第8話【公開処刑された王子様は、どうやらドM気質らしい】

 昼休み直前の体育の授業ほど、だるいものはこの世に存在しない。

 しかも今日の授業は別名『走るスポーツ』ことサッカー。

 みんな俺と気持ちは一緒のようで、半数以上の生徒は適当に動いて汗を流している。

 これが女子が見ている前だったらまた状況が変わってくるだろうが、残念ながら女子は今頃体育館でバレーボールの真っ最中。

 よって本気で動いているのは運動部所属と思わしき一部の連中くらい。


 俺は帰宅部なので当然前者だ。

 人を隠すなら人混みに理論を応用し、あまりフィールドの中で孤立しないよう上手く立ち回りつつ、ボールにも触れないよう時折小走りする。これが結構難しい。


「お昼前の体育って本当にやめてほしいよね」


 一刻も早く体育の授業が終わることを願いながらダラダラと走っていると、隣のクラスのみなとが俺の近くにやってくるや、突然話しかけてきた。


「......そうだな」


 学園一の人格者にして女子だけでなく男子からの人気も高い『湊貴幸みなとたかゆき』に、俺は素っ気なく返した。

 仲が悪いとか嫌いとかではなく、単純に珍しい相手から話しかけられたので自然とそうなってしまった。

 隣のクラスとは合同で行う体育の授業以外で接点は無く、同じクラスの人間にすらまともに会話をしない俺なのだから、知り合いなんているわけもないわけで。


「女子たちが観てる前ならもっと面白い試合ができると思うんだけど。長月君もそう思うでしょ?」

「かもな。まぁ、俺は女子に観られていようがいまいが関係無いが 


 こんな体育の授業のサッカーでも手を抜かないのはいかにも優等生らしい。

 と言うか、湊が俺の名前を知っていることに軽く驚いた。


「噂通り、変わった人だね」

「噂?」

「うん。あの悪役令嬢様をお世話する変り者だって、学内で有名だよ。知らなかった?」

「俺、友達いないからな」


 虹ヶ咲にじがさきだけでなく、ついに俺まで悪目立ちするようになってしまったか。

 別に誰ともつるむつもりもないので、むしろもっと敬遠された方がこちらとしては都合が良い。


「じゃあ僕が長月君のこの学校での友達第一号になってあげる。......ってそんな露骨に嫌な顔しないで。目つきがさらに鋭くなって怖いよ」


「ほっとけ。これは遺伝だ」


 自嘲気味に苦笑する俺に湊は屈託のない笑顔を向け宣言したもんだから、あまりの気持ち悪さに顔を歪めてしまった。


「単純に長月君に興味があるんだよね」

「驚いたな。学園一の人気者にそんな趣味があったとは」

「そうじゃなくて。虹ヶ咲さんの近くにいる人間が、いったいどういう人間なのかなって言う意味での興味だよ」


 手を振って否定する湊の目は、純粋だけど、どこか探りを秘めたものだった。

 

「どうもこうも、俺とあいつの両親が知り合い同士だから仕方なく面倒見てやってるだけで」

「うん。それは愛依あいから聞いた」


 愛依とはウチのクラスの日向ひなたのことだろう。

 二人は同じ中学からの知り合いだったらしく、たまに一緒にいる姿を目撃する。


「だとしても、誰とも仲良くしようとしない『孤高の金髪ドリルの悪役令嬢様』を手懐てなずける人物を、一度彼女に振られた身として気にならないわけがないよ」


 穏やかな笑みこそ浮かべてはいるが、この湊は公衆の面前で堂々と虹ヶ咲に告白し、そして派手に撃沈している。

 一度振られてもまだ虹ヶ咲のことが諦めきれないのか、湊の言うとおり本当に興味本位からなのかは判断できかねない。

 悪い奴ではなさそうなのだが、本心が分かりにくい相手だけに迂闊に心を許すのは早計というもの。


「――で、感想は?」

「まだよく分からないや。そういうわけだから、僕と友達になってよ」

「友達ってそう簡単になれるものでもないだろ。第一、俺たちクラスがバラバラで、接するのは精々いまみたいな体育の授業時くらい。いきなり言われてもな」


「長月君の言うことにも一理あるか......じゃあ顔見知りから始めよう。それでいい?」

「......分かった」


 顔見知りという、限りなく赤の他人に等しいポジションなら問題はないか。

 湊は頷きながら片方の手を差し出してきたので、戸惑いながらも仕方なしに握手をしてやった。


「湊! そっちにボール行ったぞ!」

「オーケー! じゃあ長月君またね」


 舞い上がったボールを追いかけ、長月はトラップするや、そのままペナルティエリア手前からゴール目がけてダイレクトにシュートを放つ。

 女子連中が観ていたら歓喜の悲鳴が上がりそうな文句なしの得点シーンも、やる気の無い男子ばかりでは、喜ぶのは湊を含めた数名の本気勢のみだった。

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