第7話・誰が悪か

地面に落ちたカギ、それとお互いの顔をエヴァルスとタンクは見合わせている。

「罠じゃないだろうな」

タンクが吠えると男は豪快に笑い飛ばす。

「オレより弱い奴ら罠にかける意味もあるまいよ」

反論の余地もない言葉に、エヴァルスはカギを拾って男に背中を向ける。

「お、おい」

「その人の言う通りだよ、タンク。正面で負けているのに不意打ちもしてこないでしょ」

「さすが勇者サマだ、世の道理をわかっている」

男は奥歯で笑いを噛み殺しながらその場を動く様子もない。

「おい、信じていいのかよ」

「ボクたち手も足も出なかったし。それならタンクが見張ってて欲しい」

エヴァルスが牢の前に立ちカギを回す。

タンクはちらりと隻腕の男を見るとエヴァルスの隣まで進んでいく。

「この中に罠があってもたまらねぇからな、付いていってやるよ。その南京錠は持って行けよ」

牢を閉じていた南京錠さえ持っていけば、閉じ込めることはできない。

そしてエヴァルスの炎魔法があれば牢の格子を溶かすくらい訳が無いだろう。

だが、男の強さを考えれば鉄の格子よりも警戒するべきは男。

2人の認識は共通していた。

エヴァルスは南京錠を持って牢の奥へ進む。

意外と奥行きがあり、暗くなっている。

そして牢の中にまた扉がある。

「おい、さすがに……」

タンクは眉を顰めるがエヴァルスは唾を飲むだけ。

「もう仕方ないでしょ」

そのまま取っ手に手をかける。

牢の格子と違い、カギはかかっていないようだった。

扉を開けるとそこには何人もの子どもが見えた。

「あれ?いつもの人たちじゃない?」

警戒心など何もない、純粋な子どもの声。

もし攫われていたのならそのような軽い声など出る訳もないだろう。

「……初めまして、ボクはエヴァルス。みんなはここに閉じ込められてたりするの?」

エヴァルスは身をかがめ、ほとんどわかり切った確認をする。

「閉じ込められてる?どういう意味?」

扉の一番近くに居た女の子が首をかしげる。

「ウソだろ?アイツに攫われたんじゃないのかよ」

タンクは思わず大きな声を出すと、女の子はその声に驚いたのか奥に逃げ帰ってしまう。

「おい、ガキどもをビビらすんじゃねぇ」

いつの間にか背後に立っていた隻腕にタンクはゲンコツを落とされる。

まるで子どもを叱るような行動にエヴァルスは思わず吹き出してしまう。

「ってぇ……さっきより痛くね?」

頭を抱えてしゃがむタンクを無視し奥に入っていく。

「おじちゃん、この人たちダレ?」

「お前らを助けに来たらしい」

隻腕は隠すことなく告げると、その言葉が聞こえたであろう子どもたちは総じて首を傾げた。

「助けるって……私たち、困ってないよ」

その反応は怯える様子は全くない。

身なりも小綺麗で、服もしっかりとしている。

「どういうことですか?」

エヴァルスは男に尋ねる。

自然、丁寧語になっていることを自覚すらしていなかった。

「お前らの住んでいるところに口減らしなんてないんだろ。働く力の無いガキより自分らの食い扶持を優先するなんてよ」

その瞬間、牢の外から爆発音が響いた。

その音に誰よりも早く反応したのはエヴァルスでもタンクでもなく、隻腕の男だった。

「ガキどもは出てくるな!」

男はそう言うと一気に走っていく。

2人は男の後を追って牢の外へ出ると、そこには村長含め、村の面々が顔を並べていた。

「おや、勇者さま。こやつと一緒に居るということは子ども誘拐はあなたも関わって居たということでよろしいですな」

村長の言葉に控えた男たちはにやにやと笑みを浮かべる。

「ふざけんな。オレらが村に来たときには子ども攫われたって言っていただろうが」

タンクが青筋を立てながら言うと、村長は顎に手をやって答える。

「存じませんなぁ。もしかしたらあなた方が連れ去ってから私共の村を訪れたことも考えられますし」

ついに男たちは噴き出している。

「なるほど、あなたたちの計画に乗せられたわけですか」

エヴァルスが尋ねると、村長は鷹揚に頷く。

「わが村は目立った産業も無くてですな。宿場にしようにも街道から外れている。だが、エセ勇者に襲撃を受けたとあれば国から補償もありましょう」

村長の言葉は、説得力も根拠もあったものではない。

山間の田舎に生を受け、他の世界と交流がなかった人間が浅知恵を働かせたに過ぎない行動だ。

問題はその知恵を誰も疑ってはいないということ。

村長自身も、後ろで控える男たちも。

狭い世界、古くの常識に固まって疑うことをしないのだ。

「あなたのお話は分かりました。アガサへ使者を送りましょう」

エヴァルスは拳を握りしめながら提案する。

この村長の希望が金であれば、それで丸く収まる。

しかし村長は首を振った。

「いつ絶たれるともわからぬ支援は要らぬのです」

エヴァルスの瞳は曇る。

国という大きな支援よりも自らの知恵を優先する、その浅慮さに。

「どうでも良いんだがね、人のねぐらに土足で足踏み入れてんだ、それなりの覚悟はできているんだろうな」

隻腕はククリを突きつけるも、村長は笑みを崩さない。

「キミの腕…あぁ、キミか。私のやり方に反対して腕を落とされたのに。こんなところでお山の大将かね」

村長は顎をしゃくると、男の1人が血に染まったバンダナを宙に放った。

「……あいつらをどうした」

そのバンダナで察した隻腕は目を剥く。

「道にゴミが転がっていたのでね。始末したよ」

その言葉に今度はエヴァルスとタンクが顔を上げる。

2人を襲い、縛り上げられていた盗賊たち。

抵抗のできない人間に手をかけた、村を仕切る村長。

歪みを目の当たりにして唇を噛みしめるエヴァルス。

「お前ら、クズだな」

タンクは武器を構えて戦闘態勢に入る。

そのことは村長を喜ばせる結果になる。

「おやおや、私たちに武器を向けますか。いくら勇者ご一行とは言え、自分の身は守らないと」

村長の言葉で後ろから爆弾が投げられる。

炸裂音。

混じりけの無い殺意の塊の衝撃を、3人はその身で受けてしまう。

「きっついな、おい」

タンクの悪態と、後ろからの悲鳴。

子どもたちが集まっていた。

「隠れてろと言っただろう!」

子どもを見た村長は笑いを噛み殺す。

「これで確定ですな。エセ勇者に誘拐されていた。しかし……証拠は消さねば」

村長の言葉で後ろからローブを着た者が前に出て手をかざす。

すると子どもたちが光に包まれる。

まばゆい光が消えた後には子どもたちが来ていた服だけが残されていた。

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