学校一の金髪悪役ドリル令嬢に弁当を恵んだら、懐かれた挙げ句、我が家の隣の部屋に引っ越してきたんだが?

せんと

第1話【空から黒パンツが降ってきた】

「よし、こんなもんだろ」


 時刻は午前6時半。

 テレビの朝の情報番組をBGM代わりに、キッチンで朝食と弁当の準備を終わらせたところ。

 ただの男子高校生にすぎない俺が、何故こんな朝も早くから料理に励んでいるのかと疑問に思うかもしれないが、その答えは『まぁ、なんとなく』としか言いようがない。


 両親は俺が高校の入学とほぼ同時に、仕事で家を離れた。

 一家で引っ越すという案も当然ながらあったわけだが、妹がどうしても住み慣れたこの土地を離れたくないとダダをこねた為、やむなく両親・子供の別居生活が誕生してしまった。

 妹の健康に気を遣って始めた自炊も、慣れてみれば結構楽しいもので。

 朝特有の静寂に包まれた中、一人キッチンで黙々と料理をするのが毎日のモーニングルーティンと化し、いつの間にかこの時間は俺にとって大事な時間となっていた。

  

「......お兄ちゃんおはよー」


 眠い目をこすりながら、妹の紅葉もみじがリビングにやってきた。

 いつもは目覚ましが鳴り響こうが起きてこないのに、今日は珍しく自らの意思でこうしてリビングまで歩いてきている。雨でも降るか?


「おはよう紅葉。丁度いま朝ご飯できたから、早く顔洗ってこい」

「ふぁーい」


 ライオンのたてがみみたいな寝ぐせで大きなあくび一つし、紅葉は洗面台のある脱衣所に向かった。

 あの感じだと、今日も洗面台はゾウの水浴びよろしく、びちゃびちゃに濡れ散らかした状態になりそうだな。紅葉が学校に行ったら軽く掃除しておこう。


「お父さんたち、結局GWは帰って来れなかったね」


 脱衣所から戻ってきた紅葉が味噌汁を口に運びながら、残念そうな声音で呟いた。

 世間は昨日までGW。

 本来なら俺たち家族は久しぶりに4人揃ってGWを過ごす予定だったのだが、仕事先でトラブルが起きたらしく予定が流れてしまった。


「こればかりは仕方ないだろ。急な上に、父さんたちの代わりを探すなんて難しいんだから」

「うん。分かってはいるんだけど......」


 紅葉が納得できないのも無理はない。

 友達はGW中、家族でいろいろなところへ旅行に行ったというのに、我が家は精々俺と二人でギリ県内のショッピングモールへ買い物に出かけたくらい。

 そんなものGWでなくとも土日であればいつでも行ける。

 子供らしい我儘わがままと言ってしまえば身も蓋も無いが、紅葉は実際14歳とまだ十分子供の範疇はんちゅうだ。


「埋め合わせは必ずどこかでするって、昨日チャットでそう連絡も来てたし。そんな暗い顔すんなよ。ひょっとしたら来月のインターハイ予選、観に来てくれるかもしれないぞ?」


「ホント!?」

「当人たちじゃんないから断念はできないが、俺の方からもお願いしておくよ」

「絶対だからね! もしダメだったら一週間口を聞かない刑に処すから、そのつもりで」


 少しでも元気を出してもらおうと無責任な言葉をかけてしまった俺を、紅葉は期待の眼差しを向けニタと笑った。

 家でも誰とも口を聞かないのが続くのは流石に辛いので、これは何としてでもあの二人にはその日だけでも有給を取るよう説得しなければ。

 ふとテレビ番組の占いコーナーに目をやれば、今日の俺の運勢、水瓶座のA型は最悪。

『口は災いの元なので注意』......できればもう二・三分ほど早く言ってほしかった。


 ***


 一学期が始まって一ヶ月も経過すると、クラスの勢力図というのはほぼほぼ構築される。

 昼休みの教室を見渡すとそれがよく分かり、まるで世界地図でも見ているような気分。

 机同士をくっつけて南米大陸風を形成させているのは、クラスのカースト上位に位置する陽キャグループ。

 ギリギリ校則に引っかからない程度に着崩した制服をまとい、美意識高いアピールを全身で表現した男女が賑やかに食事の時間を楽しんでいる。


 その一団を中心に、周辺には複数の小さなグループが点在し、同じくそれぞれの時間を気心の知れた者たちと楽しそうに過ごしている。

 そんな彼ら彼女らを横目で見ながら、俺は誰にも声を掛けられることもなく教室から飛び出し、いつもの場所へと向かう。

 一人で食べる食事は味気ないものだが、かと言って誰かと一緒に食べようにも皆怖がって逃げてしまう。

 全てはこの父親譲りの三白眼とハスキーボイスがいけないんだ、と理由を付け、今ではすっかり学校内で必要最低限の会話はしないことが当たり前。


 俺が変なわけではない。


 むしろ周囲が強迫観念に釣られて徒党を組まないといけないと思っている方がおかしい。


 人気ひとけの無い屋上に続く階段を昇り、扉の横に備えられた窓のふちをガチャガチャと左右に揺すってみる。

 すると窓は何の抵抗も無く開き、そのまま俺はまたいで屋上に侵入した。

 花粉症シーズンも終わり、雲一つ無い快晴の今日は、絶好の屋上ランチ日和。

 あまりの陽気の良さに食後に眠ってしまいそうだが、それもいいだろう。

 最悪授業に欠席しても問題ない。どうせ俺がいない方がクラスの雰囲気も良いに決まってる......なんて卑下ひげしながら腰を下ろし、弁当の入った布袋を広げる。が、そこで何やら視線のようなものを感じ立ち上がる。


 ここ屋上は普段立ち入り禁止になっていて、侵入できるのは俺みたいに窓の開け方を知っている極一部の人間のみ。

 そして隠れられそうな遮蔽物といえば――目の前にある塔屋の上しかない。


 一度気になりはじめるとどうしても確認しないと気が済まないタチなので、弁当をそのまま地面に放置し、静かにゆっくりと塔屋のはしごが設置された側に向かおうとした――その瞬間ときだった。


「そこの貴方! こんなところでいったい何をしていますの!」


 塔屋の上から特徴的な向日葵色寄ひまわりいろよりの長い金髪をなびかせ、見覚えのある気の強そうな女子が仁王立ちで現れた――と思ったら、


「......黒......だと」


「へ? ......きゃっ! どこを見ていますの!? このへんた......あ」

「!!!??? ったく、もう!!!」


 他意はない。

 敢えて言わせてもらえば、風のある日に塔屋に昇ったこの女が悪い。

 にもかかわらず、俺は今から落下してくるであろうこのクラスメイト――虹ヶ咲璃音にじがさきりおんを助けなければいけなかった。


「ッ!!!!!!」


 なんとか彼女をお姫様抱っこで受け止めるが、足と腰への衝撃が結構やばかった。

 日頃から筋トレしていなかったら、おそらくダイビングボディプレスをくらっていた形になっていたと思う。やはり筋肉は裏切らない。


「あ、ありがとうございます......」


 頬をほんのり朱に染めている虹ヶ咲をそっと下ろす。

 こいつの性格的にお礼を言うキャラではないので、ちょっと唖然して目が点になる。


「そんなことより、お前の方こそどうしてこんな場所に。ここはお前みたいなお嬢様が来るような場所じゃないだろ」

「わたくしがどこでくつろごうがわたくしの勝手でしょ? それとも何ですの。ここは貴方の敷地だ、とでもおっしゃりたいのかしら?」


 大方、一人気楽に休める場所を探していたら屋上に流れ着いた説が有力だろう。


 命の恩人にまくしたてる、このいかにも悪役令嬢っぽい女が学校に転入してきたのは、先月の始業式当日。

 見た目の気品溢れる美しさに比例して、家柄も相当なお金持ちの家であるらしい彼女は当然転入早々クラスの人気者となる――が、その天下は一週間で終わりを迎えた。

 学校一の人気を誇る男子を大勢がいる前で盛大に振ってしまい、以来彼女は全女子生徒の敵と認知されてしまったのだ。

 ただでさえ女は嫉妬深い生き物だというのに、あれだけの毒舌を交えて人気者を公開処刑してしまっては恨まれても仕方がない。


「なわけあるか。お前と同様、ここで昼食取るつもりでやってきたんだよ」

「あら、それは残念でしたわね。今日からここはわたくしのテリトリーになりましたの」

「ほう。どんな理屈でそうなったのか説明してもらおうか」


 俺としても、ここで引きさがるわけにはいかない。

 せっかく手に入れた安住の地を、こんな横髪ドリル女に奪われたとあっては末代までの恥。

 レディファースト?

 悪いな。俺は真の男女平等主義を貫く者。

 仮にこの女が頭部に備えた横髪ドリルで襲ってきたとしても、問答無用でそれを引きちぎり、そのあとドロップキックを追撃で放つくらいの気概は持っている。


「ええ良くってよ。庶民の貧しい脳みそでも分かるようかみ砕いて説明して差し上げますわ」

「よろしく頼むよ。中身が残念な、見た目だけの張りぼてお嬢様」


 売り言葉に買い言葉で、お互い鋭い視線で睨み合う俺たち二人。

 

 ――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~。


 いつゴングが鳴ってもおかしくない、この殺気だった雰囲気を終わらせたのは、目の前から聴こえたなんとも気の抜ける腹の虫の訴え。


「......お前、まだメシ食べてないのか?」

「う、うるさいですわ! わたくし、いまダイエット中ですの!」

「だとしても腹が鳴るってことは、身体が栄養を欲してる合図だぞ?」

「余計なお世話ですわ! このくらいどうってことはありませんので、放っておいてくださいまし!」

 

 恥辱で顔を赤らめる虹ヶ咲は、声を張り上げて否定する。

 よく見れば瞳もどこか生気が無く、息も絶え絶え。

 この様子だと、昼食どころか朝食も抜いている可能性が高いな。

 見た感じ細い身体してるのにダイエットとは......まったく、世話のかかる悪役令嬢様だ。

 

「ほら、俺の弁当やるから食え。まだ口はつけてないから安心しろ」

「結構! 庶民からほどこしを受けるつもりはありませんわ!」


 案の定というか、人が好意で弁当を手渡そうとしても虹ヶ咲はそれを受け取ろうとはしなかった。

 だとしても、飢えた野良猫みたいな瞳でいる彼女に何かあったら非常に寝覚めが悪い。


「ああそうかい。んじゃ、そこの生意気な野良猫にでもあげてくれ」

「......え? ちょっと!」


 俺は弁当箱の入った布袋を投げるように無理矢理手渡した。

 反射的に受け取った虹ヶ咲が困惑した表情で俺を見つめる。


「容器は明日にでも返してくれればいいから。じゃあな」


 問答している時間も惜しい俺は背を向け、そそくさと屋上をあとにした。

 たまには学食もいいかもな――そう自分に言い聞かせる俺の胸中は、柄にも無いことをしてしまったという気恥ずかしさでざわついていた。


          ◆

 第1話を読んでいただきありがとうございます!

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