冒険者ギルド

 

 部屋の窓から明るい光が差し込んできた。


 どうやら朝になったようだ。


 腕の中で目を閉じているイリエステルを起こす為に声をかけた。


 「イリエステル、朝だ。起きてくれ」


 声をかけるとすぐに目を開き此方の方へと顔を向けて来た。


 「起きた、今日はどうする?」


 ………絶対に起きてただろ。とりあえず起きた事が確認出来たので体を起こしベッドに並んで座った。


 「今日……?今からでも森に帰るんじゃないのか?」


 「なんで?」

 

 なんで!?


 「………イリエステルは王都に居るのが怖いんじゃないのか?本当は今すぐにでもあの森に帰りたいんじゃないのか?」


 俺の独りよがりだった行動を責めてほしかった。そうじゃないと俺は彼女に申し訳が立たない。


 「……大丈夫」


 「え?」


 「貴方が一緒なら大丈夫」


 彼女からの信頼が苦しい。恩を返したくて、イリエステルの為にととった行動で逆に彼女のことを苦しめてしまった。彼女はそんな俺の何に大丈夫と言っているのだろうか。


 「だけど俺……イリエステルに無理をして欲しくは……」


 昨日の夜に見た彼女の不安げな表情が頭から離れない。

 

 「無理?」


 彼女はキョトンとした顔で聞き返してきた。


 「…………え?いつ呪いが周りの人を殺してしまうか不安に思っていたんじゃないのか?」


 「そんなことは起こらない」


 彼女は堂々とそう言い放った。


 「何故そんな……この手が離れてしまえばイリエステルは沢山の人を殺してしまうんだろ…………?俺がこんなところまで連れて来なければ………」



 「私がエデルの手を絶対に離さないから」



 「!?」


 堂々とした宣言だった。


 彼女はもしかして俺の不安を解消しようと………?


 ………しかし、台詞だけ聞くとまるで愛の告白のような感じだな。だが彼女がそんなつもりで言った訳ではないというのは俺にも分かる。今は何よりもまず気を遣ってくれた事に感謝しないとな。


 「その………すまな……いや、ありがとうイリエステル」


 「じゃあ今日は何処に行く?」


 ………彼女は本当に王都の何処かへ行きたいのだろうか?正直まだ怖い。昨日改めて俺のこの手に王都に居る人達の命がかかっている事を自覚して足が震えて来る。


 しかし俺はもう二度と誰かを孤独にはさせたくない。


 彼女の孤独が少しでも癒えるのならどうか後少しの間だけ王都に居させて欲しかった。


 「イリエステルはどんなの料理を食べたいんだ?」


 「料理はいらない」


 ん?俺達は料理を食べに王都に来たんじゃないのか?


 「じゃあ何処に行きたいんだ?」


 「エデルの知っている場所でいい」


 「俺の知っている場所?」


 俺の知ってる場所といっても俺自身王都に来たのは初めてだし、王都にある冒険者ギルドの話ならたまに村に帰って来る大人達から聴かされてはいたが……


 「ごめんイリエステル。俺も王都で知っている場所なんて冒険者ギルドぐらいしか知らない」


 「ならそこにいく」


 「いや、少なくとも観光目的で行くような場所では……」












 「……来てしまった」


 今俺たちは大きな建物を見上げていた。そしてその建物にはさまざまな武器や防具を身に付けたガラの悪そうな者達が出入りしていた。


 冒険者ギルドだ。


 この場所に来てみて改めて女の子を連れて来るような場所ではないという事を理解した。


 周りを歩いている男達が俺の事を親の仇のように睨んでくるのだ。


 最初は俺も別の場所にしようとイリエステルに伝えたのだ。しかし「エデルと一緒なら大丈夫」という謎の信頼を伝えられ、流されるままに此処まで来てしまった。


 しかしやはり此処ではイリエステルも楽しめないだろう。


 「ごめん、やっぱり別のところに移動しよう」


 イリエステルの手を引いて移動しようとしていると前方から歩いて来る冒険者らしきガタイの良い二人組の男と目が合ってしまった。

 

 「……行こう」


 嫌な予感がしたのでその男達とは逆の方向に進路を変更した。


 本当は向きを変えた後に走って移動したかったのだが周りに武器を背負った人間が多過ぎて満足に進むことすら出来なかった。


 人と武器で出来た壁を前に右往左往しているうちにとうとう二人組の男に追い付かれた。


 「そこの綺麗な嬢ちゃんを連れた坊ちゃんちょっと待ちな!」


 「此処は男女仲良くおてて繋いで来るようなところじゃないぜ」


 俺達は逃げる事を一旦諦めニヤニヤと此方を見ている男達の方へ向き直った。


 「早くおうちに帰らないと怖〜いお兄さん達に酷い目に遭わされるかもしれないぜ」


 二人組の片割れが俺の肩に手を置いた。


 その瞬間イリエステルが横合いからその片割れの男を殴りつけた。


 ゴッ!!


 鈍い音と共に男は殴り飛ばされ、勢い良く冒険者ギルドの壁に激突した。


 「イリエステル!?」


  男が吹き飛んでいった方向からは土煙が上がっていて何も見えなかった。


 「エデルに触ろうとした」


 「いや………でもあれ」


 まさか死んで………


 イリエステルが殴りかかった理由はよく分からなかったが、今はそれどころではなかった。


 目の前で殺人事件が起こった。それも加害者は今俺と手を繋いでいるイリエステルだ。彼女が収監されるのなら俺も一緒に入れるのだろうか……このトラブルに駆けつけて来た騎士団の人達に手を無理矢理にでも離された瞬間王都が終わる。


 なんとか正当防衛という事にならないだろうか。というかこの世界には正当防衛ってあるんだろうか。


 「痛ぇ!痛ぇよぉ!!」


 土煙が晴れるとそこには血だらけになって痛みを訴える男が居た。


 良かったー!まだ生きてた!


 「………ハッ!?だ、大丈夫か相棒!」


 「は、はやく……ガハッ、治癒術師の先生のところに………連れて行ってくれ……」


 「わ、分かった!」


 イリエステルに殴り飛ばされた男は相棒の男に担がれて冒険者ギルドの中に入って行った。


 「………イリエステル」


 「……?」


 「今回はもう帰ろう」


 「………うん」


 ここまで目立つような事をしてしまったら王都巡りどころでは無くなるだろう。


 とりあえず騎士団が来る前に王都から離れた方が良さそうだ。


 そして次に彼女と王都に来る時までには腐敗の呪いをどうにか出来る方法が無いか、この様々な情報の集まる王都で調べてみよう。腐敗の呪いが効かない俺になら出来る方法が何かあるかもしれない。


 そしたらイリエステルもわざわざ俺と手を繋ぐなんて事をせずに済む。


 その為にもイリエステルと一度森に帰った後、改めて一人で王都に来よう。

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