愚か者達
軍に仮登録されている綺羅星達の立場だが、関係者間で揉めて荒れた。
「なんで綺羅星が軍属じゃなかったんだよ! 軍に嫌味を言われるのは俺達なんだぞ!」
「そういうお前はちょっとでも気にしたか!?」
軍が主導して誕生した成果がついこの前まで軍属でなかったのだから、綺羅星に関わるあちこちの部署でお前は馬鹿なのかと罵り合いが発生した。しかし、結局どの部署もジャックに突っ込まれるまで気づいていなかったのだから救いようがない。
その後、正式に軍に登録することになったがここでも妙に揉めた。
「正式登録には顔写真がいるだって? いや、極秘存在の顔写真をデータベースに登録するとか駄目だろ」
「確かに。ラナリーザの馬鹿共に情報が渡ったらどうするんだ」
自国のデータベースのセキュリティを全く信用していない研究者達が、綺羅星達の顔写真が流出することを危惧して、正式登録の項目の幾つかに難色を示したのだ。
「綺羅星を生み出すための実験は完全に法を無視してるからな。必要以上に綺羅星の情報が表に出るのはよくない。特例で仮登録の情報のまま、正式な軍属にしよう」
これに賛同したのが、後ろ暗いことに関わっていることを自覚している軍の上層部だ。その結果綺羅星達は、殆どなにも情報が入力されていないまま、特例で正式な軍人になった。
◆
「ジャック隊長ー! ついにキャロルの軍カードが!」
「おー。あ、金入ってるやつだからあんまヒラヒラするなよー」
「りょうかーい!」
朝最初のブリーフィングを行うため、会議室に真っ先に到着して満面の笑みのキャロルが、軍に正式登録すると発行される黒いカードをヒラヒラと振りながらジャックにアピールする。
このカードは身分証として使えるだけでなく、軍が振り込む給金とも紐付いている。だがその目的は身寄りのない軍人が戦死した際に手っ取り早く金を回収するためであり、銀行口座とは全く関係なく色々と不便極まりないものだった。しかし、口座を持っていない綺羅星にすれば寧ろ都合がよかった。
「これでキャロルはテンガロンハットが買える!」
「本当に買うのか? ヘレナなんかカジノのチケットとおもちゃの紙幣だぞ?」
「勿論! まあチケットは軍の購入システムに弾かれるみたいだから、とりあえずおもちゃの紙幣を注文するみたい!」
サムズアップするキャロルにジャックは何とも言えない表情になる。ジャックが綺羅星達に大切な物を贈った際、彼女達はそれを保管して、普段身に着ける用の物を購入すると宣言していたが、その中には眼鏡のような普通の物品から、カジノのチケットとおもちゃの紙幣なんてものがある。
「その次は服かなあ」
「服か。それはいいな」
(俺は軍服しか持ってないけど)
今後の購入予定を告げるキャロルに、ジャックは軍服以外持っていないくせに頷く。
「うっわ。隊長もキャロルも早すぎ。予定の三十分前なのにどうしていんのよ」
「おっはよーヘレナ!」
「おはようヘレナ。特にすることがなくてな」
キャロルとジャックが話をしていると、ヘレナが会議の予定時間より三十分も早く二人がいるしと、眉間にしわを浮かべながら会議室に入ってきた。
ジャックと早く会うためにやってきた自分のことは棚に上げて。
「なあヘレナ。キャロルから聞いたがおもちゃの紙幣を買うつもりなのか?」
「そうよ。私が欲しいから買うの」
「うーむ。軍の登録カードが発行される前にも伝えたが、端末で買い物をするときは俺を呼んでくれ」
「了解」
ジャックとヘレナによる大人と子供のようなやり取りだが、それに対してヘレナは突っかからず肩を竦めて了承した。
「なんでもう三人もいるんですか? 今の時間分かってます?」
「どうもケイティには手鏡がいるらしい」
「うるさいですよヴァレリー」
ヘレナが椅子に座ったタイミングでケイティもやってきたが、既に会議室に三人もいることに呆れたと言わんばかりの視線を送る。しかし、やはりそれはケイティにも言えることであり、彼女の後ろにいたヴァレリーがニヤリと笑いながら入室する。
「そ、そんな!? 普通は十五分前行動の筈!?」
「アリシア、俺達が早く来すぎただけだから大丈夫だ。寧ろちょっと俺が早すぎた」
「はっ! 了解しました!」
その後に入室したアリシアは、ミラを除いた全員がいることに驚愕したが、ジャックの言葉で素直に納得して着席した。
「はわ!? お、遅れましたぁ!」
「いや、すまんミラ。全くやることがなくて俺が早く来すぎたんだ。反省してる。今日は偶々だと思ってくれ」
そのあとすぐに入室したミラにすれば、予定よりも早く来たはずなのに全員が揃っていたのだから焦るしかなく、ジャックの声を聞きながら慌てて着席した。
「かなり早いが全員揃ってるなら始めよう。まず初めの伝達だが、例の遅れていた母艦が完成したらしい。近日中にこちらに到着するそうだ」
ジャックの通達は、戦争再開が近づいていることも意味していた。
◆
それから二週間。
「あれは……ハニカム級輸送船?」
基地の滑走路に近い格納庫で、ジャックは遠方の空に浮かぶ船を見つけて戸惑った声を漏らす。
「そういえば目立たないように、輸送船の外見をしていると言ってたな」
「ああ。ハニカムコンテナシップなんて星の数ほどあると聞いている」
思わず顎を擦ったジャックは研究員の説明を思い出し、隣にいるヴァレリーも同意した。
その白い船は名前通り、ハチの巣で見られるような多数のハニカム構造のコンテナで全てが構成されており、計十二個の巨大コンテナが集まって全長二百メートルほどの船体を作り出している。
この手の船種はコンテナの大きさや数を変えたりすることが可能で拡張性も高く、惑星シラマース全土で普及している標準的な輸送船の形である。そのためマルガ共和国においても製造メーカーが大量生産しており、軍民問わずあらゆる場所で活躍していた。
(だが別物だ。スペックを盛ってないだろうな?)
尤もこの船、船名シューティングスターは、ジャックが事前に教えられたスペックを信じるなら、輸送船などとは口が裂けても言えない。
内蔵された多数の火器は標準的なものだが、専用の大出力エンジンによって高速船に匹敵する速度と、なにより一部の特殊大型艦でも一部の重要区画しか採用していない、ナノマシン修復装甲で船体全体が覆われているのだ。
その上更に、コンテナの一つをほぼ埋めている電子制御装置でコントロールされ、特殊なハンガーはキラドウの完全自動整備機能を実現し、船自体も最適解を選んで勝手に動く無人船に近い。
が。
その行動に自動化された機能と、元々綺羅星とキラドウの運用しか考えていなかったこと。更に開発者達が完璧主義者という名の頭でっかちの馬鹿だったことが、この船をある意味での欠陥品に仕立て上げてしまった。
◆
「はい? 船の居住区画は七人しか無理ですと?」
綺羅星を調整する役割の研究員達が、別の船に乗ってやってきたシューテュングスターの担当研究員達の言葉に唖然とした。
「元々最低限度のスペースで綺羅星の六人が住む居住区画を設計してたのに、後から隊長の人間を乗せると無茶振りをされたんですよ? もう居住区画は限界ですし、必要限度の性能しかない汚水処理機能が追いつきません。本当に七人でギリギリです」
「きょ、居住区画用のコンテナを増やすという手は?」
「もう新しくナノマシン修復装甲のコンテナを作る予算はありません。通常のコンテナを追加すると、ナノマシン修復装甲がその脆い装甲に悪影響を受ける恐れがあるので駄目です。それと、ポータブルトイレを持ち込んで廊下で寝るのは、船内の衛生管理システムに引っかかって正常な運航の妨げになりますのでやめてくださいね。もう一度言いますが、六人用を無理矢理七人にしたのですから諸々全部の余裕が全くありません」
「衛生管理プログラムの書き換えは……」
「船内の自立システムと絡んでますからねえ。三か月か四か月は見積もってください」
(ギリギリのトランプタワーをやってるんじゃないぞ大馬鹿野郎共!)
綺羅星を生み出した倫理観のない研究員ですら、シューティングスターを担当した者達の頭でっかち具合を心の中で盛大に罵倒する。
ただし、これは綺羅星計画当初の予定通りでもあるのだ。
計画が狂った原因は綺羅星を生み出した者達に責任がある。
「完璧な戦闘生命体による部隊が、完璧に任務を果たすため、自動制御された絶対に落ちない母艦が必要である。シューティングスターは十分求められている要求を満たしていると思いますが?」
(綺羅星の制御に疑問符が付くから、綺羅星だけでの運用が危険だと言えない!)
綺羅星計画当初の前提を口にするシューティングスターの担当者に、研究員はその綺羅星の制御が完璧ではないと言えない。
つまり、綺羅星が絶対服従であり、彼女達だけで運用するという前提からして狂っているということだが、最近はそれに拍車をかけていた。
(綺羅星の自我と個性が強くなりすぎている! フリーハンドを与えたらどうなるか見当がつかない!)
ロボットのようだったのに人間として振舞うようになった綺羅星が、彼女達とジャックだけで作戦行動に移った際、ちゃんと機能するか未知数だった。
(どうする? 綺羅星の調子が悪いことにして、代わりに誰か監視を一人船に送るか? いや、今更綺羅星に欠陥が見つかったのかと突っ込まれたら首が飛ぶ。それならジャック中尉を外す、駄目だ。ジャック中尉に関する人事権は持ってない。それなら……きっと大丈夫だ。今までも大丈夫だったじゃないか。それにシューティングスターの部署はともかく、キラドウの開発部署は完璧に結果を出してる。なのに綺羅星を開発した大本の我々がコケるなんて、そんなことはあり得ない)
結果的に綺羅星を生み出した者達は問題を先送りにすることにした。
全ては見栄だ。特に彼らの念頭にあるのは、神器搭載機動兵器キラドウを生み出した部署である。完璧に仕上げられたキラドウは何の問題も起こしていないのに、大前提である綺羅星を生み出した彼らが失敗をして、他の部署の後塵を拝すことなど許されない。
予算と納期、政治的要因、見栄、予定されたタイムスケジュール、派閥の利害、焦りと感情、嫉妬。人間の業は人類最高の知能が結集したところで逃れられないのは歴史が証明していた。
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