第六話

 買った自転車を漕ぎ、廣哉の行き付けらしいパチンコ屋に着いた。

「しっかし、あの車マジ許せねぇ。あの車に跳ねられなかったら死ぬ事はなかったんだろうし。トドメを刺しやがって」


 今の時間帯は割と空いているという読みが的中し、ご満悦の様子でパチンコ台に向かった廣哉はハンドルを回しながら云った。


 「犯人捕まったかな」

「捕まったよ」

「えっ、マジでっ!? どんな奴?」

「チンピラ」

「やっぱりな。死んだ映像見せられた時、何かそういう系の車っぽいって思ったんだよなぁ」


 それから廣哉は、「バイク買って一ヶ月であの様だよ」、「あれ結構レア物だったしよー」、「親父から借金したままだし」などと嘆いた。


 「てか、バスケしてぇな」

廣哉はそう云うと、高校最後のバスケの県大会を振り返る。

「どっかの誰かが大事な**戦でインフルやらかすし」

「だからホントに悪かったって」

俺は一向にコツを掴めないパチンコ台を睨みながらそう返す。

「お陰で惨敗だよ惨ぱぁい」

二人の高校が負けた三回戦は、廣哉の誕生日の三日後、そして、彼の事故死の一週間前だったのを思い出す。


 「いや、俺がいてもきっと同じ結果だったよ。相手は**なんだし」

「いやいやっ! どっちにしろ、あんーな大事な試合の時にインフルやらかす体調管理の甘さはスポーツマン失格だねっ! もう、スポーツマンの恥だぞ、恥ぃ!」

「はいはい……」

他の部員や同級生から暫く浴び続けたバッシングに因って増した悔しさが、再びうずく。


 「美紗希の奴、元気なのか」

ふと、自身の交際相手だった河嶋美紗希の近況を訊いた廣哉に、「元気なわけないだろ」と返す。

「まぁ、そうだよな」

「毎日大泣きしてたぞ」

「そうかぁ、済まないなぁ、あいつには」

廣哉は肩を落とす。


 「葬式の時なんか、河嶋の泣いてる声でお坊さんのお経完全にかき消されてたからな」

「ははっ、何か、すげぇ浮かぶわ、その光景」


 「お前等、しょっちゅう喧嘩してたよな」

「してたねぇ。デートの時なんか喧嘩になんなかった事なかったんじゃないかな」

「お前等のデートの話、いっつも喧嘩したのがメインになってたもんな」

「デートしに行ってたんだか、喧嘩しに行ってたんだか解んなかったわ」

「部活中も喧嘩してたよな」


 「してたねぇ。あいつ口うるさいからなぁ。練習不足だの、栄養不足だの」

「マネージャーだからな」

「まぁ、そうだけど」

廣哉は、ふっと笑う。


 「笠原も泣いてたぞ」

「嘘っ?」

目を丸くした廣哉が俺の方を向いた。


 「あの、鬼の顧問、笠原がっ?」

「そう。お前が死んで最初の練習の日に笠原がちょっと喋って、その時に感極まって泣いたわけ」

「へぇー、あの男にも涙腺があったんだな」

「びっくりだよな。皆もびっくりしてた」


 「部員全員に嫌われてたもんな」

「ホントだよな」


 気付くと二時間程パチンコを打っていた。

廣哉の足許には、パチンコ玉が満杯に入ったケースが幾つも積み上げられている。

 

 店が見える度にそれ等を俺に紹介していく廣哉の提案に因り、ボーリング場に自転車を停めた。


 部活帰りによくボーリング場に行っていた三、四人の部員の一人だった彼と、「散々バスケやってまだボール触りたいのか」と、毎回呆れて誘いを断っていた俺とのボーリングの技能の差は、歴然としていた。

 

 蛍光灯の光を浴びた無数の窓が並んだ寮が見え始めた。

ついさっきまで薄暗い程度だった筈の空は真っ暗だ。


 廣哉は外灯に照らされた砂地を進むと、門扉の数十メートル手前に設置された小さなエレベーターの前で停まり、〝試験被験者専用立体駐輪場〟と書かれたそれの横に付いた指紋認証装置に指を当てる。

〝ピッピー〟と音が鳴るとドアが開き、自転車を乗せたエレベーターは下降した。それから、彼に倣って俺も自転車をエレベーターに収納した。


 雨や雪が降る事がないらしい空には、月も太陽もないが、何故か、夜には暗くなり、朝になるとまた明るくなる。

〝境〟の〝国〟と書いて〝サカイゴク〟という名前らしいこの世界の、一見死後の世界とは思えない見慣れた光景の数々が、かえって不思議だ。

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