物語の始まり

 

 自身の能力を知ってから一年半ほど経ち


 明日で俺、エデル・クレイルはとうとう十四歳になる。


 十四歳になると冒険者として登録できるようになり村の外に出られるようになるのだ。


 だがリフィアちゃんの体調のことが気がかりだった。


 実際今リフィアちゃんは今までで一番酷く毒気に当てられた症状を出していて、いつもなら一晩手を握っていたら翌朝には良くなっていたのだが今回は手を離すと途端に苦しそうな表情になりここ三日ほど付きっきりになっていた。


 「お疲れ様エデル、リフィアの調子はどう?」


 レフィアちゃんが妹と俺の分のご飯を持ってきてくれた。


 「今はまた落ち着いたみたいだよ」


 「ねぇエデルお願いがあるんだけど」


 レフィアちゃんがいつにも増して神妙な面持ちで話しかけてきた。


 「明日貴方は十四歳になって冒険者になるのよね」


 「そのつもりだけど……」


 つい眠ってるリフィアちゃんの方を見てしまった。


 「リフィアには貴方の不思議な力が必要だわ。村に残ってくれないかしら。貴方の言うことは何でも聞くし貴方のことは私が養うわ。リフィアは私にとって一番大切な存在よ。この村に………いえ、私達のそばに残って欲しいの」


 この村の大人たちが俺やレフィアちゃんたちの両親も含め、ほとんど外に出稼ぎに出ているからずっと一緒にいる妹の存在はレフィアちゃんの中でとても大きな存在になっているだろう。


 確かにリフィアちゃんのことは心配だがそれに託けてレフィアちゃんのこれからの人生を奪うことは絶対にしたくなかった。


 「………考えてみるよ」


 どうすればリフィアちゃんの健康とレフィアちゃんの自由を守ることが出来るのか。


 とりあえず女神に聞いてみよう。


 『女神様、聞こえますか?』


 『なんでしょう』


 『この娘を助ける方法ってなにかないのでしょうか?』


 『……この娘は、かなり衰弱してますね……貴方が手を離せば一日と経たずに死に至るでしょう』


 『……そんなに酷いのか』


 確かにこの村では腐敗の毒気にやられて亡くなる人がたまに出てくる。だがリフィアちゃんが死ぬなんていうのは認めたくはなかった。


 『治す方法ならあります』


 『あるのか!?』


 初めて女神が案内役をしてくれて良かったと思えた。今は少しでも縋る事の出来る希望が欲しかった。


 『腐敗領域にある腐ることのない果実フフの実を食べさせることです』


 『……腐敗領域』


 困ったことになった。腐敗領域には絶対に近づいてはいけないと言う村の掟があるのだ。もし村の住人に見られたら確実に止められるだろう。


 みんなが寝静まってから夜にこっそり森の中に忍び込むしかないか。


 『言っておきますけど貴方がフフの実を取ってこれたとしてもこの娘は帰ってきた時には死んでますよ』


 『そんな……!じゃあどうすればいいんだ!リフィアちゃんは死ぬしかないっていうのか!』


 『誰もそうは言ってないでしょう。この娘と体を接触させたままフフの実を取りに行くのです』


 リフィアちゃんを腐敗領域に連れて行く!?レフィアちゃんが絶対に許す訳がないだろう。


 『それしかその娘を助ける方法はありません』


 ………どうやら覚悟を決めるしかないようだ。


 


 その後、レフィアちゃんには一人で考えさせて欲しいとお願いし、その日の夜は別の部屋で寝て貰った。













 夜、誰もが寝静まった頃、村の中を上半身裸の男が眠っている女の子を背中に担いで森のほうに向かっていた。


 


 まあ、俺のことなんだけどね。


 『完全に変質者ですね。』


 うるさい……!背中におぶった状態だと手が握れずに体を接触させておくことが出来なかったんだ。だから首に手を回して貰って自分が上半身に何も着ないという状態を作るしかなかった。リフィアちゃんの方の服を脱がせるわけにはいかなかったからこれしか無いんだ。


 全ては服の上からの接触はノーカンという融通の利かないこの能力のせいだ。



 「…絶対に助けるからなリフィアちゃん」


 『森の中に入ったぞ』


 『まだ腐敗領域には入ってないです。さらに奥に進んでください』


 森の中を進んでいくと確実に今までの雰囲気と違う場所が見えて来た。


 木も、草も、地面も、全てが腐り、死んでいた。


 『こんな場所に木の実なんて本当にあるのか?』


 自分が腐敗状態にはならないと知っていても不安になるような場所だった。リフィアちゃんの命を救うためじゃなかったらこの場所に踏み入ることは絶対にしなかっただろう。


 『一番近くのフフの実のある場所までちゃんと案内しますから急いで下さい。腐敗の女神に気付かれたら貴方に勝ち目なんて絶対にありませんよ』


 『やっぱり腐敗の女神って存在するのか?』


 『はい、存在します。なので早く進んでください。』


 女神様の案内と月明かりを頼りに、死んだ森の中を進んでいった。


 「大丈夫……大丈夫だからな」


 背中に背負っているリフィアちゃんに何度目になるかも分からない励ましの言葉をかけていた。だが途中からはリフィアちゃんに言ってるのか自分に言い聞かせているのかよく分からない状態だった。













 『見えました。あの黄色い実がフフの実です。』


 「そうか……これでリフィアちゃんも助かるのか。良かった……」


 ずっと人一人を背負って歩き続け心身共に疲れ果てていたところに安心が重なってその場に座り込みそうになったが、腐敗の女神がこの森を徘徊していることを思い出し踏みとどまった。


 「とりあえず一つリフィアちゃんに食べさせるか………リフィアちゃん起きて」


 努めて明るい声で背中に背負っているリフィアちゃんを起こした。


 「ん……あれ?お兄ちゃんここどこ?おそと?」


 「そうだよ今お外にいるんだ。それとこの木の実を食べてみてくれないか?」


 「お兄ちゃんが言うなら……あむっ」


 木の実を一つ食べてくれた。


 『これでこの娘は治るんだよな』


 『はい間違いなくこの娘に腐敗耐性が付きました』


 「これで大丈夫だ。リフィアちゃんの体は治るよ」


 「……‥‥」


 フフの実を食べ終わったリフィアちゃんは死んだようにまた眠ってしまった。


 『なぁこれ本当に大丈夫なんだよな』


 『大丈夫です。貴方の能力は相手に接触してる間状態異常を無効化できても衰弱して失った体力までは戻せません。ただこの娘の体が失った体力を回復しようと休眠状態に入ってるだけです』


 本当にこの能力の性能は微妙だな。


 『さあ後は急いで帰るだけです』


 いくつかのフフの実を取って女神の案内のもと来た道を戻った。










 森のところまで戻って来た。森に着いた頃には空も少し明るくなって来ていた。


 そしてようやく村に辿り着いた。だがもう少しで終わるという安心感から近くに人がいることに気が付かなかった。


 「おい、お前そこで何をしている」


 この声はレグス君か。しまった……レグス君は早朝に一人で訓練しているんだった。


 「お前は……エデル!て、うわぁぁぁぁぁ!!!なんだその格好!お前……変態か!!」


 「違う!これには深い訳があって……」


 早朝に村中に響いたレグス君の悲鳴で村にいた人たちが何事かと飛び起きて来た。


 「あいつ森の方から出てきたのか?」

 「おいなんでアイツ上に服を着てないんだ」

 「なんでレフィアちゃんを背負っているんだ」

 「なぁレフィアちゃんの様子変じゃないか?」

 「確かに死んでいるようにも見えるな」

 「まさかエデルの奴……」


 だんだんと村人たちからの気配が剣呑なものになってきた。俺は背負っていたリフィアちゃんと持っていたフフの実を一旦地面に下ろし釈明しようとした。


 まずいまずいまずいまずいまずい


 『女神様!ピンチ!助けて!』


 『あっ、貴方今日で十四歳ですね。最初に言ったように私の案内はここまでです。ではこれからも私があげた能力でこの世界での生活をエンジョイしてください!さようなら!』


 今!?


 今まさにこの世界での生活が終わるかもしれないこのタイミングで!?


 「ちょっ、女神様!?女神様ー!……おい女神ぃ!!」


 「……まさかエデル貴様っ!腐敗の女神の信奉者に成り下がったか!」


 しまった!つい口から出してしまった!!


 「そんなまさか……」

 「でも今女神って……」

 「なぁこの中の誰かであいつが腐敗の毒気にやられたところを見たことある奴いるか?」

 「俺は見たことない」

 「俺も…」「私も…」

 「アイツまさか本当に……」

 「じゃあもしかしてアイツ、リフィアちゃんの魂を腐敗の女神に生贄として差し出したんじゃ……」


 「…‥‥リフィアの魂を生贄に差し出したってどういうことよ?」


 レフィアちゃん!?このタイミングで家から出て来てしまったのか!?不味い、レフィアちゃんは妹の事となると周りが見えなくなってしまうんだ。今まではそんなところも可愛らしいと思っていたが今回だけはやめて欲しかった。


 「まさかエデル……アンタ……」


 妹を殺された(と勘違いしている)姉が怒りを滲ませた表情で近づいてきて


 

 顔を殴られた。


 

 「アンタそんなにリフィアの面倒を見るのが嫌だったの!?なら普通に私の提案を断れば良かったじゃない!どうして……どうして私からリフィアを奪ったの!?」


 レフィアちゃんは涙を流しながら何度も何度も殴ってきた。どうやらレフィアちゃんの中では俺が村から出て行きたいあまりに足枷になっていたリフィアちゃんを殺した事になっているようだった。


 「ちょ…ま……違……」


 顔を殴られ続けてうまく話すことが出来ない!


 「レフィアそいつを殴るのをそろそろやめてくれないか」


 レグス君!信じていたよ!


 レグス君の方に近づいていくとレグス君は素振り用に持っていた木刀を振り下ろしてきた。


 咄嗟に腕で防いだが……腕が折れた……!


 「同じ女を愛したよしみだ。俺がっ!この手で直接っ!」


 マジかよ……!


 周りを見ると村の住人達が各々の武器を持ってこちらに近づいてきていた。


 この村の人たちの中には腐敗領域のせいで家族や友人を失った人も多くいるだろう。


 今までなら誰を恨みようも無かったところに自分が直接手を下せる仇を討てる相手が出てきたらどうなるだろう。


 これは間違いなく殺される奴だ。


 持てる力の全てを振り絞り森の方に逃げた。


 「逃げるな!エデル!」


 レグス君達が森の中まで追いかけてきた。


 だからしょうがなく腐敗領域の中まで入っていった。





 「それ以上行くなレグス!腐敗にやられるぞ!どっちにしろあそこに入った以上アイツは近いうちに死ぬだろう!」


 「………くそっ!」


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