第3話 Traitor

 美咲が教室に向かうと、少し戸惑いを含んだ視線が集まって、すぐに誰もが目を逸らした。一度助けてもらったくらいで急に周りの態度が変わるなんて思っていない。それよりもあのいじめグループのメンバーも目を逸らしたことが嬉しかった。


 教室の窓側の隅の席に無言で座る。七希の席は反対側の廊下側の席。まだ空席のそこに七希が来たら、自分はどうすればいいだろう。頭の中で何度もリハーサルをした言葉を思い返しながら、美咲は七希を待った。


 七希の様子がおかしいと気付いたのは七希が教室に入ってきてすぐのことだった。今までならすぐに周囲に人が集まってきて話し始めるのに、今日の七希は黙って席に座っていて、クラスメイトも気付いていないように振る舞っていた。


 その光景に美咲は覚えがあった。


 それまで美咲に向けられていた無関心がすべて七希に向けられているようだった。

 にやりと下卑げひた笑みが美咲に刺さる。いじめグループの一人が美咲を見つめている。そこでようやく気がついた。標的は美咲から七希へと移っていったのだ。


 わずか数日、まるでそれが最初から決まっていたかのように無関心を装うクラスメイトたちは足並みを揃えてそれに従っていた。


 美咲は何も言えないまま、自分の席に座って動けなかった。予鈴が鳴ってホームルームのために担任の教師が入ってくる。気づいているのか気付かない振りをしているのか。淡々と今日の出席確認が始まった。


 美咲の視線はずっと俯いた七希に向かっている。いつこれは全部美咲を驚かすための嘘だったと言ってくれるだろう、とありえない期待だけを抱いていた。


 七希の顔が美咲の方を向く。その目はほんの数日前の美咲と同じ。助けを求めたくてもできないという諦めを帯びた悲しい瞳だった。


 美咲はその七希の視線から、自分の目を逸らした。


 七希と仲良くすればまた同じようにいじめの標的になる。それが何より怖かった。無視するのはいじめと同じだ。同じだからこそ敵対していないという明確な意思表示でもあった。


 チラリと横目に映った七希の絶望に染まった表情は、本当に数日前の美咲によく似ていた。


 翌日から七希は学校に来なくなった。美咲へのいじめは少しだけ緩くなって、無視される程度に落ち着いた。


 二年になっても三年になっても七希は一度も学校には来なかった。美咲はずっと同じクラスで、七希が座るはずの空席を見つめるばかりだった。


 拭いきれない罪悪感。それが贖罪しょくざいだと感じながらも、美咲は自分が七希を追い詰めたことを考えないように過ごしていた。

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