いいわけする刑事

広之新

第1話

「言い訳するんじゃない! 犯人はお前に決まっている!」


 少し薄暗い部屋にやけにまぶしい卓上スタンド・・・それを前に私は2人の刑事に責められていた。いつもは向こう側にいるが、こちら側に座るといつもとは違う圧迫感を感じる。ここは私の所属する部署とは違う城南署の取調室だった。


「私じゃないんです。あのビルにはもう一人、いたんです。」

「嘘をつくんじゃない! そんな者は誰も見なかった!」


 2人の刑事は私の言葉をはなから信じていない。このままでは私は犯人にされてしまう。何とかしなければ・・・私は焦りを感じていた。

 私がこの状況に陥ったのは昨日の夜のことだった・・・。


       ――――――――――――――――――――――――


 私たち捜査1課第3班はある男を追っていた。それは香川雄介、合成麻薬の運び屋だ。彼は麻薬シンジケートの主な構成員の一員であった。

 合成麻薬は最近、若者を中心に多く世間に出回っていた。それにより多くの人たちが中毒になり、大きな社会問題になっていた。捜査局はその合成麻薬の背後には大掛かりな麻薬シンジケートがあると踏み、城南署などの所轄とともに全力を挙げて捜査に挑んでいた。

 しかし捕まるのは末端の売人ばかりでなかなか幹部のところまでたどり着かない。手がかりをつかんでもそれが消されてしまうのだ。例えば目を付けた人物が殺されてしまったり、大きな取引の情報をつかんでもそれが行われなくなったり・・・そのことは捜査員の中に内通者がいると思われた。そこで捜査1課第3班が捜査に当たることになった。そして早速、香川のことをつかんだのだ。彼をたどると麻薬シンジケートのことだけでなく、内通者にも行きあたると・・・。


 その夜、私と藤田刑事はタレコミを受けて香川と思われる男を繁華街で発見した。黒い帽子とサングラス、そしてマスクをして顔を隠している。だが私たちはその身柄を押さえることはせず、彼を尾行した。香川がシンジケートの幹部か内通者と接触すると思われたからだ。彼は夜のまぶしいネオンの街を通り過ぎ、さびしい町工場の集まる地域に向かっていた。そこは昼間の喧騒さとは裏腹に、不気味なほど静まり返っていた。


(どこに行くんだろう?)


 藤田刑事と私はそっと香川の後をつけた。だがそこは人通りの少ない場所、2人で歩く私たちは香川に尾行だと気づかれてしまったようだ。彼は角を曲がると急に走り出した。その気配を感じた私たちは急いで後を追いかけた。ここで見失ったら、捜査がとん挫すると思って・・・。


(尾行には気づかれてしまったが、参考人として事情聴取すれば内通者のことが分かるかもしれない。)


 とにかく今は香川を捕まえるしかないのだ。私はそのまま後を追い、藤田刑事は向こう側から回り込むためにわき道にそれた。挟み撃ちで捕まえようというのだ。

 だが香川はあるビルの前まで来ると、周りを見渡してからその外階段を上がり始めた。あとから来た私はかろうじてそれに気づくことができた。


(こんなところで誰かに会うつもりなのか・・・)


 私は音をたてないようにゆっくりと外階段を上がっていった。すると5階の踊り場で話し声が聞こえる。確かにもう一人、男がいる。よくは聞こえないが、なにやら言い合いをしているようだ。私はその男を確かめようとさらに階段を上がろうとすると、


「うわー!」


 という叫び声とともに急に上から大きなものが落ちていった。地面から「ドサッ!」とつぶれる音がして、私が下を見るとそれは香川だった。5階の高さから落ちて即死のようだった。


(上にいる男が香川を突き落としたんだわ!)


 私はすぐに階段を昇って行った。すると踊り場でその男に鉢合わせした。暗いためよく顔はわからない。ただがっちりした体格の男だった。


「何をしたの!」


 私は声を上げた。その男は私を突き飛ばして逃げようとした。私はそうさせまいとその男の手をねじり上げて倒そうとした。だが男の力は思ったより強く、私は突き飛ばされ階段のヘリで強く頭を打った。


「あっ!」


 私はその場に倒れた。めまいがして急には立ち上がれない。それでもなんとか立ち上がると男の姿はもうなかった。


「追わなきゃ・・・」


 私は頭を押さえながらなんとか階段の手すりにすがって下まで降りた。もう男の影はそこにはない。

 すると背後から声をかけられた。


「警察だ! ここで何をしている!」


 振り返るとそこには2人の男がいた。怖そうな顔でこちらをにらめつけている。


「階段から転落して男が死亡している。お前が突き落としたのか?」

「違います。捜査1課の日比野です。犯人を追っています。急ぎますから・・・」


 私が走り出そうとすると男の一人が私の腕を捕まえた。


「ちょっと・・・」


 私がそう言ってその手を振り払うと、もう一人の男が私の手をしっかりとつかんだ。


「殺人容疑だ。逃がしはしない。署まで来てもらう!」


 私は手錠をかけられた。その場に駆けつけてきた藤田刑事は唖然としていた。そのそばには上から落ちて即死した香川の遺体が転がっており、私が犯人として逮捕されたのだから・・・。


     ――――――――――――――――――――――――


 確かに香川は外階段で誰かと会っていた。だがそれを証明することはできない。探そうにも、私はその男の顔をはっきり見ていないのだ。それに私を逮捕した2人の刑事はそんな男を見なかったという。私は窮地に追い込まれていた。


 すると急に取調室のドアが開いた。そして城南署の赤田係長が顔を出して言った。


「釈放だ!」


 私が外に出ると倉田班長がいた。班長が上に掛け合って出してくれたようだ。


「すいません。班長・・・」

「日比野。ひどい目に会ったな。まあこれで仕切り直しだ。」


 班長はそう言って笑っていた。それで私はほっとした気持ちになった。

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