第5話 僕(しもべ)の本性

 

 朝焼けで薄暗かった空はすっかり日が上り、ドラゴンから逃げるため馬車は土煙を上げて太陽が照らす平原をひたすら走る。


 あらかたの人間を焼き尽くし、最後のお楽しみと言わんばかりに、直接敵な攻撃を仕掛けて来ず馬車の後ろを付かず離れず追ってくるドラゴンは、もっと早く走れと面白がる様に時より炎を吐く、ドラゴン完全に楽しんでいる…


 この状況にアレイナは心の中で頭を掻きむしりながら、いい加減にしてくれ!!

と、ドラゴンに叫びたい気持ちでいっぱいだった。


 ドラゴンの気が変われば即座に焼かれるであろう、いつ殺されるともわからない緊張感が続く、横に外れて森に逃げ込めば撒けるかもしれないがこの森はドラゴンの住む山からは遠い。


 おそらく容赦なく森を焼き払うだろう。

 できれば他のドラゴン達が縄張りにしている森に逃げ込みたいが、それまではこの逃げ場のない平原をひた走るしかないのだ。


 後方に迫るドラゴンをアレイナは睨みつけて、いよいよ…ともなれば、持てる魔力を全て使って自分が足止めをするしかない…


一瞬くらいなら多分…できるはず…


 荷馬車の中を見れば子供達はうずくまり啜り泣いている

それを女性のエルフ達が宥めているが、盗賊に捕まり檻に放り込まれ、奴隷商に売られるかもしれない。

 そんな恐怖の次はドラゴン…一体私達が何をしたというのか…


 そんな事を考えてると、馬の手綱を握っていたエルフが急に馬車の方向を変えて森へ向かいだす。

 急に曲がったため、荷馬車の中の者達が転がり側面に叩きつけられた。


「痛っ…」


 痛みに呻きながら起き上がると同時に、屋根に何かが乗る気配がした。

セクシーエルフが鋭い視線を屋根に向けて弓を構え、周りのエルフ達は直ぐさま事態を把握して子供達を庇うように身を伏せる。


「どうして急に森へ!?森が焼かれてしまいます!」


 アレイナも叩きつけられた体の痛みに顔を歪めつつも起き上がり、頭上を警戒をしながら馭者に叫ぶ


「突然目の前に現れた黒髪の女が森へ向かへと指さしたんだ!!

咄嗟に体が動いてしまったんだよ!気づいたら方向を変えていた!!」


男も焦ったように叫ぶ


黒髪の女?


 そう思うと同時にドォーンっと響く音に驚いて後ろを振り返れば、魔法をもろともせず屈強な男が投げた斧すら鋼鉄のように弾き返したその鱗に槍が刺り、そのドラゴンが地面に落ちている


んなっ!?


 小さい個体とは言え世界の最強種、そのドラゴンが地面に!?

100年ほど前、人間の国やエルフの里を焼いて回ったドラゴンが、人間の精鋭軍と大魔導士達により討伐された事があったが、それ以来かもしれない。


 その際、軍と大魔導士の半数以上が死んだと聞くが、一体何が…と、遠ざかる馬車から目を凝らせば、ドラゴンの視線の先に佇む異様な雰囲気を持つ黒髪の少女?

人間よりも優れた視力だが、ここまで離れると容姿は確認できない。


一体何者なのか…


「屋根にご乗車のお客様はぁー、ドラゴンを落とした女の子のお仲間さんなのかしらぁー?」


セクシーエルフが未だ弓を引いたまま唐突に上に問いかける


「仲間とはおこがましい。

タキナ様はこの世界で唯一無二の神、私風情が並び立つなどあり得ません。

私はタキナ様の忠実なる僕です。」


屋根の部分から器用に荷馬車の中にストンと降り立つその姿は…


子供!?


 どの種族でもない美しい顔立ちに白銀の髪と猛禽類の様な金色の瞳、耳が頭にあれば獣人の可能性もあるかもしれないが、少女の耳は完全に人間のそれだ


「思ってたより随分と可愛いお客様ねぇ〜

それで、タキナ様ぁ?唯一無二の神って言うのは何なのぉー?

貴方も人間じゃないしぃー、獣人でもなさそうねぇー?」


 セクシーエルフは相変わらずの間延びした話し方だが、声色に些か鋭さを持ち弓を下ろさず少女に向ける。

 

 セクシーエルフの弓を弾き続けるその筋力には感服する。

 アレイナもセクシーエルフの斜め後方に立つように警戒をしつつ、他のエルフに目配せすると、床に伏せていた子供達を荷馬車の奥に引き寄せ、男性エルフ達が女子供を庇う様に立ち塞がる。


「あなた方を助けに来たと言うのに…随分な扱いですね。」


幼い少女は不機嫌さを隠しもせずに金色の目を細める


「私達を助ける?あなた達に一体何の得があるというのですか!?

 そもそも、ドラゴンを落とすような常軌を逸した力、見たこともない容姿のあなた方、我々を一体どうするつもりですか!!奴隷商もしくはサンタナムの手の者ですか!!」


そう言い放つと同時に、キーンと耳鳴りが響く、一瞬でその場の空気が凍ったかの様な緊張感に包まれ、背筋に嫌な汗が伝う。


これは殺気だ…


 少女の首が落ちたのでは無いかと見まごうほど、勢いよく首をコテンと真横に傾け、先程まで不機嫌そうだったその表情が今はまるで、感情が抜け落ちたかの様に異様な表情で此方を見据える。

 その異様な雰囲気と殺気に身の毛がよだつ



「タキナ様は己の身を顧みずお前達を救うためにドラゴンに挑んだというのに、奴隷商だと?

 唯一神であるタキナ様を…その御慈悲を理解できない…する気もない…

不敬にも程があるぞ愚民が…実に…実に不愉快です。」


 表情と同じく、まるで感情がこもっていない声色で首を傾けたまま淡々と話す少女、その少女の瞳孔が急に鋭く細くなり獲物を前にした魔物の如く、更に恐ろしいほどの殺気が放たれる。


殺される…


 恐怖に囚われガタガタと震え出した体を止めることすらできない。

魔物を前にしても震えた事など一度もないと言うのに、視線を横にずらせば弓を構えているエルフも体から汗が吹き出し歯を食いしばっている。


怖い、逃げたい、殺される…


そうは思うが誰もが動けずその場に凍りついた様に硬直する。


 たった数秒だろうが永遠にも感じられる間の後、不意に首を起こし銀髪の少女が何かに耐えるように拳を強く握りしめると、撒き散らされていた殺気が消えていく


「はぁーーーーーーーーー、リリー我慢です。

 私はタキナ様からこの者達を守るように仰せつかっているのです。

タキナ様のご命令を無視するなどあり得ません。

 この不敬者共の処分はタキナ様の指示を仰ぐべきです。

そう、私は優秀で忠実な僕、タキナ様の可愛いリリーちゃんです!」


 自分に言い聞かせ拳を握る少女は、先ほどと同じ人物とは思えない。

目をキラキラさせ、寧ろあどけなさすらある。


 こちらが呆気に取られている様子を気にする素振りもなく、少女は何かを決意したようで、ビシッとアレイナを指さす。


「お前の首を切り飛ばしてやりたいところですが、タキナ様のご命令です。

 仕方ありませんから愚鈍なる人種共に、タキナ様の僕であるこのリリーさんが懇切丁寧にタキナ様の素晴らしさを布教して差し上げましょう!!

ちょうど森に入りましたし馬車を止めてください。

最早ドラゴンは追ってはきません。

それに、この森は魔獣が増えています。

このまま森の奥深くに入ることはお勧めしませんよ」





「嘘だろっ…」


 覗いていた単眼鏡から目を離す。

その場にいた誰もが驚愕した。

 

 ここに居るのはギルドの上位冒険者が数名

2日前、グラドシル帝国領平原近くの村がドラゴンによって焼かれたとの一報を聞き、偵察部隊としてギルドの冒険者達が駆り出され、手分けをしてドラゴンを捜索し続けていた。

 

 高台の様になった崖の上で単眼鏡を使い辺りを警戒していたところ、ドラゴンに追われる荷馬車を発見しそのドラゴンの様子を絵に描き起こし、報告のためにドランゴンの大きさやブレスの距離をメモさせていた。

 

 そんな時、何処からともなく突然現れた黒髪の女、見たこともない髪の色に驚くのも束の間、鳥でも落とすかのように最も簡単にドラゴンを落としたのだ。


 見たこともない魔法、ドラゴンがドラゴノイドに代わり平服までしていた。

一部始終を見ていた者達は誰しもが動揺を隠せない


「おい、俺達は夢でも見ているのか…」


1人の冒険者が動揺して皆に問いかける。


 あらゆる魔獣と対等してきた歴戦の冒険者達ですら動揺を隠せないでいる

なにせ見ている光景が現実とは思えない

あのドラゴンを容易く落とすだと?

そんな魔導士は御伽話でも聞いたことがない

100年ほど前にドラゴン討伐の記録があるが、国が傾くほどの死者が出たと聞いている。


「信じがたい出来事だが…とにかく、ギルドに戻って報告だ。

 このとんでも無い話を、果たして信じてくれるかは疑問だがな」


 年長者の冒険者であり、隊のリーダーが立ち上がりながら重々しげに答える。

その言葉に他の者も頷きながら帰途の準備を始める

ベテラン冒険者で、この部隊のリーダーを任されるくらいには長年この仕事をやってきた。

知識も経験もあるが…しかし

あの黒髪…こちらからでは容姿までは確認できないが、髪の長さと華奢そうな体格からして恐らく女、戻った際に伝承や歴史書をあたって見る他ないかもしれない。


 帝国はここ数年で2国に攻め込みその両方を帝国の領土とした。

その国の書物も殿下の命により帝国図書館に移されたと聞く、黒髪にドラゴンを落とすほどの力、敵か味方か…魔物が増え続けて手が足りないと言うのにまったく、次から次へと厄介ごとが舞い込んできやがる。


「追わなくて良いんですか?」


 隊の中でも若手の1人が問いかけてくる。

気持ちはわからなくもない


 このまま見失って良いものかと言われれば否だが、追ったところで生きて戻れる気がしない。

そう自分の感が警告している。

他の者達が言い出さないのも似たようなものだからだろう。


「今は生きて情報を国に持って帰る事が最優先だ」


肩を叩いて自分の馬に戻るよう促す。


「撤収の準備できました」


 その声に頷いて馬に騎乗する。

女が去っていった方の森を再度一瞥して、帝国へ急ぎ戻るため馬を走らせた。


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