制作裏話(Eルート)

「結局、現実の人間が一番怖い。手を変え品を変え、それだけを伝えているつもりです。ただ、知人が起こした殺人事件がきっかけで、気の合う友人みたいな存在が一人増えることになるとは思っていませんでした。人間が一番怖いですが、人との縁が大切であることも間違いないですから。この歳になると友人なんてなかなか出来ないですし、その点は素直に嬉しかったです」

「だからこそ、この章を公開するかどうか迷いました。出来たばかりの友人を一人失うことはほぼ確定しているのに、メリットは殆ど何もないので。それでも、そろそろネタバレしてもよい頃合いだと判断しました。何より、この章を書かなければ、この作品を真の意味で完結させられないと思っています」

「制作裏話というより、このアカウントの開設の裏話になります。今迫直弥というのが、私を含む高校の同級生の仲間で作った合同のペンネームであった旨を別の章(『続・カフェ巡り(予告編2)』)で説明しました。『いまさこなおや』がそれぞれのメンバーの苗字の頭文字なので、七人組であったという話になります。主導的な立場であった人間は亡くなっており、他のメンバーに許可を得て今は私が単独でこの名前を使っている、とも説明したのですが、ここにはさらに黙っていた話があります」

「まず、今迫直弥の主導的な立場であった人間(以降、担当していた文字をとって『やの字』と呼びます)を含め、メンバーのうち四人が既に亡くなっています。うち三人は自死です。今迫直弥には異常なほど死が付きまとっており、このあたりからインスパイアされた物語が、カクヨムに最初に投稿した『今迫直弥を名乗る人物からのメールについて』です。別に、呪いとかそういうことではないと思っています。単に、私自身含めて『死にたがり』の人間が陰の力で結びついていた集団だったということでしょう。死ぬ理由なんて、それこそ死ぬほど転がっていますよね。友人にこれ以上死んでほしくないと感じる気持ちすら、『自分が嫌だから』という自己中心的で傲慢な願望なのではないか、と思い詰めて頭がおかしくなりそうだった時期もありました」

「ただ、この世界はそんな綺麗事だけでは回ってないんですよ。このアカウントを開設したきっかけは、『やの字』が死んだことです。表向きは、彼が携わっていた作品をこの世に残すこと、みたいな理由にしてありますが、本音は別のところにあって、端的に言えば、復讐です。私は『やの字』を恨んでいます」

「『やの字』は、今迫直弥のメンバーが合同で書いた作品について、無断で様々な新人賞に応募していました。中には、元々『やの字』が一文字も関わっていなかった作品もあります。それらを、ちょっとだけ自分で手直しして投稿していたんです。結果的に、殆どの作品は箸にも棒にも掛からず、全作品が落選したので、彼がその行為から何か利益を得たわけではありません。でも、だからといって許される行為ではないでしょう。明らかな著作権侵害ですし、人として、モラルはどうなっているんだという話です」

「彼は、終始ネガティブな人間でしたが、こと執筆に関してだけは過剰な自信を持っていました。特に、収拾がつかなくなりそうな話をうまくまとめて着地させる、という技術に長けていたように思います。これは、複数人で共同執筆している場合には不可欠な能力ではありましたが、クリエイターに必要とされる王道のものとはおそらく少し異なります。そのあたりに本人が自覚的であったかどうかは定かでないですが、『やの字』は一人でも面白い小説を書ける自信があったようです。自分に足りないものは、『作者の特異な経歴』だけだと思っていたきらいがあります。世の作家が全員話題性だけでデビューしているわけでもあるまいに……。業界全体への冒涜ですよ」

「今思えば本当に、何故あんな奴と組んでいたのか、という話ですが。自分の人生の一番の黒歴史と言って良いかもしれません」

「『やの字』が作家になることはありませんでした。当然ですね。私と同じで、いつしか筆を折ったようです。詳しい話は知りません。私は彼と仲違いして長年関係を絶っていましたので。その間、彼が独力で何作品くらい書き上げたものか、どれくらい投稿を続けていたものか、そういったことは把握していないのです。二十年近く前に共同で書いていた頃の昔の作品のデータだけが手元にありました」

「『やの字』が死んで、今迫直弥の過半数がこの世からいなくなったことになりました。私は、残りの二人(まともな社会生活を送っている人間ではないです)を適当に丸め込んで、共同で書いていた頃の作品をアップするために今迫直弥のアカウントをつくりました。私は、『やの字』が絶対的な自信を持っていた作品群が(少なからず自分も関わったものもあるのですが)、全世界向けに公開されたとて誰に顧みられることもなく、微塵も評価されないだろうことに賭けていました。時代が早すぎたわけでも何でもない、たんなる実力不足であることを露呈させたかったのです。事実、ことは期待通りに運び、私は後ろ暗い悦びを感じました。万に一つ、過去の作品が高く評価された時は、正直、黙ってその名声を享受するつもりの二方面作戦でもありました。私は、承認欲求が満たされても満たされなくても、どちらに転んでも得しかない状況であることに気付いて、作品の公開をしています」

「私が、過去の作品の公開だけでなく、よくわからないエッセイ紛いの雑文を書き続けているのは、チキンレースみたいなものです。物語が書けなくなった、という名目でプライベートの切り売りをしています。これは端的に、匂わせ、というやつですね。情報を丁寧に拾っていくと、いつか、私の正体(別名義)に行き着くことができるというラインまで来るでしょう。時、私の復讐は完成するのかもしれません。今のところ、それが失敗する見込みは全くないように見受けられます。今迫直弥のアカウントは、何を書いても誰にも問題にされない無名の無敵アカウントを維持しています」

「既に気付いている方が多いかもしれませんが、しっかり書かないと、思ったより伝わらない場合もあるようなので、明示しておきます。『やの字』の死因は自死ではありません。出血性のショックか何かだと思います。配偶者に滅多刺しにされて殺されました」

「犯人である配偶者は、他の章でNというイニシャルで記述されている人物であり、私の研究室の後輩の女性です。勘違いしてほしくないですが、別にこれは伏線回収であるとか、衝撃の事実であるとかいう話では全くないです。そもそも、各章でフィクションとして好き勝手に加工した部分も多いので、辻褄もあっていないんじゃないですか?」

「話は結局、冒頭に戻りますよ。現実の人間が一番怖い。それだけです」

「私も、このアカウントでは知人の死を弄び過ぎました。他の人間がやっていたら素直に軽蔑すると思います。そんな人間が、表向きは涼しい顔して社会生活を送り、あまつさえ、犯罪をやめろだの、自死したい人がいたら手を差し伸べてあげてだの、真顔で主張しているんですからね。本当に胸糞の悪くなる話です」

「どの面下げて、続きを書く気なんでしょうね」

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