第10話・伝統の旅

洞窟を出てタンクの反対を押し切りエヴァルスは律儀に村に報告に行った。

2人を待っていたのは、無関心だった。

全て、隠し事なくすべて話した時にトアール村の人々は口々にこう言った。

「そうか」

「大変なことだった」

「これ以上被害が出ないならよかった」

誰も。

誰一人として。

村長のことも、子どものことも悼む一言はついぞ出てくることはなかった。

エヴァルスは先に貰っていた金を返した。

持っていても邪魔になることは事実だが、失敗をしてしまった以上受け取るわけにはいかなかったからだ。

しかし村人はその行為に対しても反応が薄かった。

「こんなもの返してもらってもなんの役にも立たない、いっそ持って行って欲しい」

エヴァルスがうろたえていると、トドメとなる台詞が見舞われることになる。

「村の伝統で金を配ることになっているだけ」

その言葉を背に、2人は再び旅路に出るしかできなかった。


村からほど近い森の中で2人は焚火を起こしていた。

そこいらで仕留めた野ウサギを肉にしてスープを作る。

幸い清流が近かったこともあった。

水を持ち運ぶのは容易ではない。

みずみずしい食べ物にありつけるときに食べておこうとタンクが言い出したのだ。

「なんならシャワーでも浴びるか?風呂は無理にしても、湯で身体を洗うくらいはできるだろ」

いつもと変わらぬ様子でウサギ肉をつつくタンク。

エヴァルスの匙は先ほどから進んでいない。

「伝統ってさ、意味あるのかな」

村人の反応、そして言葉。

伝統に則り旅をしているエヴァルス。

魔王を討ち人を救う大義と、ただ盲目的に金を集めて渡すだけの村人。

その2つにどれほどの違いがあるというのか。

鬱々とし始めたエヴァルスの頭を木匙で殴るタンク。

「いった……なにすんの!」

「お前のうじうじ、飽きた。知らん、他の奴のことは」

それだけ言うとゴロリと横になってしまう。

「お前、先に見張り。気が晴れたら交代。お休み」

そんなことを言うとすぐに規則正しい寝息を立て始めてしまう。

「勝手だなぁ」

本音半分、ありがたさ半分から漏れた言葉。

すっかり冷めてしまったウサギのスープを鍋に戻して温め直す。

一瞬戻す手を止めたが、思い切ったのか器のスープすべてを流し込んだ。


徐々に温度が上がるスープを眺めながら、何かできることはなかったのかと思ってしまう。

子どものこともそうだし、あの銀腕も、おじさんも。

今回ボクは誰一人救うことができなかった。

こんなことを言ったらまたタンクに小突かれてしまうかも知れないけど、この旅に出てからボクは何もできていない。

ただ目の前の道を歩いているだけだ。

紋章を眺める。

青いワシの紋章。

伝統に従えば後2人紋章を持っている仲間を集めて魔王を倒しに行ったと聞く。

伝統という言葉が胸にちくりと刺さる。

トアール村の人たちのあの冷たい目。

義務として伝統を繰り返し、子どもが死んでも金を失っても無関心。

もしかしたら、この旅もそんな無関心から来ているのではないか。

ボクにしろタンクにしろ、結局は伝統だから旅を。

思いにふけっていると、鍋から焦げた匂いがし始めた。

しまった。混ぜずに置きすぎた。

スープを掬う。炭の匂いが立ち込める。苦笑い。

焦げ付いたスープであっても貴重な食糧。

こういうこともあると匙を進めた。



魔王の居城に詰まらなそうに首を鳴らす男がいた。

先日エヴァルスたちと相対したその人、銀腕のレヴリスだった。

「レヴリスさま、魔王さまがお待ちです」

「あいあい」

いっそ軽い口調で応えるとそのまま扉の前に立つ。

重苦しい音を鳴らしながら左右に開いていく。

魔王が謁見する大広間。

その中央に差し掛かった時低い声が反響する。

「なぜ呼ばれたか分かるな」

その言葉を聞き、唇を吊り上げるレヴリス。

「さぁ?何か気に障ることでも?」

いっそ清々しいまでの開き直り。

その態度に気分を害した様子もなく玉座から見下ろす魔王。

「昔から変わらんな、銀腕」

「あなたは変わりましたね、魔王サマ。100年は人を変えるのに充分なようで」

100年という言葉に眉を動かす魔王。

「私は変わらないよ、銀腕。さて今回の命令違反の処分を伝えねば」

「命令違反?なんのことやら」

魔王は目を細める。

「銀腕のレヴリス。貴様を南方砦の守護を命じる。勇者を討ち取るまで離れることを許さぬ」

その命令で初めてレヴリスの表情は歪む。

「おい、待て。南方って」

「以上だ。私の期待を裏切らぬように」

その言葉を最後に部屋から魔王は消える。

レヴリスの背後の扉は開かれたままであった。



エヴァルスの意識はそこで戻った。

いつの間にかうたた寝をしていたようで口元にはよだれが残っていた。

(寝ちゃってた。火を……)

顔を上げると焚火を背後に周囲を見渡すタンクの姿。

「……火の番が寝るなよ」

振り返ることなく、雰囲気で起きたことを察したのか、タンクは背中越しに言葉を投げる。

「ごめん」

「すっきりしたのか?」

「全然」

エヴァルスは言葉とは違う、すっきりした表情で微笑みながら応える。

その声を受けてタンクは再び横になる。

「今度は寝るなよ、割とつらいんだから」

エヴァルスはタンクに聞こえないように「ありがと」とつぶやく。

おそらく、先ほども眠ることなく気にかけてくれていたことを察せないほどエヴァルスは鈍感ではなかった。

「さて、次の目的地は」

火に地図を透かす。

地図の中央に描かれたアカサキングダム。

現在地はその王国にほど近い東南。

目指す場所はここからほぼ真北。

初代勇者が辿った道中をなぞる旅。

伝統で決められた道。

(それでも、今回は意味の違う旅に出来るはず)

エヴァルスはひそかに決意する。

今回の旅で必ず魔王を倒す。

そしてこの伝統を終わらせるという、決意を。


しかし、旅は終わらない。

終わらせることはできない。

エヴァルスの道は、勇者というモノがどういうものか。

この時のエヴァルスは知る由もないのだから。

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