第14話  星占いの招かれざる客③

「逢いたい?」


 水晶から目を離さずに、彗琳は呟いた。逢いたいとは、何だ。まさか、私の策略がばれたのか?そうなれば、永荒(牢屋)なる場所に入れられて、二度と娑婆には戻れないだろう。


 そもそも、皇太子が何故、こんな場末の街に来る?


 水晶に触れているので、次々と思考が巡って来る。そうすると、蒼龍梓睿(ジルイ)についても、はっきりと見えるのだ。


(そう言えば、占ったことはなかったな)と玉彗琳は今更に気付き、水晶に両手を翳してみた。


「逢いたいという理由に、何の不思議が」皇太子はそっちのけである。


 ――わたしと、蒼龍梓睿(ジルイ)の関係は……。


「見えない」


 蒼龍梓睿(ジルイ)が「え?」と言う風情で身じろぎをした。


「アナタと、私の未来は白紙です」


 玉彗琳はきっぱりと告げたのだ――。


***


「あの、皇太子は」

「しばらく面会謝絶だそうです、鳳琳様」


「……」以前よりは強くなったものの、根っこは変わらずに育ったらしい。鳳琳は慣れた手つきで、皇太子の家来を下がらせて、ドアの青銅の取っ手を掴んで、ガアンと鳴らした。


「半日のスケジュールをふいにし、視察にお戻りになるなりその様は」


 角際で上掛けを被ったままの皇太子は顔に影を落としたまま、動かない。


「私との未来は白紙だそうだ」


 ……話が見えないのは、いつものことである。たくさんの兄に囲まれ、権力構図の中で生きて来た末っ子気質の蒼龍梓睿(ジルイ)はことあるごとに引きこもった。

 それを、光の元に引き出した人物が、初代武大師の玉彗琳なる女官である。蒼龍梓睿(ジルイ)は姉弟でも、優秀で、亡き母である妃は梓睿(ジルイ)を世継ぎにするよう、占いで聞いている。しかし、兄たちはそれが面白くない――。


 第一皇子に怯えて過ごした他の兄妹たちは、姿を消してしまい、今は亞夢様と、梓睿(ジルイ)様だと言われている。


 ――本人の外で、陰謀は動くものだ。


「白紙? すっきりして良いのでは……」


「玉彗琳……どれだけ苦労して探し出したと思っているんだ……! 今から詮議しても良いんだ! 科挙に調査させて!」

「それを本人の前で仰ればよかったのでは」

「言えるか」


 思う存分伸ばした髪を床に垂らすと、梓睿(ジルイ)はゆらりと立ち上がった。髪が少し焼けて、金色に見える。


「では、玉彗琳を王宮に呼び戻しましょう」

「いや……彼女は嫌で出て行ったのだろう。それを想うと、心残りで、こう、胸がモヤモヤするのだ、鳳琳。兄に捨てられた女官など、山ほどいる。だが、玉彗琳は違うのだ。こう、胸がモヤモヤ……」


 ははーん。と鳳琳の中で電球が灯るようになった。蒼龍梓睿(ジルイ)はよくも悪くも真っ直ぐである。しかし、鈍い。


 ついでに言うと、玉彗琳はもっと鈍い。


 どうしたらよいのかと、梓睿(ジルイ)は長い髪を編み始めた。それも、玉彗琳が教えたことだろう。母親のように思っているのか、それとも情人か。そこは知らないが、蒼龍梓睿(ジルイ)はどうやら玉彗琳に恋の執着を持っているらしい。

 ――これは、面白いかも知れないぞ、花卉様。


 亡き蒼龍の王妃、梓睿(ジルイ)の母を思い出して、鳳琳は少し切なくなった。


「明日、また逢いに行く。このままでは、納得が出来んよ」


梓睿(ジルイ)は目を細めると、外に視線を向けた。高台のある王宮からは、玉彗琳のいる町は全く見えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る