」

「だって璃音ちゃんも持ってなさそうだし。こんな可愛い娘にもしものことがあったらどうするの?」


「どうもしねぇよ! ナニもしねぇよ!」


「お母さん......最低」


「やめて紅葉! 母をそんなNTRた新妻に向けらるような哀れむ瞳でこっちを見ないで!」


 一瞬にして混沌カオスの場と化した食卓の中、璃音はゴムにも全く動じず『NTR?』と小首を傾げている。その手の知識に疎くて助かったと安堵すべきか。

 明日からやかましい家族がまたいなくなると思い、少し寂しさを感じた俺の純粋な感情を返してほしい。


          ◆

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