第三話

 《死亡》という言葉が、消化されないまま頭の中を徘徊している。

あの女の反応からそれは真実であるらしいと推測出来る事が、更に俺を混乱させる。


 此処は、《死後の世界》なのか……。

いや、違う。

そんな馬鹿げた話がある訳がない。

あの女は、あの事件の被害者なのか……。

いや、違う。

そんな馬鹿げた話がある訳がない。

振り子が動く様に、肯定と否定の往復を繰り返している。


 自分が置かれている状況が全く理解出来ないが、とにかくあの男には逆らってはならない。

何故かそれだけは強く胸に刻まれている。

あの男が納得する容姿で、整形していない女。

俺は通行人の容姿に注意しながら、再び商店街近辺を歩く。

 

 煉瓦の壁の、アクセサリーショップらしい店の木製のドアが開き、出て来た女が目に留まった。

白い小さな紙袋を提げた、赤いワンピース姿のその女に、近付く。


 「ちょっと、俺と、その辺歩かな――」

「えっ!? マジでっ!? ホントにぃ!? 行こ行こっ!」

女が馴れ馴れしく俺の腕に抱き付くと、強烈な香水のにおいが襲った。

何なんだ、この女は……。

端整な顔立ちとテンションとのギャップに引いた。


 「あたし最近さぁ、彼氏に二股掛けられて超ブルーだったからさぁ、こんな超グッドタイミングでナンパされて超嬉しいんだっ! 何か救世主って感じっ! 何か、元カレの事は完全に吹っ切れちゃったっ! もうあんな奴大っ嫌いだもんっ! もうあんな最低男、顔も見たくないしっ! で、これから何処行くの?」

「あぁ、いや……、適当にその辺――」

「あ、そうだ! 名前云ってなかったよね! あたしね、アズサっていうの。友達とかにはね、よく〝アーズン〟とか〝アズアズ〟って呼ばれてたのっ!」


 彼女の内面が自分の嫌いなタイプである事が確定したが、そんな事はどうでもいい。

黙っていれば割と悪くない容姿の彼女を公園に連れて行く前に、一つ確認すべき事がある。

「あのさ……、変な事訊くけど、整形とかって、してないよね……?」

「整形っ!? 何ぃ急にぃー!? ウケんだけどぉ! 整形なんかしてないしぃー! もぉー、何整形ってぇー!」

女は俺の肩を何度も叩く。

茶髪の隙間で、黄緑の蛍光色の大きなピアスが揺れている。整形はしていないのか。ひとまず俺は安堵する。


 「ねぇねぇ、名前なんてぇーの?」

女は俺の腕を掴んだまま云った。

俺は仕方なく名乗る。

「じゃあ……、〝ター君〟だねっ!」


 それから女の質問責めが始まった。

――ター君で今まで何人と付き合ったの?

――ター君はどんな娘が好きなの?

――ター君は彼女いない歴どれくらいなの?

自分が付けたあだ名が余程気に入ったのか、いちいちそれを発する女の質問に、「教えねぇよ」と拒否を貫いていると、女はスネ出す。

 

 「てか、公園行くってさっき云ってたけど、途中何個か公園あったじゃん……。もう、公園なんて何処でもいいよ……」

大した距離を歩いていないにも関わらずへばり始めた女は、不機嫌な口調で云った。

「もう着くから」と俺は返す。


 男は女に近付き、その顔を凝視する。

「な、何さ……」

「彼女の容姿は美しいと云えるでしょう」

「え? 何? 何云ってんの」

スーツ姿の女はさっきと同様、タブレットの両端を持ち、レンズを狼狽える女の顔に向ける。

「え、何? 何なの? 何この人達。何か怖いんだけどぉ。何なの」

タブレットは〝ピピピッ〟と鳴った。


 「イチウラアズサさん、享年十九歳。知能、Dランク。身体能力、Cランク。死因、自殺」

「え、何で、あたしの事知ってんの……。てか……、何これ……」

シタラはタブレットに目を向けたまま、続ける。


 「一九××年九月二日、料理人のツジモトハルキさんと、専業主婦のキヨミさんとの間に、第二子として誕生。**市立**高校に入学して約三ヶ月後、退学。後に妊娠六週目である事が判明し、バー経営のイチウラシュウマさんと入籍。やがて、子宮内胎児死亡が判明。死産から約二週間後の五月十六日、灰皿でシュウマさんの頭部を殴打し、殺害。その数十分後の二三時頃、マンションの七階である自宅のベランダから飛び降り、《死亡》」

女は云った。

「以上が、彼女の生前のデータです」

「な、何!? 何なのっ!? 怖いんだけどっ!」


 「彼女は殺人を犯したという事ですね」

男は女の顔に目を向けて云った。

「罪を犯す様な女性は美しくありません」

「うるさいっ! あんたに関係ないじゃん!」

女は叫ぶ。


 「何であたしが、殺人犯呼ばわりされなきゃいけないの……! お店が売れないからって、毎日毎日殴られて、それで……、あいつのせいで、赤ちゃん死んじゃったんだから……! あの時だって、無意識にやっちゃったっていうか……。まさか、あいつが死ぬなんて思ってなかったし……。あれは正当防衛だもんっ!」

次第に涙声になりながらそう云った女は、公園を出て行った。


 「《試験》を再開して下さい」

「人殺した事あるかどうかなんて、関係ないだろ」

「容姿も心も美しい女性でなければ、《試験》は合格となりません。そういった女性を見極める能力の持ち主である事が、《天国》の住民に相応しい人材と云える条件の一つなのです」

男の口から、また《天国》という言葉が出た。


 「仮にあれが事実として、女のやった事は、女も云ってた様に正当防衛じゃないのか……」

「正当防衛だろうと何だろうと、犯罪は犯罪です。殺意の有無など関係ありません。《試験》を再開して下さい」

この男には、逆らってはならない。

デジタル表記は、再び作動した。

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