第29話・旅の意味

まだ日も登らぬ早朝にウェールは2人を起こした。

「気温が上がる前に行くぞ」

それだけ言うと支度を始めて、間に合わなければ置いていくという様子でさっさとコブ付きに乗ってしまった。

急いでテントを畳み、コブ付きに乗るエヴァルス。

目を擦っているうぱを背中のリュックに入れる。

タンクも支度を整え後ろからついてくる。

昨日と様子の違うタンクの態度を感じながらも、エヴァルスは触れずにいた。

昨夜の2人の会話をエヴァルスは聞いていない。

だが、15年という付き合いの長さがあるエヴァルスはタンクのウェールを避ける行動に気付いていた。

しかし、そのことに触れることはしなかった。


タンクは最後尾に着けてウェールとエヴァルスをうっすら視界に捉えていた。

エヴァルスすら知らない、タンクの本名。

昨日初めて会った者がその名を知っていたことはタンクの心を揺さぶった。

その名前を知っている人間など、両親以外居ないと思っていたのだ。

名前を知っていたからとて何があるわけでも無いことは頭では理解していた。

しかし旅の無意味さを痛感していた時に揺り戻された本来の自分。

その自分と向き合うにはタンクはまだ幼過ぎた。


幸いなこと前日と違い道中に虫は出てこなかった。

「さて、着いた」

ウェールはコブ付きを降りた。

その場所は周囲と変わらず砂原が続いている。

なんの目印も、無い。

「ウェールさん、ここで合ってるんですか?」

普段なら真っ先に噛み付くタンクが何も言わない。

エヴァルスが恐る恐る聞くとウェールは手を砂にうずめた。

「母なる大地、父なる空。天を統べる羅針。今こそ流れを支配したまえ」

ウェールが呪文を唱えると手を始点として放射上に砂が割れていく。

その先はまるで階段のようになり、砂の中にぽっかりと洞窟が口を開く。

「さ、ここが目的地だ。下るぞ」

エヴァルスは我が目を疑い何度も瞬いた。

さすがのタンクもこれには目を剥いている。

2人は顔を合わせて開いた洞窟へと歩を進めていった。

中は予想以上に明るく、そして広かった。

砂の中にいるとは思えないしっかりした空間をきょろきょろと見回しながら進む。

「置いていくぞ」

ウェールは既に歩を進め、20歩ほど距離ができていた。

「ここは何なんですか?」

「じき分かるよ」

それ以上答えるつもりはないようだ。

ウェールに駆け足で追いつくと、そのまま黙々と進む。

すると眼前には宮殿がいきなり現れた。

その宮殿を背にウェールは振り返る。

「自己紹介がまだだったな。私はウェール。この城の主だ」


ウェールに案内された宮殿までの道中には誰一人住人はいない。

それどころか他の生き物が虫すらも居なかった。

起きてから無言を貫いていたタンクはここで口を開く。

「こんな砂まみれの場所で?ふざけているのか」

「さ、中に入ろう」

ウェールはその反応を受け流す。

「落ち着ける場所でキミたちの旅がいかに無力か、教えてやろう」

その言葉を置いて、ウェールは宮殿の中に消えていく。

「エヴァ、帰ろう。こんな奴の話を聞く必要は無い」

タンクは踵を返し、その場から立ち去ろうとする。

しかし、うぱが仁王立ちしてタンクを引き留める。

そうは言っても、タンクの腰の高さもないうぱが留められるわけもなく、横に避けて進んでしまう。

「エヴァ!」

「タンク。ボク、このままじゃ嫌だから。ここまで来たなら話くらい聞いてもいいんじゃない?」

エヴァルスの本音は、半分半分だった。

だが、うぱが帰ろうとしたタンクを止めた。

そのことで話を聞かなければならないという気持ちになった。

「オレらの旅が意味ないって言ってるやつの話を聞けって?」

タンクの言葉にも一理あると思いながらも普段よりも冷静でない言葉に違和感を覚えていた。

「タンク。もし聞きたくないならボクひとりで行く。でも一緒に聞きたい。ダメかな」

エヴァルスはタンクの目をまっすぐ見据えた。

15年の付き合いでありながら、ここまでまっすぐ真剣に目を合わせたことは無かった。

「……」

「……」

無言。

砂が滑る音が聞こえるほどの静寂。

「分かった。話を聞くだけだからな」

静寂を破ったのは、タンクの頷きだった。

その言葉にエヴァルスは胸を撫で下ろす。

もし、この場で断られたら、2度と同じ道を歩いて行けない気がしていた。

その時、エヴァルスの脳裏に白昼夢が走る。


『そんなアイツが気になるなら、勝手にしろ。じゃあな』


「エヴァ?どうした、行かないのか」

エヴァルスはタンクの声で現実に引き戻された。

「う、うん。すぐに行く」

エヴァルスの背筋には冷たい汗が流れていた。


「やっと来たか。てっきりひとりかと思ったぞ」

ウェールは宮殿の奥、大広間に鎮座してある玉座に腰を下ろしていた。

「ムカつく」

「タンク!」

ウェールに向かい、歯に衣着せぬ物言いで吐き捨てたタンクを嗜める。

その様子をウェールは見て楽しそうに笑う。

「構わない。キミがここに来るかどうかは3割も無かった。ゆえに惜しいな」

笑いを治めて再び口を結ぶウェール。

「惜しい……?あなたは言いました。ボクたちの旅は無力だと。その理由をお聞かせ願えますか」

エヴァルスは玉座の置かれた階段の足元に進むと見上げて尋ねる。

ウェールはアゴに手をやった。

「キミたちはこの世界のことをあまりにも知らない。教えてくれる者もいないし、知ろうともしていない。違うかな?」

その言葉にタンクが血気立つ気配がした。

エヴァルスが振り向くと、無言で見つめ返す。

そして口を開いた。

「なら、アンタが教えてくれるのか?」

喧嘩腰ながらも、普段と変わらないタンクの言葉に少し安堵の息を漏らすエヴァルス。

「構わない。しかし、話せることは少ないよ。キミたちは足りないのだ」

「足りない?」

エヴァルスの問いに、ウェールは頷く。

「あぁ。ここに至る時3人で来る。私がすべてを語るための条件だ」

エヴァルスとタンクは押し黙る。

圧倒されたわけではない。

ウェールの言葉の意味が理解できなかったのだ。

「それがキミたちの旅が無力といった理由だよ。もっとも、誰ひとり……」

そこまで口にしてウェールはわざとらしく手で口をふさぐ。

「危ない。核心に迫ることは話せないが、それ以外なら話せる。なにか質問は?」

エヴァルスは思わず頬を緩ませる。

誰ひとりとわざわざ言ったという事は歴代勇者の旅路もこの場所には3人で来たものがいないということ。

もし再び訪れることができるなら、3人でくれば道が拓けるという事になるのだ。

「ほら、聞きたいことはないのか?」

なんとなく、ウェールの印象が変わる。

今まであった冷徹な印象は消えて、触れてもらうことに喜びを覚えるような。

質問を考えていると、ふとあの質問が頭に浮かぶ。

「どうやったら、魔王を倒せますか」

その質問は。

以前の村でイナリに咎められた言葉。

その質問に今まで微笑んでいたウェールの顔が険しくなる。

「あの狐め」

それだけ言うとウェールは押し黙る。

なんと答えたらいいのか考えている、そんな様子だった。

「……魔王を倒す、か。本当にソレは必要なのか?」

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