第5話・子どもを救え

「エヴァ、本当にやるのか?コレ、絶対罠だろ」

洞窟の前に立ったエヴァルスとタンク。

その洞窟には矢印看板が立って、なぜか松明置きまで設置されて、入り口からも視界の限り内部が見渡せるのだった。


時は少し遡る。

トアール村に2人が立ち寄った瞬間、村人たちはざわめき駆け寄ってきた。

「ゆ、勇者さまだぁ!」

1人の村人が叫びやんややんやの大騒ぎ。

そして口々に「これで村が救われる」「子どもが返ってくる」とわざわざ声に出しているのだ。

「皆の者、勇者さまも困られている。離れなさい」

高齢の男が周囲の人を退けまるで十戒の賢者のように人波が割れた。

「よくいらっしゃいました、勇者さま。この騒ぎの説明を致します、まずは腰を落ち着けてくだされ」

老人の案内で村の中央に作られた屋敷に進む。

その屋敷は高い塀に囲まれていた。

「物々しい建物で申し訳ない。魔物が攻めて来たときの避難所の役割もございますので」

応接間に通された2人の警戒はさらに高まっていった。

この老人と話をするのに扉に2人。窓に必ず1人。

明らかに武術の心得のある大男が配置されている。

この状況で不信感を抱かないほうが無理筋と言えるだろう。

「実は村の子どもたちが誘拐されましてな。犯人はわかっているのです。この近くの洞窟に住み着いた盗賊たちです」

2人は出された茶に口付けることなく話を聞く。

「盗賊の要求は特にありません。ただ子どもを攫うのみ。交渉しようにも遣いを送れば骸になって返ってくるだけ。手の施しようがありません」

「それで、オレたちに何をしてほしいんで?」

話を聞くに耐えなくなったのか、タンクがテーブルに身を預けながら尋ねる。

「心苦しくありますが、村の子どもたちを救出願いたい。無論、タダでとは申しませんので」

老人がちらりと1人の男を見ると頷く。

部屋に扉を開くと隣の部屋から革袋をテーブルに持ってきた。

「今回の手付金でございます。子どもを救出いただけた際にはもう一袋」

エヴァルスとタンクは冷ややかな目で革袋を見ている。

この世界で勇者にとって一番必要の無いものは金だ。

王国からの免状が出ていることが理由なのだが、それにももちろん訳がある。

金はかさばるのだ。

魔物を倒し、その革や牙を売って金にしていた時代もあったと聞くが、それにしても旅の道中魔物の死骸を持ち歩く必要がある。

換金できたとしても、その金を必ず持って歩かなければ武具も替えられず、宿にも泊まれないのでは、旅の進行に障害でしかない。

そのことを解消するためにいつの代からか王国が総力を挙げて勇者の旅をサポートする体制が組みあがった。

それが旅の最初に渡される勲章であり、それを見せればすべての料金が王国に請求されるように変化した、のだが。

目の前の老人はかさばる、武器にもならない金属を礼と言って押し付けようとしてきている。

タンクは顔を歪めているものの、エヴァルスは頷く。

「わかりました、子どもたちの救出お引き受けしましょう」

「おい、エヴァ」

エヴァルスの返答を即座にたしなめるタンク。

しかしエヴァルスは指を唇の前に持って行った。

「ありがとうございます、勇者さま。これで村も救われます。ではこの手付金を」

老人が革袋を差し出したところでエヴァルスは固辞する。

「それはこれから村を復興するときの資金にしてください。ボクたちはさっそく洞窟に向かいます、道を教えていただけますか」

部屋に舌打ちが聞こえたのは、2人の聞き間違えではないだろう。

老人は柔和な笑みを讃えたまま、地図を取り出した。

「私どもの村がこちら。盗賊が根城にしている洞窟はこの西の山のふもと。1日もあれば着けるでしょう」

「わかりました。それでは出立します」

老人の説明もそこそこにエヴァルスは応接間を出るのだった。


「おい、エヴァ。なんで引き受けたんだよ。あいつら露骨に盗賊じゃん」

村を即出て西に向かう道中、タンクは不貞腐れながらついていく。

金の件だけではない。

村人はエヴァルスを見ると即集まってきた。

勇者だ、と誰かが言う前にも関わらず。

もし何も知らずにエヴァルスたちを見つけたのだとしたら行動に違和感しかない。

「そうかも知れないけどさ。もし本当に盗賊がいたなら倒すことができるんだからよくない?」

あまりにも人の良いエヴァルスの言葉に、タンクは目頭を押さえて天を仰ぐ。

「お前がお人好しなことは知っていたけどよ、それに付き合うオレの身にもなってほしいものだ」

あまりの物言いだったがその言葉にくすくすと笑う。

「別に無理に来なくてもいいのに付き合ってくれるタンクも、充分お人好しだよ」

その言葉を聞いたタンクは頬を朱に染めてエヴァルスの頭を小突くのだった。


時は洞窟の前で立っている2人のタイミングに戻そう。

ここに入ってくださいと言わんばかりの道しるべ。

タンクは言わずもがな、エヴァルスの表情も曇っている。

「エヴァ、帰ろうぜ。絶対に関わったら碌なことがない」

「子どもが捕まってるんだから」

嗜めるエヴァルスにタンクは指を突きつけて口をつぐませる。

「その子どももグルだったらどうするんだって話だよ。むしろその子どもすら見てねぇだろ」

タンクの言うことの方が客観的に聞けば最もだろう。

前時代的な報酬。

取り囲むような態度。

不自然な村人の反応。

全てが疑う要素しかない。

子どもを救うことを優先するエヴァルスと、痛い目を避けたいタンク。

2人の意見は真っ二つに割れていた。


薄暗い洞窟の中で隻腕の男が松明の明かりに灯されていた。

奥まった、背後を突かれる恐れのないその場所はその男のねぐらなのだろう。

「お頭、アジトの前にガキが2匹いるみたいですぜ、どうしやしょう」

明らかに粗暴な歩き方でバンダナを巻いた男が隻腕に報告を入れる。

「あぁ?そんなことわかってるだろ。そのまま帰ればよし、だがオレらの邪魔すんなら……」

隻腕は親指を下に向けながら首の前を横切らせる。

「わかりやした!……手柄は?」

バンダナは口を歪めながら問う。

「いつもの通りだ。早い者勝ち、ピンハネもしねぇ」

言葉の途中にはもうバンダナはいなかった。

「けっ。こんなところにわざわざ来る奴らなんて碌なもんじゃねぇことくらい分かれってんだ」

隻腕は併設された牢に近付く。

「お前らを助けに来たかも知れねぇな」

牢の奥には小さな影がいくつも見えるのだった。

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