第6話

「今日は町内会の忘年会じゃけ、遅うなる。

 先に寝ときんさいや」


 ワシがそう言うと、初江はつえは笑顔で答える。


「何時まででも起きて待っとりますから、ほどほどに帰って来て下さいね」


 全く持って敵わない。そう言われては早くに帰るしかないではないか。ニコリと笑う彼女を背に、ワシは公民館へと向かう。

 予定時刻を待たずに、すでに宴会は始まっていた。顔見知りの面々がビールを片手に語り合っている。


「丈さんこっちや!」


 呼ばれた方を見ると、新井をはじめ馴染みの奴らが席を空けてくれていた。流れるように合流し、用意されたオードブルをつまみに酒を酌み交わす。仕事のこと、家庭のこと、写真のこと。気心知れた仲間との時間は、とても楽しいものだ。


「皆さん、ビンゴ大会始めますよー」


 若い幹事の男が声を上げる。気にせず騒ぐ者もいたが、幹事組は諦めたようにゲームを進めていった。


「なんじゃこれは、どがいにどうやって使うんじゃ?」


 運良く早めにビンゴにありついたワシは、大きな箱に入ったヘッドフォンなるものを頂いた。よく分からないが、若い衆が言うには結構高価なものらしい。どうしたものかと考えたが、家内にプレゼントしてはどうかと新井が言うものだから、そのまま持って帰ることにした。





 公民館を出て、居酒屋で飲み直す組に後ろ髪を引かれながら、タクシーに乗り込む。

 田舎だけあって、顔見知りの運転手は、ワシがうとうとしている間に家の前まで送ってくれた。支払いを済ませ、玄関を開ける。居間からは灯りと小さなテレビの音が漏れていた。


 起きて待っているはずの初江は、こたつに入ったまま静かに寝息を立てていた。起こさぬようゆっくりと着替え、毛布をかけてやる。

 もう少しだけと、日本酒の瓶を片手に台所から戻ると、彼女は目を擦りながら「お帰りなさい」と立ち上がる。

 こたつに瓶とグラスを置き、大きな箱を差し出す。不思議そうにそれを眺めた後、彼女はゆっくりと箱を開け、大きな耳当て型の何かを取り出した。片耳の下からコードが伸びており、そこでやっとイヤフォンの類であることを理解した。


「ありがとうございます。

 これで寝ずに待っていられます。」


 相変わらず皮肉のうまいやつだ。

 彼女の笑顔を肴に、少しだけのはずが、気付けばグラスに並々と5杯は飲んでしまったと思う。

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