第5話【事情を知らないビッチ風・陽キャポニテ女子はグイグイくる】

 案の定、部活から帰ってきた紅葉もみじから虹ヶ咲にじがさきがいる時には訊けないような質問を受けるハメになった。

 事の始まりから今日こんにちに至るまでの一部始終を聞いた紅葉は、実にお兄ちゃんらしいと薄っすら呆れを含ませた笑みを浮かべた。


「そういや紅葉、虹ヶ咲がよく俺の知り合いだって分かったな」


 兄を訊ねて女子がやってきたら普通年頃のJCは『もしかしてお兄ちゃんの彼氏!?』と反応してもおかしくないものだが、紅葉は至って冷静に虹ヶ咲のことを受け入れていた。

 一見些細な出来事も、俺は妙に気になってしまうタチなもので。


「何言ってるの。あんなお人形さんみたいにとても綺麗な人が、お兄ちゃんの彼女なわけないじゃん」


 無垢で真っすぐな瞳で告げられると、例え一切の悪気が無かったとしても酷く傷つく。

 言葉は時に最強の鈍器や刃物になるということを妹には分かってほしいな......。


 *** 


 翌朝。

 そろそろ学校へ向かおうとしたところでインターホンが鳴り、何事かと思いカメラを覗けば、そこには眉を寄せた虹ヶ咲の顔が。

 


「遅いですわよ。わたくしをいったい何分待たせるつもりですの」


 ドアを開ければ挨拶より先に文句が飛んできた。

 言っておくが、俺は虹ヶ咲と一緒に登校しようと約束した覚えはない。


「......おはよう。お前、朝から何してんだ?」

「何って、貴方がわたくしを迎えに来るのを待っていたに決まってるじゃない」

「いや、学校くらい一人で行けるだろ」

「無理ですわ」

「は?」

「だってわたくし、学校がどこにあるか知りませんもの」


 堂々と宣言する虹ヶ咲に俺は目をみはった。

 さすが、登下校をリムジンで送迎されていた悪役令嬢様なだけはある。


「だったら今からでも家の者に頼んで送ってもらえよ」

「わたくしに恥をかけと申していますの? 一人暮らしを始めるに至って、わたくし家の者の手は一切借りないと宣言してきましたのよ」


 その割にはお前、昨日引っ越しの片づけを家の者にやらせてたよな? と口から出そうになったのを呑み込み、変わりに大きなため息をついた。 

 この雰囲気だと俺が学校に連れて行かなければ、遅刻どころか欠席(迷子)になる可能性だって十分にあり得る。

 どうやらこいつが隣に引っ越してきた時点で、そうなる運命から逃れられないらしい。


「......一人で学校に行けないなら最初からそう言えよ」

「あら、わたくしをエスコートする権利を与えてあげたのだから光栄に思いなさい」

「はいはい。じゃ、ちょっと待ってろ」


 玄関に虹ヶ咲を立たせたまま、俺は一旦通学用リュックを取りにリビングまで戻り、簡単に戸締り確認をしてから二人で学校に向かった。

 電車に乗ったことがないという虹ヶ咲は当然ICカードの存在も知らないわけで。

 現金の持ち合わせのない彼女に代わって俺が交通費を立て替えることに。


 学校までは最寄り駅から2駅と、比較的距離は近い。

 下り電車なのもあって、見ているだけで憂鬱な朝の通勤ラッシュとは無縁の、それぞれが朝の貴重な時間を楽しむ穏やかな雰囲気の車内。

 しかし今日ばかりは、俺の隣にいるのせいで、その平和に乱れが生じていた。

 このガラガラの車内で痴漢を働こうとする輩はいないだろうが、虹ヶ咲に集まる注目の視線と一緒にやっかみのような視線が俺に刺さり、なんとも居心地が悪い。


「――長月君ってさ、虹ヶ咲さんと仲良いの?」


 一限目を終え、移動教室先に向かおうと席を立とうとした俺を、クラスメイトの日向ひなたが横から声をかけてきた。

 普段教室内では怖がられて滅多に話しかけらない俺だが、この『日向愛依ひなたあい』だけはどういうわけかたまに話しかけてくる。


「どうして?」

「だって有名だよー。長月君があの悪役令嬢様と一緒に登校してきたって」


 虹ヶ咲とはまた別の明るい髪色にポニーテールを揺らし、人懐っこい笑顔で微笑む。

 登校してきてからまだ一時間そこらだというのにもう有名とは。

 噂の当人は既に移動教室先に向かったのか、教室内に姿は見当たらない。

 だから日向が訊いてきたのかもな。


「仲が良いというか......実は虹ヶ咲の両親と俺の両親が昔からの知り合い同士でさ。わけあってこれからちょっと電車通学することになったから。その付き添いってやつ。あいつ、海外生活長かったから乗り方分からないだろ」 


「へぇー、なるほどねぇ。要するにお世話役を買って出たと」

「買って出たというか、無理矢理押し付けられたというか」

「それそれはご苦労様です」


 日向は俺の背中を労わるようにぽんぽんと優しく叩いた。

 他のクラスメイトはともかく、何かと気を遣って話しかけて来る日向に嘘をつくのは少々心苦しい。

 しかし虹ヶ咲本人から一人暮らしの件は口留めされているためどうしようもない。


「親同士が昔からの知り合いってことは、子供の頃から虹ヶ咲さんのこと知ってるの?」

「いや。なにせお互い初めてあったのは、あいつがこの学校に転入してきた初日だから」

「じゃあ長月君も虹ヶ咲さんとの関係は浅いんだ」

「ああ」


 適当に日向からの問いに口を合わせ、そこまで親しくありませんアピールをしてみせた。


「ほら、虹ヶ咲さんって......あんな感じじゃん? だからもうちょっとなんとかならないかなーって思ってさ」


 言葉を濁して説明する日向の言いたいことは何となく察した。 

 例の一件以来、人気者だった虹ヶ咲のクラス内外での扱いはどん底まで落ちた。

 いじめこそはされていないものの、その扱いは腫物はれものに等しい。

 陰口程度なら俺の耳にも入ったりするが、本人があのように強メンタルな性格なので、仮にあいつに届いたとしても笑い飛ばされて終わりだろう。


「そうか。クラスのまとめ役も大変だな」

「お、分かってくれるー? まぁ、私が好きでやってることなんだけどさ。貴重な高校生活、できればみんなと仲良く過ごしたいじゃん」


 どこか寂しさを含んだ笑みを浮かべ、日向は呟いた。

 正直、あの高飛車でドリル髪の悪役令嬢様をまたクラスに馴染ませるには相当骨が折れると思う。はっきり言って無理。だとしても――。


「分かったよ。俺の方からも、これからは少しでもあいつが他のクラスのみんなと仲良くするようフォローしてみる」


「ありがとー! 長月君って、顔は怖いけど中身は結構紳士的で優しいよね♪」


 この天然人ったらしの笑顔でお願いされたら、断るものも断れないだろう。

 俺の手を握ってまで喜びを表現する日向の温もりがダイレクトに伝わり、自然と頬が熱を帯びていくのを知覚できた。

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