第27話・砂漠越え

エヴァルスとタンクは伝承の旅路、西を目指していた。

「ねぇ、タンク。このまま伝承通りの旅を続けていていいのかな」

「なにをいきなり」

エヴァルスの言葉にタンクは足を止める。

「ボクたちが行く場所行く場所、みんな苦しんでる。それでいいのかなって」

「お前のせいじゃないだろ」

タンクはエヴァの言葉を否定するも、その表情は苦いものだった。

タンクにも自覚があったのだろう。

2人が訪れた場所では悲劇が起きる。

その責任が全くないとも言い難い、悲劇が。

「なんというか、こう……噛み合っていないというか、ズレているというか」

エヴァするも言葉にはできないようだった。

「考えるのは良いけど、そのズレのせいで助けられる人に間に合わないこともある。だから、前に進みながら考えようや」

タンクは地図を広げた。

昼食を摂りながら今後の進路確認のためだ。

幸い、まだ食料の残りはある。

狩りに行く必要はなさそうだった。

近くの川を探し、水を汲む。

うぱが頭の上に鍋を掲げながらタンクの居る場所に戻る。

湯を沸かし、干し肉を入れる。

温かい物はごちそうである。

「で、今後の進路どうするよ」

タンクは腹を満たし、満足げにエヴァルスに尋ねる。

タンクの広げた世界地図には初代勇者の歩いた旅路もしっかりと記されていた。

「……この道順、なんで決めたんだろうね」

エヴァルスはじっと地図を眺めている。

地図の中心にアカサ。北東には魔王城。

初代勇者の旅路は、アカサを出て反時計周りで魔王城に進む道順を通っていた。

「これ、まっすぐ進める道もあるのに、なんでだろうね」

「武器の問題とかあったんじゃねぇの?ほら、国では用意できなかったとか」

タンクも首を傾げながら地図に目を落とす。

確かに魔王と戦うために必要な武器を得るためと考えられる。

伝承ではあと2人、魔術師と聖女が仲間に加わり4人で魔王と戦ったとあるので、仲間を探したのかもしれない。

それにしても、だ。

本来通る必要の無い森、砦、山。

明らかに何か別の目的が無ければ通らない場所を進んでいる。

「……次の砂漠越え、本当に必要なの?ここを回れば結局同じ町に着けるよ」

エヴァルスは次に向かう先を指さした。

西の大砂漠を突っ切る道。

その直前には小さな集落があり、そこからまっすぐ砂漠を越えて西の村にたどり着く道を通っていたのだ。

「確かに。人に会うことが目的なら、回り道でも……」

「うぱ!」

話に割り込んできたうぱは手でバツを作り、砂漠の真ん中を示す。

「うぱ、うぱぱ!」

「……ここに何かあるの?」

「うーぱ」

エヴァルスの問いを肯定するように頷くうぱ。

「……こいつのこと信じるのか?」

タンクは目を細める。

だいぶ打ち解けたように見えるが、やはり心置いている相手ではあるのだろう。

「もともとの道順ではあるからね。行こう、準備はしっかりして」

エヴァルスは後片付けを始める。

疑問がないわけではない。

タンクの言うことも最もだし、エヴァルス自身も砂漠を越える明確な目的があるわけではない。

ただ、滅多に口を挟まないうぱが行けと言っている以上、進むことに意味がある。

そんな確信めいたものを感じていた。


砂漠前の集落はとても地図に記されているものよりも規模が大きかった。

ひとつの村と言ってもいい。

ハマの村とは違う異国情緒。

交流のある異国風だったので見覚えがあった。

香辛料や、乾物の出店が拡がり、馬ではないコブの生えた四足動物が闊歩する。

砂漠の手前とはこちらから見たことであり、反対から見れば砂漠越えの集落と考えれば、これだけの賑わいも頷けるものだろう。

「すごいね」

「……」

反応のないタンクを見ると、きわどい衣装に身を包んだ女に目を奪われていた。

「タンク!」

「お、おう。砂漠越えって意外と簡単なのか?」

「あんちゃんがた、砂漠越えかい?」

エヴァルスらに声をかけてきたのはローブを扱う店の主人だった。

「もしそうならウチで買ってきな。そんなか恰好じゃ太陽と嵐にやられちまう。銀2枚でどうだい?」

朗らかに話しかけてきた主人に苦笑いしながら手袋を外すエヴァルス。

「すみません、持ち合わせがなくて。これでも大丈夫ですか?」

主人に青いワシの紋章を見せる。

国払いの約束事を示すも、主人は怪訝な顔をする。

「なんだい、そりゃ。金が無いなら大事な商品を渡せるわけないだろう。帰った帰った」

まるで虫を払うように手を振っている主人に、先ほどタンクが見惚れていた女が口を挟む。

「すまんな、ローブを3つくれないか。銀6枚かな?」

2人があっけに取られていると主人は手のひらを返してにこやかに答える。

「なんでぇ、人が悪い。連れがいるならそう言えばいいのに。5枚でいいよ、ありがとな!」

主人に言われた通り金を渡す女。

2人にローブを渡すと付いてくるようにアゴをしゃくった。

「ここらは治外法権でね。国の管理も行き届いていない。要するに勇者の身分は通用しないというわけさ」

女はレンガ造りの建物に入る。

2人は顔を合わせて中に入った。

中は酒場になっていて、昼間だというのに酔った人たちでごった返していた。

先の女はちゃっかりテーブルを見つけ、手招きをしている。

うぱは先に進んで女の隣に座り、エヴァルスは後を追う。

最後に疑いのまなざしを向けながら席に着くタンク。

「キミたち2人、か。私はウェール、これから砂漠越えのためにキミらを雇いたい」

ウェールからの提案は、予想してすらいないものだった。

「勇者を、雇う?姉ちゃん冗談は服だけにしておけよ」

「タンク、鼻の下」

エヴァルスの指摘にタンクは目を背けた。

「悪い話ではないと思うが。キミたちは砂漠を越えたいが金が無い。私は1人では砂漠を越えられない。キミたちに準備を渡す代わりに私の護衛をしてもらう。わかりやすいだろう?」

ウェールは運ばれてきた酒に口をつける。

2人の前には果実汁と焼かれた肉。

「無論、ここの飯も私が出す。断ったからとて席を立つ気はない」

「あなたにメリットは?わざわざボクたちで無くても砂漠を越えることはできるでしょう?」

エヴァルスの問いに、かぶりついていた肉の骨を指してくるウェール。

「鋭い。この身体を見せればそこのタンク君のように男は簡単に釣れる」

「エヴァ、帰るぞ」

バツが悪そうに顔を赤らめるタンク。

エヴァルスが席に着かせるとウェールが話を続ける。

「私、ではなくキミらに利益があるのだよ。この旅の意味。私が無事砂漠を越えることができたら話そう。それでどうだい?」

ウェールは妖艶に微笑むのだった。

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