第13話・狐の予言

「ハマの村に行こうというのかね?よろしい、案内しよう。何を隠そう私はあの村出身なのさ」

イノシシスープを平らげながらイナリは耳をぴくぴくと動かす。

狐の獣人と言うがエヴァルスもタンクもそんな存在は聞いたことも無かった。

「お姉さん、いきなり現れて人様のメシ食ってるけど、露骨に怪しいってことわかってる?」

タンクはイナリに食ってかかる。

それもそのはずだろう。

こんな夜に女1人で森を歩いていた人物。

獣人と言う得体の知れない存在ということを差し置いても疑ってかかるには充分な根拠になっている。

「疑うのは知性的だが、言葉の真贋を見極められないのは品性を感じないな」

「うぱうぱ」

エヴァルスの背後からイナリの言葉に同意するようにうぱが頷いて出てくる。

「おや?なんでこんなところに?」

「この子知ってるんですか?」

うぱを見るなりイナリが首を傾げる。

その反応にエヴァルスはうぱを捧げ持ちイナリの前に突きつけた。

うぱは指を立てて口元に持っていく。

まるで子どもにナイショを示すように。

「この通り、本人が秘密にしたがっている。そんな気持ちを踏みにじる無礼は働きたくないな」

「メシの恩は?」

タンクは目を細めながら鍋を指す。

「あいたー。確かに一飯の恩を無下にするも無礼か。だがね、少年、友人の気持ちを無視するは無礼を通り越した行為と思わないかね?」

イナリの含んだ言葉にうぱはなぜか殴り掛かっている。

ぽかぽかという擬音の聞こえてきそうなほど微笑ましさはイナリの笑いが証明していた。

「ほら、怒らせてしまった。仕方ない、この子との関係、それ以外なら知っていることを全て話そう。これで一飯に報いることはできるかな?」

すっかり食べたイノシシスープに手を合わせて上目遣いで2人を見る。

タンクはしかめ面、エヴァルスは是首。

「ありがとう。では、何を聞きたい?」

「ハマの村から来たって言いましたよね、あそこはなんでこんな文字なんですか?」

エヴァルスは地図を広げると次の目的地、ハマの村が書かれている場所を示す。

「これかい?ここに住まう者たちが東方からの移民であることは知っているかい?」

イナリの言葉に2人は頷く。

「その移民が、もっと言えば世界がゲン担ぎの意味も込めて、東方表記をしているというわけさ」

「ゲン担ぎ、ですか?」

エヴァルスは首を傾げ、タンクの目がますます細くなる。

「そうさ。このハマは一度も魔王の親交を許していない。それは充分ゲンを担ぐ理由になると思わないかな?」

イナリの言葉に2人は目を見開いた。

「そんなことあるわけないだろう。アカサですら侵攻されてるんだぞ」

この国の中心であるアカサキングダムは魔王の支配が始まった最初の年、魔王による宣戦布告で半壊させられている。

その時にたまたま初代勇者がアカサに居たことにより辛くも撃退に成功。

そこから勇者の伝承が始まったと言っても過言ではなかった。

そのことはタンクだけでなくエヴァルスも知っている事実だった。

しかしイナリは胸を張り鼻を鳴らす。

「別にアカサが攻められているからと言って、ハマが攻められる理由にはならないだろう?ちゃーんと理由があるのだよ」

自信たっぷりにイナリが言うと、その場にごろりと寝転がってしまう。

「私はもう寝るよ。客人なんだからしっかり守ってくれたまえ。ア……うぱもこっちに来なよ」

エヴァルスの頭の上に乗っていたうぱは飛び降りるとエヴァルスとイナリを見比べて寝ていいか許可を取るように指を指す。

「いいよ、寝てきな」

「うぱっ!」

エヴァルスの言葉を聞いたうぱは嬉しそうにイナリの腕に包まれていく。

そんな様子をエヴァルスは微笑んで、タンクはいぶかしげに見ているのだった。


「粗末とは言え一宿の恩までできてしまった。これからハマの村に案内しようじゃないか」

朝を迎えるとイナリは2人に提案してきた。

「結構だ」「ありがとうございます」

お互いの心情から反応がふたつに割れるのも無理はない。

「せめて意見は統一してくれよ。村に着くまで質問もうけようじゃないか」

「そもそもお前何者だ?獣人なんて聞いたことも無い」

「それが最初の質問かい?それなら歩きながら答えようじゃないか」

タンクの刺々しい言葉を物ともせずにイナリは立ち上がる。

うぱは腕の中にすっぽり収まってしまい、出てこようとしない。

3人は進路を北に取りながら進んでいく。

「さっきの質問だがね、私が何者かという質問にはまだ答えられない。いずれ分かる時が来るよ」

「答えになってないな」

タンクは呆れながらも武器を抜こうとも、魔法を撃とうともしなかった。

「うんうん、キミは存外賢い。彼我の実力差をすぐに判断できる。いい目であり、悪い覚悟ではあるがね」

その言葉に虚を突かれたのか、目を見開くタンク。

しかし、口をパクパクさせても何も言葉に出すことはなかった。

「うぱと知り合いなんですか?」

続いてエヴァルスが尋ねると、イナリは胸の上で抱いているうぱに目線を落とした。

「その質問には答えられない。ほら、本人が嫌がっているし」

「うっぱ!」

うぱは手をクロスしてバツを作っている。

「なんでそんなに嫌なんだろう?」

「さぁねぇ?ほら、そろそろハマの村が見えてくるよ」

3人の視界の先には森の木々の隙間から光が漏れているところが見える。

「結局何も答えちゃくれなかったな」

「それはだね、質問が悪いんだよ」

タンクの悪態に、イナリはウインクで返す。

イナリの胸に収まっていたうぱはくいくい腕をつつくとその場に飛び降りる。

「うぱ、やはり行くのかい?この者たちに幸多からんことを」

「あれ?イナリさんは村に行かないのですか?」

足を止めたイナリに首を傾げるエヴァルス。

その質問に大きく頷いた。

「今回の私の役目はキミたちをこの場所に案内することで終わりのようだ。では、もう会うことも無いだろう」

その言葉に顔を引き締めるエヴァルス。

「そんなこと言わないでください。魔王を倒したら、きっとまた来ますから……」

「無理だよ」

エヴァルスの言葉の最中、イナリはまっすぐに見据えて遮った。

「私と会って、この会話中私が何ひとつ答えられていない。その時点でキミの物語が確定してしまった」

エヴァルスとタンクは固まって言葉が出ない。

「なぜ、魔王の倒し方を私に聞かなかった?なんでも答える、そう言われていたのに」

「なぜって……」

その時突風が吹きすさび、木の葉が舞う。

2人は目を閉じる。

開いたときにはイナリの姿は毛ほども見えなくなっていた。

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