第38話・魔女の集落

明くる日、エヴァルスとタンクは更なる情報を集めようと教会を訪れ、地下室に入っていこうとした。

しかし、エヴァルスが扉に手をかけるとクラウドが扉を開けることを止める。

「昨日、あの子より言伝を預かっております。もうここで知ることは無い。さっさと旅に出ろ。だそうで」

クラウドは肩をすくめながら2人に伝えてくる。

「分からない事ばかりなんだがな」

タンクはなおも進もうとするが、エヴァルスはそれを止めた。

「確かに長居し過ぎました。タンク、支度して今日出よう」

エヴァルスはクラウドに頭を下げると教会を出た。

「エヴァ、なんで素直に引き下がったんだ?」

教会を出て宿に戻る途中、足を止めて尋ねた。

「あの子の言う通りだよ。手掛かりは何もないけど、ボクたちは進まないと」

昨日判明した新たな仲間。

2人では魔王に勝てないという事実。

そして彼女、エヴァの強さ。

そのどれをとっても情報を集めるだけでは戦いにならないことを示していた。

「だからって、いきなり旅続けるのは違くね?」

タンクは呆れたように言った。

事実、エヴァルスは焦っていた。

この焦りが魔王の侵略を受けて苦しんでいる人へのものであればまだよかった。

しかし、そうではない。

人々を助けるために旅しているはずなのに、誰も救えていない事実に焦っていたのだ。

「うーぱ」

頭に乗ったうぱがエヴァルスの頭をぺしぺしと叩く。

焦るな、そんな風に言っていることは分かった。

その言葉を受け入れられるわけではないのだが。


エヴァルスは先の言葉の通り、午前中には旅支度を終えた。

早急な支度にも関わらず、タンクは文句を言いながらも一緒に準備を終えていた。

「さ、次はどこに行く?」

タンクは村を出てすぐに地図を開く。

現在の進行方向はワイキから南に向かっていた。

そのまままっすぐ進むとその先にはシチの集落があると記されていた。

「このままシチで良いんじゃないかな」

エヴァルスが軽い調子で言うと、タンクは眉をひそめた。

「エヴァ、お前本当にここに立ち寄るのか?」

「どうして?」

エヴァルスは首を傾げる。

「……ここ、魔女の集落だろ?」

タンクは肘を曲げて、手を垂らす。

「それは、お化け」

「うぱうぱ」

まさかうぱにまで同意されると思わなかったのか、タンクはすぐにその手振りを辞めた。

「分かってるよ。ただ、この集落に近寄った者はみんな骨になって帰ってくるって噂だぜ?」

タンクは青い顔をしながらエヴァルスの両肩を掴む。

「わざわざ骨を返しに来ないでしょ」

エヴァルスはなぜタンクがそこまで怯えているのか理解できないように肩から手を外した。

「それに、魔女の集落とまで噂されるのであればもっと魔法を強くする術もあるかもしれない」

エヴァルスとタンクは紋章のおかげで魔法が使えるが、師を戴いたことはなく、独学であった。

「それはそうだけどよ」

タンクも魔法の力が上がると言われたら顔を歪める。

「それに、仲間の1人、魔導士がいるかもしれない」

紋章・赤い月。

魔法に長けた者に浮かぶと書かれた紋章。

魔女の集落ならば、紋章の仲間がいるかもしれないのだ。

「エヴァ、もし居なくて魔女の儀式の生贄にされたら?」

相変わらず怯えるタンクにエヴァルスはにこりと微笑む。

「その時は、逃げよ?」

策も何もない、エヴァルスの言葉はタンクの言葉を失わせるのだった。


地図上の距離から、今いる場所からシチまではおよそ3日の距離だった。

2人は久しぶりに森の中で野営をすることになった。

近くの川で魚を取り、枝に刺して焼く。

こんな食事でも、野宿で食べられると思えば上等なものだった。

火を目当てに襲ってくる獣、魔物は今日は現れなかった。

「この森、もう魔女の領域じゃないだろうな」

タンクは魚を頬張りながらまだ震えていた。

「タンク、そんなに魔女が怖いのって何かあった?」

魚を食べる手をぴたりと止める。

「昔、絵本で読んだんだ。魔女が精霊を操って子ども攫うって。その精霊は人間を丸呑みにするって」

あまりに真剣なタンクの表情にエヴァルスだけでなくうぱも吹き出してしまう。

「おい、ふざけんなよ!」

「ごめん、ごめん。でもそれお話でしょ?」

エヴァルスが笑っている途中、ぴたりと声を止めた。

木々のざわめき、そして何かが這う音。

通常の獣ではここまで大きな音を立てることはない。

つまり。

「魔物!」

エヴァルスは薪用に持ってきていた枝を全て火の中に放り込んだ。

これだけ大きな音を立てて近付いて来ているのであれば、すでに居場所を捕らえられていると考えていい。

火を消して視界を失うよりも、火を大きくしてより見やすくした方が戦いやすいと判断したのだ。

エヴァルスとタンクは背中合わせで立っている。

それはどこから来るか分からなかったからではない。

周囲すべてから音がしていたからだった。

「来る!」

エヴァルスの声がきっかけであった。

四方八方からツタが襲い掛かってきたのだ。

エヴァルスは剣を振るい、タンクは魔力を周囲に纏わせた。

植物のツタ相手に盾での応戦は不利と考えたのだろう。

四肢を狙い、絡め取ろうとしてくるツタを剣で落とし、凍らせる。

しかし、キリがない。

1本、2本対処しても、すぐに奥からツタが伸びてくる。

「タンク、キリがない!」

「やめてくれよ……」

タンクは怯えながら魔法を放って周囲を凍らせていく。

「魔女の操っていた精霊、草だったんだよ」

さきほどからタンクは加減知らずに魔力を放ち続けている理由は先ほどの絵本の影響であった。

無駄に出力の高い魔法を打ち続け、すでに膝を落とすタンク。

「タンク!逃げよう」

「エヴァ、お前ひとりで……」

タンクの眼前にツタが迫った瞬間、周囲に雷が落ちる。

2人と1匹を器用に避けた雷は周囲に蔓延っていたツタを消し炭に変えていく。

「こんなところで人がいるなんてね。大丈夫?」

木々の隙間から顔を出したのは少女と言って差し支えない女の子だった。

2人に近付きながら、手からは雷を放ってツタを迎撃し続ける。

「……どうせ本体いないんでしょ。消えなさい」

低い声で少女が言うとそれ以上ツタは伸びて来なかった。

先ほどまでヘビのようにうごめいていたツタは、その場で動かなくなった。

「相変わらず卑怯ね」

「助かったよ、キミは?」

エヴァルスが少女に駆け寄り、話しかける。

「あなたが勇者?こんな弱くて平気?」

少女は手を差し出した。

「私はメイ。赤い月の守護者よ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る