小学生の夏にタイムリープしたので、あの日無視していた『やたらと声をかけてくる近所のお姉さん』に自分から絡みに行ってみた【ASMR】

稲荷竜

第1話 お姉さんはプリンの分量を間違えてしまった

「渡そうか? お小遣い」


「いや、こうじゃないわね……あ、いや、その、そうじゃなくって……そうじゃありません……そうではない。そうではないな……」


 しばしの沈黙。


SE:せわしなく服や髪をいじる音


「……よく来たな少年!」


SE:見栄を切る音


「あ、いや、ごめん、うるさい? 大丈夫? ああ、帰らないで、帰らないでください少年! ほら、君が夏休みだっていうのに一人で寂しそうにしてるからさ、声をかけたんだよ。でもね、小学生の男の子を家に連れ込むのどうかなって……あ、大丈夫? 大丈夫かあ。ふふん、もちろん、知っていたけれどね」


「(小声)どういうキャラで接していいかわかんないよぉ」


 咳払い。


「まあとにかく、お姉さんが……寂しそうな君に、オ・ト・ナの遊びを教えてあげようと思ってね」


「どうせ君は、遊びといえばゲームしか知らないだろう? インターネットを巡回しているうちに日が暮れているような暮らしばかりしているとろくな大人になれないからね。君の健全な成長のためにも、お姉さんがひと肌脱いでやろうと、そういうボランティア的な……」


「あっ、ごめん、玄関に立たせたままだったね……ほんとごめん。帰らないで」


「とりあえずリビングに行こう」


 お姉さん、『ぼく』の手を引っ張り廊下を駆けていく。

 

SE:スリッパでフローリングを小走りする音

SE:リビングのドアを開ける音、閉める音


「(小声)うわ、冷静に考えたら、勢いで声をかけて小学生連れ込んでるの、まずいんじゃ……」


「(小声)でも、嫌だったらついてこないよね……? この子も寂しかったんだ。たぶんそう。絶対そう」


「と、とりあえずオヤツでも食べるか、少年?」


「そうか、食べるか! じゃあそのー、手作りで恐縮ですが……」


「(小声)いや、こうじゃないな」


「(小声)私はお姉さん……不審ではないお姉さん……小学生に憧れられるお姉さん……よし」


「ふ、少年、光栄に思いたまえよ? 私の手料理を食べられる人なんか、この世に数えるほどしかいないのだから」


「ちょっとそこで待っていておくれよ。今、とってくるからね。私の手作りの……ふふ、いや、出すまで秘密にしておこうか」


SE:スリッパを履いたせわしない足音


「うわ、おっとっと……」


SE:重い物を持ってよたよた歩く音

SE:木製のリビングテーブルに重い物が置かれる音


「はい!」


「ん? どうした?」


「ああ、なるほど。この状態だとわからないか。これはね……」


「バケツで作ったバケツプリンだよ」


「ああ、バケツはきちんと新品を用意したし、熱心に洗っているので……え? そういう話じゃない?」


「いや、でもさ、少年……」


「夏休みに家で一人なんだよ?」


「こういう時に作りたくならない? バケツプリン」


「いや、作ったはいいが、一人でどうやって処分しようかなって思ってたんだよね……」


「手伝ってください」


「うん、そうなんだ。8リットルある」


「小学生の男の子、プリン、好きでしょ?」


「いっぱい食べるでしょ?」


「いけるよね?」


「……わかった、わかった。それじゃあ、こうしよう」


SE:フローリングの床をスリッパで踏みながら近づいてくる足音

SE:椅子を寄せる音


 お姉さん、『ぼく』に体を寄せ、耳元でささやく。


「お姉さんが、『あーん』してあげよう」


「ん? なんだ? 照れているのか?」


「ふふ。なんだ、みょうに落ち着いてると思ったけど、かわいいところもあるじゃん」


「いや、かわいいところもありたまえ……あります……かわいいところも、あるね」


「じゃあ……」


SE:みょうに固いプリンを金属スプーンですくう音


「はい、あーん」


「ん? どうしたのかな?」


「ほら、遠慮しないで。はい、口を開けて? あーん」


SE:プリンを食べる音


「ふふ、いい食べっぷりだね」


「味の感想は……いや、いい。言わずともわかるからね。言わなくてもいいよ」


「(小声)この段階で『まずい』とか言われたら心が折れちゃうし……」


「ん? いや、なんでもないよ?」


「ほら、どんどんお食べ。まだ7リットルと900ミリリットルぐらい残っているからね」


「はい、あーん」


「そうそう。ほら、どんどん、あーん」


「いい子だね」


SE:頭を撫でられる音


「ええ? なんだい、恥ずかしがっちゃって」


「(ニヤついたような声)ふぅん……そっかぁ。そっかぁ」


「(耳元で)いい子だねぇ。いっぱい食べられて偉いねぇ。ほら、もっとお食べ? お姉さんが『あーん』ってしてあげるから」


「はい、あーん」


「あーん」


「あーん」


 お姉さんの「あーん」が幾重にも重なって響き続ける。

 時計の音がそこに混じり、外から聞こえてくる蝉の鳴き声と溶け合ってくる。


SE:時間の経過を示す鐘の音


「……いやあ、まさか8リットルあったプリンが本当にお腹の中に全部入っちゃうなんてね」


「よくがんばってくれたね。ありがとう」


「……また明日もおいで。お姉さんも、今日は楽しかったし、明日もどうせ一人……」


 お姉さん、ハッとする。


「い、いや、君のために時間を空けておくから、ね?」


「幸せ者だなあ、君は! そういうわけで、明日もおいで。おいでよ。待ってるからね?」


「あ、うん。バケツプリンはもうやりません。ごめんなさい……」


「……ところで」


「君んち、バケツが必要だったりしない?」


「あのねぇ、そぉ……」


「プリン用に勢いで買ったバケツ、どうしたらいいかな?」


「お父さんとお母さんが帰ってくる前になんとかしたいっていうか」


「……あ、はい。自分で考えます……」


「また明日ね、少年」

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