貴方がこの話を読んでいる頃には

 貴方がこの話を読んでいる頃には、私はもうこの世にいないだろう。


 大事な大事な遺書のような話を、こんな、非常に陳腐な書き出しで始めてしまうことをどうかご容赦願いたい。なにぶん、人生で本当に最後に書いた文章というわけでもなく、今後の自分の動きが全然わからない状況で手探りで書いて予約投稿している。残念なことに、想像力の解像度が自分のリアルな死のかたちに追い付いていない。所詮、私はその程度の書き手だったというだけの話である。


 私、というのは、『令和の実話系怪談(短編集)』で執筆を担当している人物という意味で、七人組のそれぞれの頭文字をとって命名された執筆者集団『今迫直弥』のメンバーの中で『いの字』から始まる人物を指す。ちょうどこれを打鍵している私が当人であるので、私自身からは何の違和感もないが、もしかすると貴方にとっては、一体自分が何を読まされようとしているのか、意味が分からないかもしれない。

 『今迫直弥』はあまりにも忌まわしく死に纏わりつかれており、関係者が死に過ぎている。詳細を語っても気が滅入るだけだし、今更貴方に何ができるわけでもないのでここでは話を捨て置くが、私自身は、その運命にも似た何かから逃れるため、自分なりに健やかに暮らすことを目指してきたつもりだった。ただ、ここにきて『やの字』が殺されて、『今迫直弥』の過半数があの世に旅立ってしまった以上、覚悟を決める頃合いだと思っている。

 おそらく、この世界に、生きている今迫直弥は一人も残らない。

 ただ、その文章自体も、「人間の死亡率は100%である」という当たり前の言説を感傷的に言い換えているだけに過ぎないことが、虚しくてならない。


 最も上手くいけば、私は殺人事件の被害者として死亡したということになるはずだが、どうだろうか。先月中に、千葉県我孫子市または柏市で、四十代男性が三十代の妻に刃物で刺されて殺されるか、あるいは妻が無理心中を図ったと見られるような何らかの事件は起こっていないだろうか? 私の職業と妻の状況を考えると、実名が報道されるとは到底思えないし、規制もかかるだろうから、続報は殆ど出て来ず、他のニュースにすぐ埋もれてしまうことだろう。ネット検索で当該事件がすぐ出てくれば御の字、少し手間になるが、新聞の地方版を当たるしかなくなるかもしれない。勿論、そこまでする義理も何もないので、別に気にしなくても良い。私が貴方だったら、絶対に検索などしない。むしろ、ブラウザバックして今すぐこの作品を読むことを辞めるだろう。読み進めても得られるものが何もなく、ただただ陰鬱な気分にだけさせられそうだからだ。それは最早、呪いの一種である。

 殺されなかったのに私が死んだのだとすれば、不摂生がたたって急に心臓でも止まったか、車にでもはねられたか、そのいずれかだと思う。ろくなものでない。一念発起して自ら首を括るほどの勇気はないはずなので、不測の事態であったことは間違いないだろう。最期まで失敗ばかりの人生である。


 私が死んだ後、このアカウントはどうなるのだろうか? おそらくどうもならず、更新されないまま放置されることになるはずだ。だが、場合によっては、アカウントのパスを知っている共同名義人が新作を投稿したりするかもしれない。そうなると、この章も他の章のようにただのフィクションに堕し、私の死もべったりとした虚構で糊塗される。新作の作者が私でない者になっていたとて、それを識別する術も識別しようとする人間もいない。であれば、カクヨム上では私が生きているのと本当に何も変わらない。


 つまり、この章は実質的には遺書でも何でもなく、ただ貴方を怖がらせ嫌な気持ちにするためだけに書かれた文字列に等しい、ということになる。我ながらあまりにも悪趣味だと思ったが、大抵のホラー作品というものもまさにそのように換言されることに気が付いて、どこまでいっても陳腐な存在に過ぎない自分のことをより一層嫌いになる。



 心のどこかで、助けてほしいと思っているが、救われてはいけないとも感じている。その狭間で生きているから、こんなにも息苦しい。


 貴方がこの話を読んでいる頃。

 どんな形でも良い。この私が、今迫直弥ではなく、この文章を打鍵してここまで作成したこの『』自身が、安らぎの中にいることを願わずにいられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る