国境線上のアリア

海の字

第1話 楽しいバベル

 第三次世界大戦が終わって。いよいよ『平和がいちばん』だって、人類は思い出したらしい。


 倫理、というより。いたく切実な懐事情により。


 荒廃した大地では作物が育たない。

 失われた人材資源は戻らない。

 北極が蒸発したって、バカの頭は冷やせない。


 子供でも理解している当然を、人類は数十億人の尊き命でもって証明したってわけ。


 でも、別に悪いことじゃないと思うんだ。だってそうでしょ。

 平和な『今』があるのだから。


 終戦後間も無く、世界和睦条約機構が発立。NATOナトーおよびAUKUSオーカスなんかの軍事同盟は解体された。


 進歩しすぎた兵器類は、テロや紛争を駆逐し。

 政治的ネゴシエーションの無意味さを思い知った各国首脳陣は、善意的、献身的な治世へと方針を切り替えた。

 

 さて、百年前の人類へ語りかけてみよう。二十一世紀少年少女。

『アメリカ・ロシア・中国による国軍の永続放棄宣言』が発令されたって、信じられる?


 列強の圧力に屈した各国は『戦争』を捨て。

 あてがわれていた『年間50兆ドル』の軍事費を、『環境保全』につぎ込むことができた。


 歴史上稀に見る戦禍があってこそ、有史以来初となる、真の平和が実現したのだから。こんなに残酷で鋭利な皮肉、まぁないだろう。


 ここからがいちばん大切なお話。

 軍事力を放棄した世界が、ならばどうして民衆へ『平和』をしめそうか。


 ずばり『国という概念』の失効。


 国があるから格差が生まれる。国があるから争いが生まれる。なら、そんなものはなから無くせばいい。国境をなくしてしまえばいい。


 でも、どうやって?





 

 オーストラリア大陸、アメリカ大陸、ヨーロッパの一部地域が合併して生まれた、新国パンゲアと。その他連合からなるヌーナ。

 かつて二百近くあった国々は、いまや二つにまで数を減らしていた。


 風の噂では、二カ国の併合も間近らしい。

 人々の興味はもっぱら、合併時どちらの国の名前を使うのかといったところ。


 人種問わず繁盛している老舗のパブでは、新国の名についてギャンブルを行っている始末だ。


 平和ボケめ、素晴らしい。

 私は国名すら無くなるに100ゴッズ(統一通貨)!



 ロシア州からスペイン州にかけて、地図を両断するように伸びた国境線は長く。

 この街バベルは、巻き込まれる形でボーダーライン上にまたがっていた。


 が、ベルリンの壁よろしく東西を二分する防壁などなく。

 パンゲアの旧日系の子たちと、ヌーナの旧アフリカ系の子らが店先の国境線上で騒いでいた。


 どうやら統一言語で『はないちもんめ』を踊っているようだ。

 

 両国の緩衝地であるバベルに、およそ秩序と呼べるものはない。

 日本古来の木造建造物があったと思えば、ヨーロッパのゴシック風建築物も隣接している。

 ジャズを伴奏にヨーデルの歌声がナイトクラブから聞こえてきたりする。


 老人たちはもっぱらバベルを『寄せ鍋の街』だと揶揄していた。


 でも私は、この街が好き。


 流浪のともがらである私を、バベルは受け入れてくれた。

 世界の未来を少しだけ切り取った混沌は、なかなかどうして居心地が良かった。


 唯一の不満をあげるとすれば、終日ひねもす聞こえてくる工事の騒音。


 多大な軍事費は宇宙開発費にも潤沢に回され。パンゲア、ヌーナの共同開発、『宇宙エレベータ』がバベルのはずれにて絶賛建造中なのだ。


 宇宙ステーションとエレベータのドッキングに成功すれば、人類初の快挙となり。世界平和の象徴として広く宣伝されるだろう。


 バベルはそこに一番近い街として、脚光を浴びることが約束されている。

 なのでいくら煩くても、市民は快く許すのだ。


 金の卵を産むガチョウ、もとい土地の権利を握りしめて。ろくに働きもせず乱痴気騒ぎ、ろくでなしギャンブラー。

 工事の騒音をかき消すように、今日も今日とて笑い声。


 バベルは世界で一番アツく、楽しい街だった。


「アリア、次はどこ行くの?」


 どこだろう、どこへでも。


「国境線上に向かって」

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